2019年8月15日 (木)

一触即発

中国が人民武装警察部隊を深圳(深セン)など香港のすぐ近くにまで集結させてきています(『こちら』)。

ちょうど30年前、1989年の天安門事件では、「2,000人を超える」(注:諸説あり。『こちら』参照)死者が出たと言われています。

ここにきて、トランプ大統領はツイッターで習近平国家主席に対して、1対1のミーティングを呼びかけました(『こちら』)。

しかし無視されてしまう可能性も高いようです。

中国としては「香港がこうなったのも裏でアメリカが糸を引いているからだ」(『こちら』)という疑念が拭えません。

いずれにせよ香港情勢は一触即発の状況。

1対1のミーティングと言いますが、そもそもトランプ大統領と習近平国家主席は6月29日、大阪で米中首脳会談を行ったばかり。

1か月半前のことです。

さて昨日は、ロス商務長官がCNBCのインタビュー(『こちら』)に応じ、

『中国は農産物の購入など、米国との間で合意に達したことを何一つとして実行に移さなかった(だから追加関税の決断を下した)。

玩具や携帯電話など一部製品については、関税発動を12月15日まで延期したが、これは米国の消費者のことを考えての措置。

中国が何らかの譲歩をして、それに応じたわけではない』

と発言。

一方、トランプ大統領はツイッターで、

『一部製品の12月への延期によって、我々以上に中国が助かることになるが、いずれレシプロシティー(相互同じような状況)になる。

我々の関税によって中国では数百万人分もの雇用が失われ、数千の企業が中国を去っている

(It actually helps China more than us, but will be reciprocated. Millions of jobs are being lost in China to other non-Tariffed countries. Thousands of companies are leaving)』

と発言(『こちら』)。

共和党員のAさんによると、トランプはレーガンを意識しているのだとか・・。

『レーガンは、ソ連に対して強硬姿勢で臨み、アンドロポフ、チェルネンコといった旧ソ連指導者を追い込んだ。

その結果、ゴルバチョフが台頭し、冷戦は終結した。

トランプは同様のことを中国相手に演じ、歴史上、最も評価される大統領になることを狙っている』

レーガンが8年(2期)の任期を終え、退任したのが1989年1月。

次の大統領に就任したのは、それまで8年間にわたって副大統領としてレーガンを支えていたブッシュ(父)。

天安門事件が起きたのは、その4ヶ月半後でした。

| | コメント (0)

2019年8月 3日 (土)

ALS

1980年。この年、私はスタンフォード大学ビジネススクールを卒業し、数週間ほど興銀ロサンゼルス支店で研修を受けた後、7月下旬に帰国しました。

興銀での新たな配属先は本店外国部総務班。

同じ部の企画班で班長をしていたのが、藤沢義之さんです。

常務になったばかりの黒沢さん(のちに頭取)から頻繁に電話が入り、黒沢さんのブレーンとして活躍していました。

その後(1982年)藤沢さんはロンドンに転勤となり、ロンドン興銀(IBJ International)社長に就任。

ほぼ同じタイミングで私は同じ外国部内で総務班から欧州班に移り、ロンドン興銀を含む興銀の欧州拠点管理、拠点政策企画立案の仕事をするようになりました。

そして1983年には興銀のシカゴ駐在員事務所に赴任。

米国企業にユーロ円債やデュアルカレンシー債の発行を勧め、藤沢さん率いるロンドン興銀につなぎ、社債の引受主幹事業務を(ロンドン興銀)に務めてもらう、そういった橋渡しのような仕事をしました。

シカゴから本店審査部に戻ってからは藤沢さんとの接点はなくなりましたが、たしか1994年~95年頃。藤沢さんが興銀の副頭取だったときに、チッソに対する金融支援のことを副頭取に説明に行ったときのことは、今でも鮮明に覚えています。

