2018年9月16日 (日)

10年前の記憶

「えっ。全株ですか。」

「そうです。全株、売ってしまってください。」

私は日本の証券会社に電話でこう指示した。

世界中を震撼させたリーマン・ブラザーズの倒産(連邦破産法11条申請)が明らかになった2008年9月15日。

前週末に3ドル65セントを付けていたリーマンの株価は一気に下落し、何と21セントにまで落ち込んでいた。

「寄付きで売りますか。それとも20セントあたりで指値しておきますか。」

電話の向こう側で証券会社の営業マンの声が空虚に響く。

こうなってしまったらどうでも良かった。

リーマン・ブラザーズの株価は前年2月には86ドルを付けていた。

この高値に比べれば株価は99.8%下落したことになる。

言ってみれば1,000万円の金が僅か2万円になってしまった訳だ。

経営が破綻したのだから当たり前といえば当たり前だろう。

私がリーマン・ブラザーズの株を持っていたのは、5年前まで私がリーマンの幹部、すなわちマネージング・ダイレクターであったからだ。

投資銀行は年収が高いと言われているが、幹部クラスになると給与や賞与は現金で貰う分に比べて、自社株式の形で支給される割合が高くなっていく。

業界用語でいうペーパーマネー。

すぐには現金化出来ないカネという意味だ。  

もちろん退職後5年を経過した今、私がリーマン・ブラザーズの株式を売ることについての制約は無くなっていた。

単に「自分が勤めていた会社の株」ということで思い出や記念の意味合いを込めて持っていたに他ならない。

それがまさか紙くず同然になろうとは、正直言って思いもよらなかった。

しかし、私などはまだましな方だ。

テレビではニューヨークのリーマン本社から私物を詰め込んでダンボールを抱えて出てくる社員の姿を映し出していた。

テレビ局のインタビュアーがマイクを向けて「社員の方ですか」と尋ねる。

「今朝までは社員だったよ。」

憮然とした表情で20代後半の若者がこう答えていた。

日本でもリーマン・ブラザーズの日本法人が東京地裁に民事再生法の適用を申請した。

負債総額3兆4千億円。

日本の経済史上2番目の大型破綻だ。

1,300人の従業員はどうなるのだろうか。

かつて一緒に働いていた同僚たちの顔が次から次へと目に浮かんでくる。

「岩崎さん、それでは今晩開くニューヨーク市場で売りの注文を出しておきます。」

証券マンの言葉に私は我にかえった。

これに続く一瞬の沈黙。

その間、証券マンは私に投げかける言葉を探していたのだろう。

私には余り適切な言葉とは思えなかったが、彼はこう言って電話を切った。

「それにしても随分と損をしましたね。」

受話器を置いて私は自分にとっての「一つの時代」が終わったように感じた。

退職後も私と投資銀行とを繋いできた目に見えない、ある種の結びつき。

それが株式の売却によって完全に無くなってしまったように感じたのだ。

      (以上、拙著『リーマン恐慌』17-18頁より)

  Photo_2

      (写真はリーマンブラザーズの株券)

* * * *

世界中を震撼させたリーマン・ブラザーズの破綻から1ヶ月半ほどした2008年10月末。

私はニューヨークに来ていた。

10月末だというのに夏時間がまだ続いていて、ニューヨークの朝は7時になっても空がまだ薄暗い。

それでも街は出勤してくる人で賑わい、オフィスビルの8割以上には灯りがつき、中では出勤した社員が熱心にパソコンのモニターを見入っていた。

リーマン・ブラザーズの本社ビルに行ってみた。

ニューヨークの7番街745番地。

私がリーマンに在籍していた時に幾度となく訪れたビルだ。

あのころ、投資銀行はこの街の主役だった。

睡眠時間を削り、顧客とはげしくやりとりをし、大規模な案件をまとめあげていく中で、経済は拡大していき、社会は豊かになっていった。

そんな実感がたしかにわいてくる、刺激的な職場だった。

そんな一抹の感傷をあざ笑うかのように、ミッドタウンにあるこの高層ビルは、いつもと同じように朝コーヒーを片手に出勤してくる社員を次から次へと飲み込んでいた。

唯一の違いはビルの入り口の看板から「リーマン・ブラザーズ」の文字が消え、「バークレイズ・キャピタル」の文字に替わっていたことくらいだ。

     (以上、拙著『リーマン恐慌』4-5頁より)

10_010

(写真はかつてのリーマンブラザーズのビル;08年10月撮影)

* * * *

リーマン破綻から10年。

当時書いた自分の本を読みなおしていました。

寝食忘れ、自分の寿命を削るような思いをして働いていた投資銀行時代。

そのとき得ていた報酬のかなりの部分はリーマンの株に置き換わっていたので、個人としてはかなりの経済的損失を被ってしまいました。

正直、10年前はショックだったのですが、今となっては、こうした経験は自分にとってプラスに働く面もあったように思えてきます。

リーマンショック前には見えなかったものが、見えるようになった、そんな気がしてくるのです。

あれから10年。

今年も東京で当時リーマンに勤めていた人たちの懇親会が開かれるとの連絡を受けました。

残念ながら私は出席できないのですが、幹事によれば200人近くが参加の予定とのことです。

| | コメント (0)

2018年8月26日 (日)

