« 勉啓塾 | トップページ | コンプライアンス »

2006年7月24日 (月)

ワーキング・プア

ワーキング・プア』と題する、昨日の『NHKスペシャル』、ご覧になった方も多いと思うのですが、衝撃的な内容でした。

『この国は確実に悪い方向に向かっている』-『世田谷一家殺人事件』の著者は、確か、こういったようなことを『あとがき』に述べていたように思いますが、昨日の『NHKスペシャル』では、まさにそれを映像にして目の当たりに見せられました。

私自身、(時代の違いはありますが、)比較的貧しい家の生まれでした(『サバイバルとしての金融』という本に少し書きました。) 授業料全額免除の大隈奨学金を貰えなければ、私は高校を卒業することも出来なかったかもしれませんし、その高校時代も、印刷工場や郵便局など様々なところで働いて過ごしました(実は今では違法なのでしょうが、中学時代からアルバイトをしていました。)

『NHKスペシャル』の最後では、大学の先生など『識者』の方たちが、『一度はトライ出来る社会を作らなければならない』と力説していましたが、私自身はこれらのコメントは少しピントが外れているように思いました。

社会全体が階層化しない、硬直化しないようにして、活力ある社会を実現していかなくては、なりません。

私がアメリカで社会心理学を学んだ際に、人間が生きていく上で大切なものは、Hという単語で始まるものが多いと習いました。

Home、Health ・・・ など幾つか出てきましたが、一番大切なものとして教授があげたものは、Hope でした。

日本を、Hope が持てないような社会にしてはいけない。

その為に出来ることは何か。

この頃、ずっとこんなことを考えています。

Our Problems are "man-made", therefore, they can be solved by man. (貧困などといった多くの)我々の問題は、人類によって作られたものであるから、人類によって解決可能なはずだ。(John F. Kennedy)

|

« 勉啓塾 | トップページ | コンプライアンス »

コメント

僕は、テレビをほとんど見ていないので、この番組も見ていないのですが、かなり悲観的な内容のようですね。
僕は一応、経済学部出身なのですが、1年生のときに、「経済とは、『経世済民』を縮めた呼び名である。世の中をうまく治めて、人々を救うのが、経済学の目的とするところである。」と、講義の中で聞いたことがあります。
そして、近代経済学の祖と言われるアルフレッド・マーシャルは、ロンドンの貧民街を散歩するのが日課だったと、別の講義で聞いたことがあります。
ですが、マーシャルが亡くなって80年以上経過した今日、貧富の格差が無く、万人が平等に希望をもって、安心して暮らしていける社会は、実現されていないと思います。
(そういえば、ロイ・ハロッドも自由貿易よりも完全雇用が大事と説いていましたが、今の世の中、何でもコスト競争ですよね。)
非常に寂しいことですが、求職者を全員雇用できる国営の施設でも出来ない限り、この弱肉強食の現実が、今後も延々と続くように思います。

投稿: まさくん | 2006年7月24日 (月) 23時15分

著者の方とは別の意味で『この国は確実に悪い方向に向かっている』と思っています。
負債を加速させる国債を(日本に限って?)ただ市場に流して、予算を確保しているこの国は
いつか外国に買取られる域に達するのではと不安を感じます。
貧富の差についても、解決能力があり影響力の大きい政治家や役人、経営者などに自身の利益のみを考える方が多いうちは加速していくのではと思います。ただ働く場を求職者に与えるだけでは何も変わらないでしょうし。(労働者についても自己研鑽で自身を高める必要があるのでは)
現在、転職活動中でさまざまな企業を訪問していますが、村社会的でありガラスシーリングかつ脱税しても、ばれたら税金を払えばいいという企業ばかりに出会い、正直起業して理想の会社を目指すしかないのかとも思います。
(もっとも、そんな簡単でも奇麗事だけでもないのでしょうが)

投稿: とのさき | 2006年7月26日 (水) 12時59分

いとすぎと申します。
ウェブログを運営しておりましbトて、
岩崎様の著書bヨの感想を掲載致しました。

私は青二才でさしたる地位もないですが、
一度御覧頂けましたら幸甚です。

非礼や足らぬ所などあると思いますので、
どうぞ御指摘下さい。

さて表題の件ですが、
経済活動以外にも多くの人々が
この社会に主体的に関わり、
自己充足感を得るステージが必要と思います。

そうするとNPOのよb謔、な
非営利セクターの働きも重要と思います。

東欧のハンガリーだったと思うのですが、
公共予算bフ一定割合をそうした
非営利セクターに支出し≠ト公共性を補い、
納税者の側もモニタリングしつつ
ともに新しい成果を求めることが可
可能ではないでしょうか。

※ 申し訳ありません、私のPCだと
 どうも文字化けしてしまいます。

投稿: いとすぎ | 2006年8月16日 (水) 23時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 勉啓塾 | トップページ | コンプライアンス »