さて、その後、藤沢さんは2000年に日本興業銀行会長になり、更にメリルリンチ日本証券の会長に就任。

と、ここまで書けば順風満帆の人生ですが、ある日、新聞記事で読んで、私は驚きました。

2002年、藤沢さんは66歳の時に突然ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症。

新聞記事は、藤沢さんが視線入力のパソコンを使いながら、雑誌などに寄稿していることを紹介していました。

(藤沢さんは一昨年に逝去されました。享年80歳)。

* * *

最近れいわ新選組から比例区特定枠で参議院議員になった舩後靖彦さんの記事をよく目にしますが、ALSは誰にでも突然襲いかかってくる可能性があります。

残念ながら、この病気の詳しいことはまだよく分かっていないようなのです。

* * * 

一連のALS報道を目にして、私は思わず、藤沢さんのことをこのブログに書いてしまいました。

新聞記事によれば、藤沢さんが病床で書いた英語スピーチの表題は「A POSITIVE LIFE」だったと言います(『こちら』)。

突然の不運にもかかわらず最後までPOSITIVEに生きられた藤沢さん。いま目を閉じると浮かぶのは、40代半ばで外国部企画班長を務めていたころの藤沢さんです。颯爽たる風姿が印象的でした。

| | コメント (0)

2019年7月31日 (水)

ヒットを連発するディズニー

今年12月公開予定の「STAR WARS: THE RISE OF SKYWALKER」(スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け)。

『こちら』でティーザー(予告編動画)をご覧いただけます。

* * *

それにしてもディズニーの勢いが止まりません。

最近ヒットした映画、それから今後ヒットが予想される映画を並べてみると:

・アベンジャーズ/エンドゲーム(2019年公開、興行収入28億ドル、3000億円を記録し、世界歴代1位)

・アラジン (2019年公開、興行収入10億ドル、1080億円)

・ライオンキング(2019年7月19日公開、日本は8月9日公開予定)

・スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け(2019年12月20日、日米同時公開予定)

といった具合にいずれもディズニー。

    Dis

株価もグラフのように史上最高値となりました(昨日)。

* * *

現在のウォルト・ディズニー社を率いるのはボブ・アイガーCEO。

彼はもともとディズニーが1996年に買収したABC(American Broadcasting Company)でCOO(chief operating officer)を務めていた人。

買収された会社の人でも、能力があれば、買収した会社のトップになれるのが米国流。

2005年にアイガーはディズニーのCEOに就任。

先日のブログでも書きましたが、その翌年(2006年)にはアイガー率いるディズニーはピクサーを買収。

ディズニーが買収したピクサーには『トイ・ストーリー』を作ったジョン・ラセター(監督/ストーリー原案/モデリング & アニメーションシステム開発)がいました。

買収後、ラセターはピクサーのみならず親会社ディズニーのアニメーション・スタジオ『チーフ・クリエイティブ・オフィサー』に就任。

『アナと雪の女王』など数多くのディズニー作品の製作を指揮していきます。  

買収会社であれ、被買収会社であれ、買収が終了すれば、一つの会社。

それまでの所属に関係なく優秀な人材が遺憾なく能力を発揮していくことが、会社の成長には重要です。

* * *

もっともラセターの方は、2017年に社内でのセクハラが発覚、翌年にはディズニーを退社することを余儀なくされます。

現在ではスカイダンス傘下のスカイダンス・アニメーションに移っています。

| | コメント (0)

2019年7月29日 (月)

To infinity.... and Beyond(無限の彼方へ さあ行くぞ!)