第2の敗戦

今から73年前。

1945年の敗戦が第1の敗戦であったならば、

平成の30年間は第2の敗戦、

それも経済的な意味での敗戦だったのではないか。

先週号の週刊ダイヤモンド『平成経済全史』を読んでいて、

ふとそうした思いが胸をよぎりました。

Market_cap_3

上の表は上記のダイヤモンド誌45頁に掲載された表の一部。

平成元年(左)から平成30年(右側)までの30年間の変化です。

注意すべきは左側は「日本でのランキング」を示したものではないということ。

左側も「世界ランキング」なのです。

日本の若い人にはこの事実がショッキングなようで、

『えっ!日本勢が世界1位から5位までを独占していたのですか』

といった反応も少なくありません。

なかには

『このデータは信憑性があるんですか』

といった疑問を呈する人もいます。

しかし、この表は事実です

(もともとは米ビジネスウィーク誌1989年7月17日号「The Business Week Global 1000」に掲載されたデータをダイヤモンド社が引いたもの)。

これを見て、

『あの頃はバブルだったから』

とか

『円高だったから』

とコメントする人がいます。

たしかに円高であったとすればドル換算の時価総額は

その分、高くなります。

しかし円高だったから、というのは事実ではありません。

実は、1989年は今よりもずっと円安でした(1年間の始値123.6円、高値 149.63円、安値123.6円、終値143.79円)。

バブルだった、というのは、その通りなのですが、

しかしそれでも、たとえばトヨタ自動車を見ると、

平成元年の時価総額541.7億ドルから

平成30年の時価総額1,939.8億ドルへと

3.6倍にも時価総額を高めています。

つまり元年がバブルだったからといって、

30年間もの長い間に時価総額を高められなかった言い訳にはなりにくい―

この間、3.6倍にも時価総額を高めた日本企業があるのですから。

この表にはいろいろな見方があるのでしょうが、一つ気がつくのは、

30年前には世界ランキング表には名前を見ることもなかった米国の西海岸の企業が

あっという間に躍進して世界のトップ1位から5位までを独占してしまった

という点です。

しかもこの5社のうち3社までが平成元年の時点では存在すらしていませんでした。

フェイスブックの創業者マーク・ザッカ―バーグ氏に至っては当時まだ5歳だったのです。

* * *

平成元年には世界のトップ30社のうち25社までが日本企業でした。

それが30年後、世界のトップ30社に入った日本企業は1社もありません。

でも、それがいったい何の意味を持つのでしょう。

そう思う人もいるかもしれません。

残念ながら、この30年間にわれわれの生活は少しずつ相対的に貧しくなっていきました。

たとえば世帯主が30代の世帯の平均年収はアメリカが990万円(注1)。

これに対して、日本はたったの560万円(注2)。

(注1)アメリカ合衆国国勢調査局「2016年:世帯の所得」(2017年8月10日)

  為替レートは昨年末のものを使用

(注2)平成28年 国民生活基礎調査の概況(平成29年6月27日、厚生労働省)11頁

* * *

いろいろな意味で日本は遅れをとってしまったのです。

なぜそうなったのか、どうしたら挽回できるのか。

これを考えないことにはますます差をつけられてしまいそうです。

公的セクターの力が強くなりすぎていないか、

あるいは民間の方も政府に頼り過ぎていないか・・・

世界のトップ1位から5位までが、いずれも首都ワシントンDCやニューヨークから遠く離れた西海岸の企業であることにも、何らかのヒントがあるのかもしれません。

いちばん避けなくてはいけないのは、『あの頃はバブルだったから』という言葉で片付けてしまうこと。

これは思考停止以外の何ものでもありません。

| | コメント (1)

2018年8月 4日 (土)

1億5597万人

厳密には、1億5596万5000人(155,965,000人)なんですが、

昨日発表の雇用統計でこの数字が出たことで、トランプ大統領は上機嫌。

彼のツイッターにはこの数字を強調するものが2つも載りました(リツイートの形で)。

これは何の数字かというと、米国で雇用されている人の人数。

アメリカで雇用統計を見る場合、ポイントは civilian noninstitutional population。

これは次のような人を言います。

(1)16歳以上で、

(2)米国の50州、もしくはワシントンDCに居住し、

(3)刑務所、精神科病院などの施設、高齢者施設などに入っていなくて、

(4)兵役に就いていない人

(英語だと、the civilian noninstitutional population refers to people 16 years of age and older residing in the 50 States and the District of Columbia who are not inmates of institutions (penal, mental facilities, homes for the aged), and who are not on active duty in the Armed Forces.)

この人たちの合計が、下表の通り、257,843,000人(出所は『こちら』)。

Labour_2

このうち、雇用されている人、あるいは雇用されることを積極的に望んでいる(actively looking for work)人が、civilian labor force です。そして、この人数が、162,245,000人。

少しややこしくなりますが、civilian labor force を civilian noninstitutional population で割ったものが participation rate (労働参加率;62.9%)になります。

civilian labor force の162,245,000人は、

上表の通り、

employed 155,965,000人(96.1%)と

unemployed 6,280,000人(3.9%→これが失業率)

とに分かれます。

と、こんなややこしい説明をしても、普通の人には受けません。多分。

ということで、『155,965,000人も雇用されているんだ、凄いだろ!』と、つぶやくのがトランプ流。

もちろんこれは史上最高の数字で、トランプが19ヶ月前に大統領に就任してから、この史上最高の記録が塗り替えられたのは、先月で11回目なんだとか・・。

もっとも・・

ウォール街の解釈は少し違っていて、非農業部門の雇用者数の増加(対前月比)が市場予測(+19万2千人)を下回る 「+15万7千人」だったというものでした。

| | コメント (0)

2018年7月29日 (日)

フェイク・アカウントの駆逐

4-6月期決算に対する期待から、これまで上昇してきた7月の米国株式市場ですが、フェイスブックやツイッターの決算の影響を受けて、一転、下落の方向へ(下図の上段がナスダックの今月の動き、下段はダウ)。

