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2006年1月27日 (金)

投資家と民主主義

その時々で『国の勢い』のようなものがあるように思えます。

私が高校時代にAFSでアメリカに留学していた時(1971-1972年)。留学先のアメリカ人家庭の父親は、ハワードヒューズが作った宇宙・航空関連会社『ヒューズ・エアクラフト』に勤めていました。

日本からの高校生留学生を預かったというので、(留学生である私にcomfortableになってもらいたいという配慮だったのでしょうか)、一家でわざわざトヨタの車を新しく買いに行きました(この家族はその他にフォード車を2台、メルセデス1台、VW1台を持っていました)。

丁度、松下電器産業がニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場した時で、父親は『この株はskyrocketのように上がっている』と興奮気味に話していました。

長男は徴兵でベトナムに送られる恐れがあるというので、志願して沿岸警備隊に入っていました(そうすることで軍からの徴兵の可能性は無くなると話していました)。

日本がだんだんと存在感を示し始め、逆にアメリカが少しずつ迷い始めたような時期でした。

そして1980年代、私は社会人になってシカゴに赴任しました。

この時のアメリカは『日本にならえ』という風潮でした。

ビールのバッドワイザーをつくるアンホイザー・ブッシュ社、ハンバーグのマクドナルド社、カタログのシアーズ社など、米国中西部の大会社が日本から来たビジネスマンということで私たちに会ってくれました。

それから約10年。90年代に入って、多くのアメリカ人たちにとっては『日本はどこかへ行ってしまった』と言う感じになってしまいました。

日本はGDPでは世界3位のドイツの2倍くらいある、断トツの2位ですが、多くのアメリカ人は日本からはあまり学ぶものはなくなったと言います。

一つ一つの業界を見ていきますと、数字でこの辺のところを実感できます。

例えば産業の米と言われる半導体。

半導体のメモリーDRAMの世界シェアは1980年代は日本勢が8割を占めていましたが、2000年代はアメリカのマイクロンと韓国のサムスンにやられ日本勢は10%台にまでシェアを落としています。

この間の日本の問題点の分析と処方箋については沢山の本が出ていますが、私には、結局のところ

『投資家一人一人が賢くなって、あたかも民主主義において駄目な政治家に No(ノー)の票を入れるがごとく、駄目な経営者に対してノーと言うしかない』

というように思えてきます。

個人の投資家の力はそんなにはなく機関投資家が市場に影響力を持つという意見もあるかもしれませんが、年金にしろ生保にしろ、その後ろにいるのはやはり個人です。

戦前の日本の軍隊のハンモックナンバーのような硬直化した経営を排除するのは、結局は一人一人の個人の力の集合体のように思えてきます。

私たちが伸びると信じる会社に投資をして、駄目だと思う経営者のいる会社には投資をしない。

要は『会社なり、経営者なりを見て投資を行う』-このことをきちんと実践していくことが日本を再生させる上での一番確実な第一歩のように思います。

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コメント

岩崎さんの本は私のブログで以前紹介させていただきました。
その著者のブログをこうやって読むことが出来るとは、なかなか面白い時代になりましたね。

『投資家一人一人が賢くなって、あたかも民主主義において駄目な政治家に No(ノー)の票を入れるがごとく、駄目な経営者に対してノーと言うしかない』

まったく、おっしゃるとおりですよ。
でも、日本に限らず、民衆の多くは、ずっと馬鹿でしたし、今も馬鹿ですし、これからもずっと馬鹿なので、なかなか実現しないでしょうね(藁)

まあ、僕も愚民のうちの一人ですが。

投稿: 金融日記 | 2006年1月28日 (土) 15時54分

社会や経営者の見極めはとても難しいと思います。
メディアに操作されている社会ですから、本質を見極める為の軸が自分自身になくてはなりません。
結局は、私たち自身がしっかりしたものの価値観をもっていなければいけないと感じます。

投稿: K・T | 2006年1月28日 (土) 19時38分

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