『To infinity.... and Beyond(無限の彼方へ さあ行くぞ!)』

これは映画『トイ・ストーリー』に出てくるセリフ。

これを製作したのは映画会社『ピクサー』ですが、その会社のCFO(最高財務責任者)が書いた本が

『To Pixar and Beyond』(日本語訳『ピクサー』)。

おそらくは『トイ・ストーリー』に出てくる有名なセリフを文字って付けた題名なんだと思います。

   Pixer

さて、これはひじょうに読みやすい本(文章も製本も)です。

内容も面白くて、あっという間に読めてしまいます。

ピクサーはもともとはジョージ・ルーカスが持っていた『ルーカスフィルム』の一部門。

1983年、ルーカスは離婚の為に現金を必要とするようになり、ピクサーを売却することを決断(『こちら』)。

当初はディズニーに売却話を持って行きますが、このときのディズニー会長カッツェンバーグはこの話を拒絶。

1986年になってこれを買ったのは、前年にアップルを追い出されたスティーブ・ジョブズでした。

しかしジョブズはピクサーを買ったものの、経営には関心なし。

そもそもジョブズはピクサーをソフトではなくハードの会社だと思って買った節がうかがえる・・。

当時ピクサーの経営を担っていたのはエド・キャットムル(共同創業者の一人)で、彼が毎月ジョブズのところに赴き、不足資金分の個人小切手をジョブズに切ってもらうようなことをしていました。

1994年の段階になってもジョブズはピクサーを手放すことを考えていて、ホールマーク・カード社、ポール・アレン氏、ラリー・エリソン氏などに売却しようとしますが、いずれも上手くいかず(『こちら』)。

そして、その年の11月にこの本の著者ローレンス・レビーに電話します。

『ピクサーのCFOになって、ピクサーを上場させてほしい』

こうジョブズが頼むところから、本書はスタートします(ほんの少し前まで売却しようとしていたのに無理だと知ると一転、わずかなチャンスの上場に賭けるようになったという訳です)。

そもそもアニメーションの世界は簡単ではありません。

ウォルト・ディズニーでさえ1937年公開の『白雪姫』の製作費用は、彼の自宅を抵当にして金を借りたり、危ない銀行融資に頼ったりして捻出したと言います(本書93頁)。

そういった世界に関してはまったくの門外漢の筆者。

彼は、無謀にもジョブズの要請を受け入れ、未知の世界に飛び込んで行ってしまいます。

そして結果は、というと・・。

なんと、たった1年でIPO(株式公開、上場)を果たします。

さらに2006年には(上場会社となっていたピクサーを)ディズニーに売却。

著者によれば、いつ大失敗になってもおかしくないピクサーの命運は「ごく細い糸にぶら下がっていた」(本書204頁)。

そんなごくごく細い糸を大切に手繰り寄せながら、成功を勝ち取っていく様には、読んでいて手に汗握るような臨場感が味わえます。

なお本書はIPOとは何か、株式公開を引き受ける投資銀行業務はどういったものかを知るには絶好の読み物。

CFOの仕事とはどういったものかについても知ることが出来ます。

| | コメント (0)

2019年7月17日 (水)

リート市況は11年ぶりの高値

昨晩は、日経CNBCテレビ『日経ヴェリタストーク』に出演しました。

トピックスはリート(不動産投資信託)。

先日、東証リート(REIT)指数は、ついに2000の大台に乗せました。

これは11年7か月ぶりの高値。

Veritas

いまなぜリートなのでしょうか。

ひとつには、リートの分配金平均利回りは3.8%と、日本株の配当利回り(2%)に比して高いことがあげられます。

しかし投資家の多くは「不動産市況が良くなるから」といった積極的な理由よりも、むしろ「消去法的な理由」でリートに資金を投じているようです。

というのも、低金利の時代に積極的には債券を手掛けにくい・・。

一方、株式市場に対しては、次の3つの理由で慎重になってしまいます。

1)トランプ来日時に、大統領は「参議院選挙が終われば、日米通商交渉で進展がある」とツイート。

投資家としては8月の通商交渉の結果が気になる(とくに為替レート)。

2)10月の消費増税が景気に与える影響

3)米国 vs. イランの情勢

債券も株式市場も、どちらも積極的にはなりにくいということで、マネーは一部リート市場に流れている・・。

そう見ることが出来るのではないでしょうか。

ただリート市場、東証には全部で63本が上場されていますが、全部合わせても時価総額は15兆円。

トヨタ1社の時価総額よりも小さいのです。

個人投資家としては、リートの特性を分かったうえで投資しないと火傷をしてしまうことにもなりかねません。

昨晩のテレビは『こちら』でご覧になれます。

13分間の動画です。

| | コメント (0)