Nasdaq_5

Dow_2

決算がかなり良かったアマゾンでさえ、発表後のアフターマーケットと翌朝の株価は上がりましたが、その後、じりじりと下落(下図は先週1週間のアマゾンの動き)。

Amazon_2

そもそもフェイスブックにせよツイッターにせよ、偽りのアカウントを削除するとか、健全な成長のために妥当なことをしていての減速なのですが、市場全体のセンチメントがcautiousになっていたことも影響しているのかもしれません。

日経新聞7月25日(夕刊)によれば、6月に投信・ETFから221億ドルの資金が純流出。

これは2015年8月以来の流出額なんだとか・・。

これまであまり減ることのなかったパッシブ運用からも37億ドルほど流出。

「高齢化が進む中、投資家の多くが既存の資産を守ることに注力し、新たな株式投資への需要は低水準が続く」

とのコメントを日経は載せていました(これは日本市場に関するコメントではなく、米国市場に関するコメントです。念のため)。

話はそれますが、先日米国から来日したインスタグラマーのAさんとの会話。

(私)『フォロワー数が大事って言うけれど、「40ドルで、あなたのためにフォロワー数5,000人をゲットします」なんていう広告が来るよね』

(A氏)『そういったフェイク・フォロワーは投稿に「いいね」をしてくれません。「いいね」の数を「フォロワー数」で割ると、ある一定の範囲に収まります。この数字が極端に低いインスタグラマーはフォロワー数を金で買っているのかもしれません。こうしたことはインスタグラマーの間では広く知れ渡っている、いわば「常識」です』

フェイク・アカウントの削除を進めるツイッター。

下図は金曜日に発表されたツイターの投資家へのプレゼン資料です。

Twitter_2

100万人もユーザーが減ったとして株価急落につながりましたが、フェイク・ユーザーの駆逐を進めるツイッターの姿勢は評価されてしかるべきだと思います。

| | コメント (0)

2018年7月12日 (木)

独裁 vs. 市場

一昨日(10日の夜)は日経CNBCテレビ『日経ヴェリタストーク』に出演しました。

トピックスは「独裁 vs. 市場」。

    Veritas  

以下はジョージ・ソロスが1998年に著した『グローバル資本主義の危機』の一文(177頁)。

『経済開発には資本の蓄積が必要であり、資本の蓄積には低賃金と高い貯蓄率が必要だ。

これは、選挙民の要望に応える民主政府より、政府の意志を国民に押しつけられる専制政府の方が達成しやすい』

ソロスは、自らを「国境なき政治家」と名乗り、自らが稼ぎ出した資金の大半を、途上国・新興国が「開かれた社会」になるために使ってきています。

そんな彼にとっては、資本主義と民主主義の関係は大きなテーマ。

一昨日の番組では、「独裁的傾向を強める一部の国家にマネーはどう対峙していくのだろうか」といった観点からこの問題に切り込んでいきました。

ところで番組の最後の方で出てくるクラスBのシェア。

マーク・ザッカ―バーグのFacebookの持ち株比率は16%ですが、議決権は60%を持っています。

これは彼の持つクラスB株がクラスA株の10倍の議決権を持つから。

グーグル(アルファベット)はクラスA(通常の株)、クラスB(10倍の議決権)、クラスC(議決権なし)の3種を発行しています。

クラスBを持つのは、ペイジ、ブリンの創業者2人とシュミット前会長のみ。

ラッセル3000社(全米上場企業の98%をカバー)のうち12%がこの種の「議決権の異なる種類株」を発行しています(dual voting-class structure)(『こちら』)。

なお一昨日のテレビ番組は『こちら』でご覧になれます。

| | コメント (0)

2018年7月 7日 (土)

アセット・アロケーションとリバランス (その6)

株と債券の保有割合が、(双方の値動きの結果)当初予定に比して崩れてしまった場合、これを元に戻す、あるいは再検討の上、適当と思われる比率に調整し直すことを「リバランス」と言っています。

ファンドなどが運用する資産は投資家に対して「こういった比率で運用します」と予め開示しています。

たとえばGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、

国内債券35%、

国内株式25%、

外国債券15%、

外国株式25%

の比率で運用すると決めています。

よって保有金融資産の価格変動の結果、実際の比率が、この目標比率から大幅に逸脱してしまえば、これをキープする(元の比率に戻す)為の売買(リバランス)が必要になります。

ちなみにGPIFでは、例えば国内債券の保有比率については乖離許容幅を±10%と設定しています。

ですので、国内債券の保有割合は全体の25%~45%の範囲内に収めるようにしています。

それでは個人投資家はこうしたリバランスを行う必要があるのかどうか。

2つの考え方があります。

(1)個人投資家といえども当初設定した比率(たとえば「120マイナス年齢」の割合で株式を持つ)にはそれなりの意味があったはずだ。

つまり、「リターンが下方に振れる確率(=リスク)を少しでも抑え込む」との観点に立ち、なおかつリターンの期待伸長率をさほど犠牲にしないようなポートフォリオバランス(6月16日の記事参照)を当初見出したのであれば、当然のことながら、それをキープすべきである(ゆえに、リバランスを行うべきである)。