2019年7月15日 (月)

癌の話

先日、興銀時代の後輩に4~5年ぶりに会いました。

いわく

「岩崎さん、痩せましたね。どこかお身体でも悪くされましたか」

「癌になりました」

こう私が答えると、後輩はちょっとびっくりした顔をしていました。

* *

実は私が癌の告知を受けた時の様子は、2年前に出した『文系が20年後も生き残るためにいますべきこと』という本の「あとがき」に書きました。

少し長くなりますが、以下、抜粋します。

* * * *

「岩崎さん、診察室1番にお入りください」

都内の大学病院の泌尿器科。

1時間半ほど待たされてようやく名前が呼ばれた。

その日は、その前の月に受けた前立腺の生体検査の結果を聞くことになっていた。

すぐに診察室1番に入る。

A教授は「どうぞおかけください」というと、マウスをクリックさせパソコンの画面を開いた。

ほぼ同じタイミングで看護師がやってきてA教授に何か相談ごとを始めた。

時間にしてわずか30秒くらい。

A教授と看護師とが2人で何やら話をしている。

蚊帳の外におかれた私は黙って座っていた。

ただA教授のパソコン画面は私の方に向けられていた。

これからその画面を使って、生体検査の結果を説明するつもりだったのだろう。

気になってパソコン画面に目をやると、1~12までの数字が並んでおり、そのうち4つの数字のところに+のマークが付されていた。

ちょっとびっくりした。

「まさか」と思ったが、生体検査の結果は陽性だったのに違いない。

そう悟った。

以前、私はもしも自分が癌の告知を受けるとしたらどんな情景なのだろうかと考えたことがある。

医者が私に深刻な顔をして「癌です」と告げる、映画に出てくるような、そんなシーンを考えていたのだが、実際には医者から何も言われることもないまま、パソコン画面を自分で見て、先に結果を知ってしまった・・・。

さて、この本では「文系が生き残るにはどうしたらいいか」を書いてきた。

生き残ることの基本は物理的に生きること、つまり死なないことだ。

いまや高齢者を中心に、日本人の2人に1人が癌になる時代。

読者が仮に20代や30代であっても油断できない。

そうなったときにどうするか。

医者の指示に従うのか。

しかし、その医者はどうやって選ぶのか。

前立腺癌を例にとると、現在の日本には約8,000人の泌尿器科医がおり、2,800ヶ所の病院に泌尿器科が設置されている。

このうち私が主たる治療法として選んだ小線源療法を実施できる施設はたった116ヶ所しかない(2013年現在)。

30年以上も前から米国で行われている確立した術式にもかかわらず、だ。

自分から積極的に情報を集めて医者を選んでいかないと、本来ならば根治できる癌も、根治できないで終わってしまう可能性だってある。

しかし、自分から積極的に情報を集める、これは言うは簡単だが、何をどう集め、どう判断するかは、そう簡単ではない。

ちまたにはアガリクスなど民間療法で癌が治ったという人のケースを紹介する本もあるし、あるいはパワーストーンを入手したら癌が治ったという人さえいる。

ここで重要なのは確率であり、科学的、論理的思考法であって、これは本書で一貫して主張してきたことだ。

癌の治療法を例にとると、数千、あるいは数万人に1人くらいの割合で治る方法には頼れない。

如何にして癌の根治確率を高めるかという基準で治療法を選択すべきなのである。

学術論文をきちんと読めば1,000人くらいの患者の症例を、治療法による根治率の違いとともに紹介している。

必要なのは、こうした科学的アプローチであり、たまたま幸運だった10人の具体例を知ることではない。

入手したデータや情報を統計学的視点から理解したり確率論的にアプローチすることをしないと、間違った判断をしてしまう。

そしてこの場合の間違った判断は即、命を失うことにつながってしまう。

本書の中でも幾度か言及してきたように、我々は往々にして、

①統計を誤用したり、

②少ない例で全体を説明しようとしたりして、

結果的に、

③間違った議論、根拠に乏しい結論を下してしまうことがある。

こうした誤りは、クリティカル・シンキング(批判的思考)の訓練を積むことによって避けることができるようになる。

文系であれ理系であれ、学問というものは本来、人がより良く生きるためにあるものだ。

仕事をする上でも、生活の上でも、人は生きていく限り、毎日のようにさまざまな問題にぶつかる。

それをひとつひとつ解決していかなくてはならない。

何が正しいかを自分の頭で考え、正しいと思われる選択肢を選んでいかなければならない。

* * * *

いま読み返してみると、なんだか癌の告知を受けた自分が、自分に言い聞かせるがごとく書いた文章のように思えてきます。

前立腺癌の話に戻りますが、前立腺癌が出来ると、身体の中にPSAと呼ばれる特殊なたんぱく質がたくさん出現するようになります。

PSAとはProstate-specific antigen(プロステート・スペシフィック・アンチジェン、「前立腺特異抗原」)のことで、前立腺の細胞で生みだされ分泌されるたんぱく質の一種。

癌などで前立腺の細胞が壊れてくると、身体中に大量に放出されるようになります。

このため血液検査で、血液中のPSA値を測定し、これが高ければ、前立腺肥大症、前立腺炎、そして前立腺癌を疑うようになります。

私の場合、毎年人間ドックで測っていたPSAの数値が少し上昇し始めたのが、56歳の時。

2009年です。

PSA数値はその後も上昇を続けていき、その7年後、2016年にとうとう基準値を超え、精密検査が必要になってしまいました(人によって違いますが、一般に前立腺癌はこのようにゆっくりと進行することで知られています)。

いま思うと2009年というのはリーマンショックの翌年。

もしかするとその影響があったのかもしれません。

リーマンショックは精神的にもかなりのストレスになりましたから。

ところで、65歳以下の現役世代の男性が癌になる確率は15%(『こちら』)。

ならないに越したことはありませんが、なってしまう確率もそれなりに(15%)あるのです。

| | コメント (0)

2019年7月 7日 (日)

今そこにある危機(clear and present danger)

日経新聞(本日付け)によると、上場企業17社が今年の6か月間で発表した早期退職者数は合計で8,200人にのぼるとのこと。

昨年1年間が「12社、4,126人」だったことを考えると、たった半年で昨年1年間の2倍になってしまったということです。

それだけではありません。

10月に消費税が上がり景気が一気に冷え込む恐れがあるとして、現時点で早期退職を検討している企業も少なくないようです。

こうした企業の動向は、当然のことながら上記の数字には含まれていません。

経団連会長が声高に「終身雇用見直し」について発言する(『こちら』)ような時代になっていますので、若い人の中には最初から「いまの職場には一生いないかもしれない」と考える人が少なくありません(『こちら』の調査によると 「現在の会社に定年まで勤続する意思があるのは3割強」)。

問題は30代後半から50代の人たち。

今の会社でずっと働き続けられると思って、一所懸命働いてきたのに、ある日突然早期退職を勧奨されても、簡単には次の職場が見つかりません。

東北地方に住む50代の男性は、80代の母親の遺体を自宅に放置したとして、ことし執行猶予のついた有罪判決を受けたと言います(NHK報道『こちら』)。

(以下、NHK記事からの抜粋)