(2)2つ目の考え方は、もう少し積極的なものです。

保有ポートフォリオにおいて、例えば株の比率が当初に比して高まったということは、株価が高くなりすぎたということに違いない。

このときに株を売って、より安全な資産の債券に乗り換えておく。

逆に株の比率が低くなりすぎたということであれば、株価が安くなりすぎたということ。

このときは債券を売って安くなった株を買っていく。

こうした観点からのリバランスを行うことは長い時間軸の中で、トータルのリターンを押し上げる。

上記(2)の考え方は平均回帰性(mean reversion)の考え方に沿うものです。

つまり株価は、上がり過ぎれば下がるし、下がり過ぎれば上がる・・。

こうして「平均的なトレンドライン」に回帰していくという考え方です。

ここでのポイントは:

①何をもって「上がり過ぎ」(あるいは下がり過ぎ)と考えるか(→つまり我々に「上がり過ぎ」、「下がり過ぎ」が把握できるのか)、

そして、

②本当に平均への回帰傾向があるのかといった点です。

この問題にアプローチし、画期的研究結果を発表(1998年)したのは、ノーベル賞学者のロバート・シラー(イェール大学教授)とジョン・キャンベル(ハーバード大学教授)です。

『こちら』から両教授の論文全文をダウンロードできます)。

2人は単純なる「株価」ではなくて、

「配当利回り(配当金額÷株価)」

「PER(株価収益率)」

に着目しました。

この論文が発表された後で、とくに注目されるようになったのは、2人が(論文で)使った「price smoothed earnings ratio(滑らかなPER;滑らかな株価収益率)」の概念です。

これは、通常使われているPER、すなわち「株価を1株当たりの予想利益(EPS)で割ったPER」ではなくて、

分母に、「インフレ調整後の1株当たり利益の10年間の平均値」を使うものです。

後に、この値はCAPEレシオと名付けられるようになりました

(CAPEレシオは、Cyclically Adjusted Price-to-Earnings Ratioの略で、単純にシラーPERと呼ばれることもあります)。

すなわち

CAPEレシオ(シラーPER) = 現在の株価 ÷ 過去10年間の1株あたり純利益の平均値

で算出されます。

両教授によれば、CAPEレシオには平均回帰性があるとされ、1872年から1997年までの125年間の平均値は15.3

ちなみに1997年の値は28で、「CAPEレシオが28に達したのは(1997年を除けば)125年間で1929年だけだ」として、2人は論文発表当時の米国株高について警鐘を鳴らしました。

ところで、CAPEレシオについては、これを毎日計算してくれる便利なサイトがあります。

『こちら』です。

これによると、現在(2018年7月6日)のCAPEレシオ(シラーPER)は、32.8です。

Per_2

上図は1872年から2018年までのCAPEレシオをプロットしたもの。

これを見ると現在の値(32.8)は、

1929年の大恐慌や2007年から8年のリーマンショック前を上回る値です。

これを見て、「米国株、大丈夫か?」と心配になる方も多いかもしれません。

(当然、米国株が暴落すれば、いかに日銀やGPIFが買い支えようとも、日本株も暴落します)。

このように平均回帰性(mean reversion)CAPEレシオシラーPER)をどう考えるかは、アセットアロケーションやリバランスの枠を超えた大きなテーマです。

実は、ここで結論めいたことを書きたいのですが、簡単ではありません。

平均回帰性(mean reversion)やCAPEレシオ(シラーPER)については、現在の米国でも論争が続いているからです。

長くなってきたので、3点だけ関連する事項を書いておきます。

(1)当然のことながらCAPEレシオに反対する学者もたくさんいます(賛成する学者も同じようにたくさんいます)。

2017年5月、フィラデルフィアで「CFA Institute Annual Conference」が開かれ、シラー教授と(本ブログでも何回か紹介している)ジェレミー・シーゲル教授が論争を展開しました。

論点はCAPEレシオをどう判断するか(賛成か反対か)。

詳しくは『こちら』の記事に載っていますので、関心のある方はご覧になってください。

(2)平均回帰性を考えて運用するには:

米国人のAさんのお勧めは、自分の定年退職予定日(30歳の人はたとえば35年後)を設定するだけで、あとはファンドが適当なリスクポートフォリオを組み、自動的にリバランスしてくれるファンド(『こちら』『こちら』)で運用するというもの。

ちなみにこれらのファンドの「トータルコスト」は、年当たり 0.13%~0.22%。

(3)CAPEレシオを使った投資手法

『科学で勝負の先を読む』という本の289~317頁にCAPEレシオを使った種々の投資手法が紹介されています。

ホットハンド(バスケットボールのシュートの成功率に関する考察が出発点)やモメンタム取引などが出てきますが、ここでは省略させて頂きます(関心ある方は同書をお読みください)。

1点だけ、この本で書かれている一番単純な投資法を紹介します。

1881年から2013年までの132年間のデータに基づけば、この132年間で、

「CAPEレシオが13のときに株を買い、28で売るという投資戦略」を取ったとした場合、

株を持ちきる場合に比して約2倍のリターンを上げていたことになる(下図参照)。

Per_3

しかし著者のパウンドストーンが指摘しているように、「未来は過去とは違う」ので、この手法を使って、「現在のCAPEレシオが32.8だから株を全て売却してしまう」ことが成功につながるとは限りません(要は、シラーを信じるか、シーゲルに従うか、というのが、はっきりとしないという歯切れの悪い結論なのですが、それが現実)。

* * *

最後に、今回の「アセット・アロケーションとリバランス」(その1~6)で述べてきた話は、基本的にはすべて:

(1)効率的市場仮説と

(2)その限界(シラー教授の説は株価はランダムウォークであるとする効率的市場仮説に反するもの)