「男性はもともと外資系企業のエンジニアとして働いていた。

年収は1000万円を超え、関東地方に購入したマンションでひとり暮らしをしていたという。

仕事は充実し、実家で暮らす母親には20年以上、仕送りを続けてきた。

男性の人生が暗転したのは、6年前。

突然、仕事を解雇された。

当初は蓄えも十分にあり、生活に困ることはなかった。

しかし、解雇から1年。

新たな仕事を探そうとしたところで、壁にぶち当たった。

すでに50歳を超え、自分の経験やスキルを生かすことができる仕事はなかなか見つからなかった。

中国など海外での求人はあったものの、1人で暮らす母親を置いていくことはできなかった。

いずれ、仕事は見つかると思っていた。

しかし、気がつけば、不採用の会社の数は数十社に上っていた。

見つからない仕事。

減り続ける蓄え。

焦りと不安が募るなかで、友人とも連絡を断つようになっていった。

いつしか就職も諦め、気力を失っていった。

お金を使わないよう、家にひきこもる時間が長くなった。

そして、去年、連絡が取れなくなった息子を心配し、訪ねてきた母親に促される形で、実家に戻ることを決めた。

だが、実家に戻ってからも状況は好転しなかった。

父親は病気で20年前に亡くなっていた。

収入は母親の年金だけが頼り。

生活を切り詰めたとしても楽ではなかった。

そんな生活が7か月ほど続いたある日、突然、その時はやってきた。

居間で横になっていた母親。

寝息も聞こえず、動かなくなっていた。病死だった」

ちょっとした不運が重なれば、誰にでも起こりうるような非情な現実が実はすぐ身近にあるのかもしれません。

この辺、たとえばアメリカのシリコンバレーではどうなんでしょう。

シリコンバレーで活躍してきた坂本明男さんは次のように語ります(ちなみに坂本さんは20年間にわたってシリコンバレーで次から 次へと会社を創業し、成長させて、大企業などに売却してきました(『こちら』)。

「シリコンバレーでも会社が突然破産するとか、会社を首になることも少なくありません。

でもみんな、つね日ごろから、それに備えています。

そしていざそうなると、必死に就職活動をする・・。

実際、多くの人がそういった経験をしていますが、みんなそれをたいしたリスクとは思っていません。

もう一つ、決定的に違うのは、シリコンバレーの人たちは、これから先、2年から5年間で成功が見えない会社は、自分の方からさっさと辞めていきます。

そして新しい会社を起こしたり、別な会社に入社したりする。

『自分がいま勤めている会社は成功できない』(持っているストックオプシ ョンの価値がなくなる)──こう判断し た場合には、新しい職場に移ることが当たり前なんです。

会社が従業員を切るのではなくて、従業員が会社を切るのです」。

高度成長の時代には終身雇用制度が、経営者にとっても従業員にとっても都合の良い仕組みでした。

そんな高度成長の時代が終了して数十年。

いつ何が起きても、どんな会社であっても働けるだけの能力を磨き、会社の外の世界との接点を豊富に持つように努める・・。

今そこにある危機に対処するには、そういった心構えが必要なのではないか。

日経新聞の記事を読んで、そんなことを思いました。

 

| | コメント (0)

2019年6月26日 (水)

PHP Online 衆知

ヤフーニュースに出ていた『「副業禁止の不安」シリコンバレーで働く日本人がアメリカを選んだ理由』

面白い記事でした。

この方(シリコンバレーの現役エンジニア、酒井さん)にインタビューした記事をほかにも読みたいと思って、

出典先の『PHP Online 衆知』を見ていたら、最近書かれたものとしては、二つほど記事を見つけました。

『なぜ今、シリコンバレーで働くべきなのか』

 『シリコンバレーで働いてわかった、日本人とアメリカ人の違い』

2つ合わせると、ヤフーニュースの記事をもう少し詳しくしたような内容でした(前段の記事はヤフーニュースの記事と概ね同じ、後段は別)。

と同時に、偶然なのですが、『PHP Online 衆知』の『目次』を下の方にスクロールさせていくと、

私への『インタビュー記事』も発見。

私の記事はともかくとしても、冒頭あげたシリコンバレーの現役エンジニアの酒井さんの記事、参考になります。

たとえば、

『エンジニアの場合、書いたコードがオープンになるので、そもそもノウハウやスキルを個人のなかに留めておくことができません。

これが何を意味するかというと、誰でも優秀なエンジニアの書いたコードをみて、学ぶことができるのです』

だからこそ優秀な人と働くのが重要と酒井さんは力説します。

| | コメント (0)

2019年6月22日 (土)

ストーリーズ

今から8年前。2011年のことです。

エヴァン・スピーゲル(当時21歳)はスタンフォード大学の授業(Product Design)で「送ったメッセージが比較的短時間で消えてしまう」というアプリを提案しました。

すると多くのクラスメートたちが笑いものにしました。

「それにいったいどんな意味があるんだい?」

「消えてしまうメッセージなんて誰も使わないよ」

これがスナップチャットの始まりです。

この会社は現在では時価総額2兆円。

さて、スピーゲルが「消えてしまうメッセージ」のアイデアを教室で披歴してから5年後のことです。

今度はインスタグラムがストーリーズを始めました(2016年)。

仕組みは基本的にスナップチャットと同じ。

ユーザーが投稿する写真や動画は24時間後には消えてしまいます。

これが爆発的にヒットしました。

今年1月の数字ですが、10億人のインスタ利用者のうち半数(5億人)が毎日ストーリーズを使っているのだとか。

ストーリーズに載る広告も増えており、ストーリーズはフェイスブックにとってドル箱になりつつあることが窺えます。

24時間後に消えてしまう。

後に残らない。

だからこそ気楽に投稿できる。

しかも閲覧相手(投稿するストーリーズを見れる相手)は投稿者が随意に設定でき、ほんとうに親しい人にだけ見せることも可能。

閲覧者の画面上からは24時間後に消えますが、投稿内容は投稿者のスマホ上には残せます。

フェイスブック(FB) のように

「会社の上司が友達申請してきた」とか

「就職希望先の人事部に投稿内容を見られてしまいそう」

といったような「煩わしさ」や「気づかい」はいっさい不要。

FBのように、恵まれた人たちの投稿を見させられて、落ち込むこともありません。

とにかく気楽ということで、SNS疲れの人たちも「やっと避難先を見つけた」といった感じなのだとか。

FB → インスタ → ストーリーズ

こういった具合いに人々の嗜好が移ってきていますが、

気が付いてみれば、いずれをやっているのも「フェイスブック」という一つの会社。

新しい波を見つける嗅覚はさすがです。

なお2年ほど前の記事ですが、『こちら』も参考になります。

| | コメント (0)

2019年6月18日 (火)

チャイコフスキー国際コンクール

4年に1回の頻度で開かれるチャイコフスキー国際コンクール。

数々の著名な芸術家を輩出してきたコンクールとして有名ですが、ピアノ部門では出場者がどのピアノを選ぶかも注目の的。

2015年6月にモスクワで開かれた第15回コンクールの際には、ヤマハの中田卓也社長も会場に足を運びました(その際の模様が当時日本でテレビ放映されました)。

4年前のこのときは、予選を勝ち抜いた出場者36人のピアニストたちが選んだのは、スタインウェイが26人、ヤマハは4人。

しかし決勝に進んだ6人は、全員がスタインウェイを弾きました。

実は、これについては、かつて『“近未来”を見据えた投資術』として記事にしたことがあります(『こちら』)。

さて、時が経つのも早いもの。

昨日(モスクワ時間17日)は第16回チャイコフスキー国際コンクールの初日でした(組み合わせの発表)。

そして明日からはいよいよ予選が開始。

日本人の出場者は9名で、ピアノ:藤田真央、ヴァイオリン:服部百音・北川千紗・毛利文香、チェロ:水野優也・佐藤晴真・上野通明、フルート:齋藤志野、チューバ:夏目友樹。

そしてピアノ部門では、どのピアノが選ばれるかの戦いも注目の的。

今回はスタインウェイ、ヤマハなどに加えて、中国のYangtze River Piano(長江)も公式ピアノに採用されることになったのだとか(『こちら』)。

| | コメント (0)

2019年6月10日 (月)