について、論じてきたものです。

しかし「限界」どころか、株価はそもそも(効率的市場仮説がよって立つ)「正規分布」ではなくて「ベキ分布」であるとする有力な見解もあります。

つまり、これは効率的市場仮説を「根本から否定」する考え方。

これについては、2冊の本を紹介しておきます。

最初の本は 『The [Mis]behavior of Markets』 という原書の邦訳なんですが、何で『禁断の市場』との訳にしたのか、正直、理解に苦しみます。

しかし内容は、ひじょうに読みやすく、一読の価値があります。

2番目の本は、最初の本を読んで、さらに勉強してみたいという人に向いています。

[1]禁断の市場

[2]市場は物理法則で動く

| | コメント (0)

2018年6月25日 (月)

アセット・アロケーションとリバランス (その5)

セネガル戦、手に汗握る展開で、見ごたえがありました。

先週はイタリアに行っていたのですが、見ず知らずの人から

「日本は凄いね。コロンビアを破るとは!」

と声をかけられたりしました。

そう言えば、イタリアは今回60年ぶりの予選敗退。

ロシアに行けませんでした。

にもかかわらず、テレビのチャンネルをひねれば、すぐ出てくるのがワールドカップの中継。

「さすがサッカー大国イタリア」といった感じでした。

* * *

さて前回記事の続きです。

株式と債券との間でアセット・アロケーションを図る(あくまでも米国での話です。本シリーズの「その2」をご覧ください)・・・・。

このことの重要性について、これまで書いてきました。

これは主として株が下がれば債券は上がることが多く、両方持つことによって、株下落時の傷を小さくすることが出来るからです。

このように一方の金融資産が下落すれば、他方が上がるとき、両者は「負の相関」にあると言っています。

さて、株式と債券とを併せ持つことで、下落時の傷を小さく出来ることは分かりました(その代わり上昇時には上昇の程度が弱まる)。

それでは株式の中でのアセット・アロケーション(先進国株と新興国株など)を図るべきなのかどうか・・。

つまり「米国株と他の先進国株」、あるいは「米国株と新興国株」といった具合に併せ持つべきなのかどうか。

この問題にアプローチする前に、先ほどの「相関」の意味をもう少し深掘りする必要が出てきます。

両者(この場合は2つの金融資産)がどの程度の相関の関係にあるかを現すものとして、「相関係数」という概念があります。

相関係数(correlation coefficient)とは、ビジネススクールでファイナンスや投資の授業を取ると、最初に出てくる概念です。

具体的には、「共分散(covariance)の値を、各変数の標準偏差の積で割ったもの」が「相関係数」なのですが、こう説明されても「チンプンカンプン」かもしれません。

とくに統計学を学んだことがない人には分かりにくい説明となってしまっています。

実は、ウィキペディアの共分散の説明箇所(『こちら』)に、相関係数についても説明があり、例をあげて比較的分かりやすく説明されていますので、関心のある方はそちらをご覧になってください。

面倒くさい方は、結論だけを頭に入れておきましょう。

  • 相関係数は必ず「-1.0 から +1.0」の間(-1.0と+1.0を含む)に収まる
  • 相関係数が「-1.0」のときは「完全な負の相関」にある。こうした関係にある2つの金融商品を持てば、ポートフォリオの標準偏差(リスク)はゼロになる(下記の表における(b)。
  • 相関係数が「+1.0」のときは「完全な正の相関」にある。こうした関係にある2つの金融商品を持つ場合、ポートフォリオの標準偏差(リスク)は(個別の金融資産に比して)いっさい減少しない(下記の表における(a)。
  • 相関係数がゼロの場合は無相関(2つの金融商品は独立していて関係がない)

Covariance

上記の表も面倒くさい方は下図をご覧ください。

Correlation_2

いちばん左が相関係数「+1.0」の「完全な正の相関」。

真ん中が相関係数「-1.0」の「完全な負の相関」。

いちばん右が相関係数がゼロの無相関です。

株式と債券とは通常は「負の相関」の関係にあることが多いので、両者を併せ持つことで、リスク(価格の振れ幅の度合、標準偏差で示される)を減らすことが出来ます。

Correlation_stocks_etc

上図は1970年から2012年までの米国株価(S&P500)と他の金融資産との毎月の相関係数をグラフ化したものです。

ジェレミー・シーゲル教授の『株式投資』の原書『Stocks for the Long Run』(第5版)49頁の図です。

これを見ると分かるように、2001年以降は株と債券(10年国債)との間には負の相関が見られます(2012年の相関係数は-0.29)。

しかしS&P500とEAFE(米国・カナダを除く先進21ヶ国の株価指数。EAFEはEurope, Australia, Far Eastの略)の間は、+0.91の正の相関。

S&P500とEm Mkt(新興国株価指数)の間は、+0.85の正の相関。

つまり米国株と他の先進国株、あるいは新興国株を併せ持つことでは、債券を併せ持つときに比して、リスクの低減はあまり見込めません。

一方でリターンはどうかというと、

過去10年間の実績では

米国株 年率平均リターン 8.43%(『こちら』

EAFE 年率平均リターン 2.10%(『こちら』

Em Mkt 年率平均リターン 1.62%(『こちら』

過去5年間の実績では

米国株 年率平均リターン 12.26%(『こちら』

EAFE 年率平均リターン 5.93%(『こちら』

Em Mkt 年率平均リターン 4.52%(『こちら』

つまり米国株と他の先進国株、あるいは新興国株を併せ持つことで、リターンはかなり薄まってしまうのですが、これに対してリスクの低減はあまり見込めないのです。

よって【A】 「米国株以外に投資対象を広げることには否定的な見方」 も多いのが現状です。

ただしこれはあくまでも過去の実績に基づく議論。

これからは中国、インドが台頭してくるとの議論もあり(たとえば『こちら』)、米国株だけに固執するのではなく

【B】  「世界の株式市場といった考え方を取り入れろ」との意見も同じように多く見られます。

【A】か【B】 、どちらを取るか、結局はあなた次第といったことなのかもしれません。

ちなみにシーゲル教授(上記の本の206頁)も、マルキール教授(『ウォール街のランダム・ウォーカー』原書第8版の翻訳本409頁)も、後者【B】の見解(世界の株式市場に投資せよ)です。

ただ両教授が実際に実務をどこまで分かってこう書いているのか、疑問がないわけではありません。

たとえば「新興国株へ分散投資するには『MSCI Em Mkt (『こちら』)』に投資せよ」ということなのでしょうが、中国など新興国は資本規制を設けることが少なくなくありません。

こうしたこともあって、MSCI社は2014年から中国本土に上場されている中国株(人民元建てのA株)の組み入れを検討してきましたが、3年連続でこれを見送ってきました。

ようやく2018年6月から組み入れを開始、しかし今もその比率を1%未満に抑えて慎重に対応しています。

現状『MSCI Em Mkt  (『こちら』)』への組み入れ比率が最も高い株式は、テンセント(5.5%)、次はアリババ(4.3%)ですが、テンセントは香港、アリババはニューヨーク上場です。

このように上場する市場が必ずしも国対応でないケースが散見されるようになってきたのと同時に、ますますボーダレス化する企業活動(たとえばP&G社の売上げの55%は米国、カナダ以外の地域)の現状を鑑みると、「米国株と他の先進国株、新興国株を時価総額比で分散させる」という教科書的原則だけでいいのかどうか・・・。

先行する現実に理論の方が追いつかなくなっているような気もします(もっとも私が勉強不足で最新の理論なり論文を目にしていないだけなのかもしれませんが・・・)。

| | コメント (0)

2018年6月16日 (土)

アセット・アロケーションとリバランス (その4)

前回記事の訂正というか、新しいデータに基づくアップデートが、一つあります。

9日の記事でアップルのROEを37%と書きましたが、これは昨年12月までのデータをベースとするもの。

今年3月末までのデータ(先月1日に発表)を入れて再計算すると、アップルのROEは41%になります(同じようにコカ・コーラのROEも最近時データを入れると少し変わってきます)。

それにしてもアップルのROE。

なんと41% とは!

ちなみに日本の主な企業で見てみると・・・

経団連会長を輩出している日立のROEは12%(『こちら』)。

日本最大の時価総額を持つトヨタのROEは11%(『こちら』。)

(注:どういうわけかトヨタは18年3月末ベースのROEの数字を載せていなくて、これは1年前の数字)。

改めてアップルの決算書(『こちら』)を覘いてみましょう。

売上高総利益率が38%。

売上高純利益率が23%。

単純計算すれば、10万円のiPhone のうち、なんと 2万3000円がアップルの儲け(税金などを払った後のベース)ということになります。

さらにアップルのバランスシートに目をやります。

アップルが持つ現金の額はなんと約5.0兆円。

このほかに短期の市場性のある有価証券を4.7兆円も持っています。

現在アップルの時価総額は102.7兆円。

ドルベースで『1兆ドルに、あと一歩』のところまでやってきました。

* * *

さてアップルの話はこのくらいにして、話をアセット・アロケーションとリバランスに戻します。

『長期的には株式のほうが債券よりもずっとリターンが高く、リスクも低い』(ジェレミー・シーゲル教授及びバートン・マルキール教授)。

だとすると、株式にだけ投資していればよくて債券には手を出す必要などなさそうですが、両教授の著作を読むと、これがどうやらそんなことはないらしい・・。

少なくとも両教授とも「投資家はアセット・アロケーションをはかれ」との意見です。

とくにマルキール教授の方は、この辺、明快です。

Asset_allocation

上図はマルキール教授の『ウォール街のランダム・ウォーカー』(私の持っている原書第8版の翻訳本)の409頁の図。

マルキール教授は、このように個人投資家の年齢に応じて、株と債券のアセット・アロケーションを図れと主張しています。

シーゲル教授の方はどうでしょう。

教授の論拠は1802年から2012年までの210年間の実証研究です。

次の図(『株式投資』の原書『Stocks for the Long Run』(第5版)102頁)を見てください。

Asset_allocation_2_3

シーゲル教授のこの図が言わんとしていることは、30年持つのであれば株を100%持つと年率平均7%近くのリターンを期待できる。

債券を100%持つ場合(30年間保有)は年率平均3%強のリターン。

しかし株を68%、債券を32%とする割合が、リスク(リターンが下方に振れる確率)をいちばん小さくすることができる。

といっても、「株68%、債券32%」のときのリターンは5.6%程度。

株100%に比べて、リターンがずいぶんと犠牲になりますが、図を見て分かるようにリスクの削減効果はさほど高くはありません。

Asset_allocation_3_3   

そこで教授の『株式投資』(原書第4版の翻訳本)では、リスクをある程度許容できるのであれば、「30年保有する場合、株式100%でもいい」とまで言っているのですが・・・(なお上図で100%を超えるケースは信用取引などで借金をして株式の比率を100%以上にせよ、との意味です)。