中村正直博士

寛政の改革を行った江戸中期の老中、松平定信が残した言葉に次のようなものがあります。

「女はすべて文盲なるをよしとす。

女の才あるは大に害をなす。

決して学問などはいらぬものにて、仮名本よむ程ならば、それにてことたるべし。

女は和順なることをよしとす」

明治初期はまだこの言葉が相当程度通用していた時代。

そのような時代に、女子教育の必要性を説いてまわったのが、中村正直博士(1832-91年)でした。

彼は十代から内々で蘭学を学び、早くから海外の事情に明るく、幕末の開国後はオランダ語より英語の方が必要だと知って、英語を学び始めたと言います。

ところが攘夷党から国賊視され、難をさけるため、(おそらくは)小栗上野介の計らいで、幕府からイギリスへ留学するよう命じられます(1866年)。

ロンドンに行った中村正直は当時すでに35歳。

にもかかわらず、小学校に入って小学生と机を並べて勉強。

ここで中村正直は驚きます。

それはなぜか。

イギリスの小学生の知識のレベルです。

先生が教室で、

「雨はどうして降るか」

「雷はなぜ鳴るか」

といったことを聞いてきます。

こうした先生の質問に中村正直は答えることが出来ません(語学の問題ではなく、当時、神童ともてはやされた幕末期の秀才でも、そもそも雨はどうして降るかが分からなかったのです)。

ところがイギリスの小学生たちは、さっさと答える。

「君たちはどうしてそんなことを知っているの?」

と聞くと、お母さんから聞いたという。

なにかにつけイギリスの母親の知識や識見の高いことを知った中村正直は、

当時の日本の母親を省みて心打たれるものがあったと言います。

「これではだめだ。

日本も女子教育に力をいれなければ、日本は危うい。

婦人がいまのままでは日本は外国と競争できない」

そう痛切に感じ、帰国後、明治の新政府の要人たちに対して、女子教育の必要性を説いてまわったと言います。

* * *

以上のエピソードは先般ご紹介した『おんな二代の記』に出てくる一節。

この本の初めから4分の1くらいまでは、こうした明治の初期ならびに前半の頃のエピソードが満載。

私はたいへん興味深く読みました。

* * * 

ところで、この本を紹介した時の私のブログでは、

「こうした先駆者の活躍があって今の日本がある訳ですが、国際的にみると日本はまだまだ。World Economic Forumが発表した男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数によると、日本は149か国中110位でした」

と書いて締めくくりました。

そうした中で最近起きた「#KuToo運動」。

こうした状況を知るにつけ、日本ではまだまだ超えるべき壁がたくさんあるように思えてきます。

「#MeToo は分かるけど #KuTooって何?」

という方は、『こちら』『こちら』をどうぞ。

海外でも日本のこの話が結構取り上げられています。

 

| | コメント (3)

2019年6月 5日 (水)

受験番号3583番

2週間ほど前ですが、早稲田大学高等学院D組の同窓会に出ました。

高校時代の同窓会と言っても、私の場合、3つの同窓会があります。

①AFS留学前に2年半を共に過ごした学院D組の同窓会

②米国の高校の同窓会

③米国から帰国後、再編入した学院F組の同窓会

今回は上記①の同窓会でした。

驚いたことに1人の級友が入学時の全員の受験票写真を持ってきていました。

当時、文芸担当のI先生が、A3サイズの紙に

「昭和44年4月13日、1時限目、シーンと静まり返る1Dの教室に第1歩を運んだ・・」

との文章を残していました。

  D  

そして、その紙にはなんとクラス全員の受験票の写真が貼られていたというのです。

以下は、全員の受験票写真のうち、私の箇所のみを切り抜いたものです。

  D1

このA3サイズの紙は、I先生から、クラス全員、一人ひとりに対して、何かの機会に手渡されたとのことですが、

私を含め、ほとんどのクラスメートは覚えていません。

それを一人だけ覚えていて、しかも50年間、ずっと大切に保管していたという人がいたのです。

* * * *

ところで高校1年というと、社会の仕組みもまだよく分かっていません。

自分が何をしたいのか。

何に向いているのか。

こういったことが分からず、文系、理系の進路分けが始まるとしたら、それは相当おかしいのではないか。

そんなことを編集者の方にお話ししていたら記事になりました。

『こちら』です。

| | コメント (0)

«米国は大丈夫か