ちなみに、この最後の図は、後に出版された原書第5版では削除されてしまっています。

このようにシーゲル教授は債券と株とのアセット・アロケーションについて、やや歯切れが悪い・・・(少なくとも私にはそう思える)。

以上が両教授の見解ですが、一般に米国では、

「リターンが下方に振れる確率を少しでも抑え込むとの観点に立てば、株式だけでなく債券を交えてポートフォリオを組むことが有用である」

と考えられています。

それに20年、30年という長期にわたって金融資産を保有するつもりでいても、長い人生、何が起こるか分かりません。

途中でポートフォリオを取り崩さざるをえなくなることもあり得るわけで、「結果的に」保有期間が5年で終わってしまう可能性もあるわけです。

ですから、「アセット・アロケーションとリバランス」(その1)で述べたように、

株式の割合は「120マイナス年齢」(例:35歳の人は85%)くらいを株式の割合にして残りを債券にする

というのが、一般的に妥当だと考えられている資産配分法なのです。

さてまた長くなってしまいました。

まだ書いていないことを上げておくと、

1)株式の中でのアセット・アロケーション(先進国株と新興国株など)

2)平均回帰性とリバランス

3)平均回帰性と効率的市場仮説、経済物理学、ベキ分布

このようにいろいろと書きたいことがあるのですが、またの機会にさせて下さい。

| | コメント (0)

2018年6月 9日 (土)

アセット・アロケーションとリバランス (その3)

ジェレミー・シーゲル教授の言う『長期的には株式のほうが債券よりもずっとリターンが高く、リスクも低い』とはどういうことなのでしょう。

詳しくは教授が著した『株式投資』ご覧になって頂きたいのですが、下図をご覧ください。

1_3

これは iPhoneで撮影したものを載せているので、やや見にくいかもしれません(クリックすると拡大します)。

教授の『株式投資』の原書『Stocks for the Long Run』(第5版)95頁の図です。

ちなみに原書の第5版は2013年に書かれたもので、リーマンショック後のデータを含みます。

一方、翻訳本の方は第4版の翻訳。リーマンショック前の2007年に書かれたものです。

さて上図は1802年以降2012年までの(なんと!)210年間の期間を対象に、保有期間(1年、2年、5年、10年、20年、30年)ごとに、株式、長期債、短期国債の実質リターン(インフレ調整後)の最高値と最低値を示したものです。

保有期間1年に限ってみると、いちばん良い年には株式は66.6%のリターンをもたらしました。

しかし悪い年には▲38.6%ものマイナスになりました。

ここで株式のリターンとは、

Dividends plus capital gains or losses on a broad-based capitalization-weighted index of U.S. stocks

のことです。つまり配当とキャピタルゲイン(もしくはロス)です。

このように、1年しか持たないのであれば、株式は高いリターンをもたらすこともあるけれども、逆にうんと損をしてしまうこともあります。

しかし20年間持つとすると、どうでしょう。

様相がガラリと変わってきます。

1802年から2012年までの210年間。

この210年間の『どの20年間を取っても』、株式投資はマイナスになることはありませんでした。

たとえ最悪の20年間を選んだとしても、少なくとも実質ベースで年率1.0%のリターンを確保し得たのです。

それに比べて長期債、短期国債の実質リターン(インフレ調整後)は選んだ時期によっては、期間20年間でマイナス3%あるいはそれを下回ることもあったのです。

『長期期間持てば株式のほうが債券よりもずっとリターンが高く、リスクも低い』というシーゲル教授の主張はこうした実証研究から導き出された結論だったのです。

実は似たような主張はバートン・マルキール教授の『ウォール街のランダム・ウォーカー』の中にも見られます。

私の持っているのは原書第8版の翻訳本なので少し古いのですが、下図はその396頁に出てくる図です。

Photo

対象となっている期間(1950〜2002年)やポートフォリオ(この場合S&P500)などの諸点でシーゲル教授のデータと異なるのですが、言っていることは同じです。

以下、引用です。

『典型的な株式ポートフォリオのリターンは、ある年には52%を超えたかと思えば、別の年には26%以上ものマイナスになっていたりする。

ある1年間をとってみて、確実に満足のいくリターンを稼げる保証はどこにもない』(395頁)

『しかし、もし25年間株式を持ち続けられるなら、話は全然違ってくる。

どの25年間をとるかによって多少の違いはあるかもしれないが、その差は大きくない。

上のグラフの対象期間中に25年間株式を持ち続けたとすると、年平均10.5%のリターンが得られた。

もし1950年以降、株式投資にとって最悪だった25年間をとったとしても、年平均リターンはそれより約3%低かっただけである』(396頁)

ここでひとつ注意点があります。

だったら株式で運用しようと即断してはいけません。

シーゲル教授もマルキール教授もアメリカの株式市場について言っているのであり、残念ながら日本は違います。

1989年12月29日に38,915円だった日経平均株価は、20年後に10,546円、25年後には17,450円だったのですから、いくら長期間持っても米国のようにプラスのリターンになることはなかったのです。

アメリカの210年間の全ての期間で言えたことが、なぜ日本には当てはまらないのでしょうか。

これはひとつには日本の資本主義がまだ発展途上にあるからです。

1980年代後半から90年初め、日本がバブルだった頃には、日本企業の経営者の多くは株主から預かったお金、つまり株主資本を「借金と違って返す必要のない無コスト資金」と勘違いしました。

結果、多額の転換社債、ワラント債が発行され、巨額増資も行われました。

資本は無コストどころか、借金の場合の金利よりも高いコスト(資本コスト)を負っているにもかかわらずこうした間違いをおかしてしまったのです。

「これではダメだ。企業は国際標準に近い利益を上げて株主に報いよう」とばかり、伊藤レポートが発表されたのが2014年8月。

これは今からほんの4年ほど前のことです。

伊藤邦雄一橋大学大学院商学研究科教授の名を冠したこのレポートでは「資本勘定(自己資本)に対して少なくとも8%の利益をあげるべき」との呼びかけが企業に対してなされました。

ちなみにこの比率は自己資本利益率(ROE)と呼ばれるものですが、アップルのROEは37%。

「少なくとも8%」と言っている日本の比ではありません。

コカ・コーラの過去13年間のROEは20%~42%のレベル。中央値は 27%です。

日本の資本主義がまだ発展途上にあることは他にもいろいろな点に現れているのですが、ここではもう一つだけ挙げてみましょう。

株主優待です。

アメリカの企業は若干の例外を除き株主優待を行いません。

たとえばダウ平均株価採用銘柄の30社で株主優待を行っているところは一つもありません。

これに対して日本では上場企業の36%もが株主優待を行っています。

企業は株主のものであるという意識が徹底しているアメリカの資本主義においては、株主優待とは、株主が自分の資産を取り崩して自分に支払う行為です。

つまり会社から財産が流出したら、それは株主の負担になるということです。  

ですから基本的には「行って来い」の関係で、株主優待を行おうと行うまいと、経済効果は等しい(タコが自分の足を食うような関係)のですが、

配当金(現金)と違って優待の内容から得られる便益は大部分の株主にとっては現金以下の価値しかありません。

また株主優待を行なうことの事務コスト(郵送料、労働コスト)も馬鹿にならず、その分だけ株主にとっての企業価値は毀損されます(つまり理論的には優待実施後には「優待の経済価値+アルファ」分だけ株価が下がります)。

このように企業にとっても投資家にとっても、株主優待はマイナスの意味しか持たないのですが、

日本では企業は株主のものであるという意識が乏しく、経営者も株主から与えられた資金を使って「利益をあげる」=「価値を創造する」という意識に乏しいことから、いびつな慣行がまかり通ってしまっています。

このほかにも日本の株式市場は「ちょっとおかしいぞ」というところがあるのですが、話がそれていってしまうので、ここではこの辺にしておきます。

いずれにせよ、こうしたことから日本の株式投資家は(アメリカの株式市場に投資してきた投資家に比べて)、きちんとしたリターンをあげることができなかったといえます。

このため『長期期間持てば株式のほうが債券よりもずっとリターンが高く、リスクも低い』の法則は(残念ながら)日本には当てはまらない法則となってしまっています。

さて以上を踏まえて、もういちど 『金融資産は株と債券で持て。その比率は「100(もしくは110、120)マイナス年齢」で株式を持て』 といったアセット・アロケーションのルールを考えてみることにしましょう(長くなったので次回にします)。

| | コメント (0)

2018年6月 2日 (土)

アセット・アロケーションとリバランス (その2)

アメリカでは 『金融資産は株と債券で持て。その比率は「100マイナス年齢」で株式を持て』 と言われてきました。

それがなぜ最近は 「110マイナス年齢」 あるいは 「120マイナス年齢」 といったように株式の比率が多めに変わってきたのでしょうか。

その理由は 『こちら』 の記事にありますように、

(1)平均寿命が延びてきたこと(20年前に比しアメリカ人の平均寿命は3年も延びている)

(2)低金利化で従来の「100マイナス年齢」で株式を持つようにすると、債券部分がじゅうぶんなリターンを生まず、結果的に資金ショートになる(老後しばらくしてから資金が足りなくなる)恐れが出てきた

という2点にあるようです。

実際のところ、1980年代初頭の10年物国債(10 year Treasury Notes) の利回り(yield)は15%を超えていました(下図;出所は『こちら』)。もちろん当時はインフレ率も高かったのですが・・。

10_yr_3

政策金利を取ってみても、『1965年から2000年の政策金利は平均7%超あった』(イエレン前FRB議長)ものの、最近では『これから先、3%程度で打ち止めにする』案が出てきている(5月29日、日経)と言います。

いずれにせよ「債券という比較的安全な資産に資金を置いておくことの報酬」(=金利)が少なくなってきた(『こちら』)ことから、アセット・アロケーションの配分比に関する考え方が変わってきたという事情があるようです。

アメリカでさえこうした状況になっていることを考えると、「ゼロ~マイナス金利」の国(下図参照)に住む我々日本人はどのようにアセット・アロケーションを考えたらよいのでしょうか。

10_yr_jgb

2000万円の金融資産を持つ人がアセット・アロケーションを考え、2割を日本国債に置くとして、10年物の日本国債の金利は現状0.04%(『こちら』)。

たとえ手数料を勘案しなくとも、

2000万円×2割×0.04%=1,600円

20年置いても1,600円×20年=3万2000円。

こう考えると債券部分のリターンはあまり意味がありません。

メガバンクに定期預金で置くと、金利は0.01%(三菱UFJ)

ネット銀行では取引開始に際してはキャンペーン金利が適用になることがありますが、それも1年まで。

通常はたとえば期間5年で年0.03%がやっと。

いずれにせよ債券や預金から金利をもらうこと自体、あまり意味のない世界に入っていってしまいます。

もちろんそういった環境下であっても、(アセット・アロケーションといった考え方を取るかどうかは別にしても)、

金融資産のうち価格変動に曝される 株式は『一定割合に抑えておく』(他は定期預金だろうと普通預金だろうと、そんなに大差ない)という考え方自体は重要でしょう。

ところで日本の特殊事情はさておき、『長期的には株式のほうが債券よりもずっとリターンが高く、リスクも低い』と主張する(とされている)シーゲル教授はアセット・アロケーションについてどう考えているのでしょうか。

次回は教授が著した名著『株式投資』の視点からアセット・アロケーションについて考えてみましょう。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