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2008年11月13日 (木)

大恐慌の記憶(その5)

1929年の日本がどうであったかについて書くつもりでいたのですが、少しだけ脱線します。

投資に対する考え方は、みなさんそれぞれお持ちなのでしょうが、私自身は30年前にスタンフォード大学のマクドナルド教授から学んだ方法(詳しくは拙著『サバイバルとしての金融』参照)を実践しています。

一言で言うと、投資先の将来を考え、経営陣を評価し、いったん投資した以上は売ったり買ったりしない、というものです。

ただ『大恐慌直前に全ての株式を売り抜けていた』というケネディ大統領の父親の話(詳しくは『こちら』に書きました)にありますように、相場の大きな流れは掴んでおきたいと常日ごろ思っています。

そういった意味で自分自身のポートフォリオを見てみますと2年前は「現預金(含むMRF、MMF)30」 対 「株式70」であったものが、(2年前から株式の比率を落としてきたので)今ではちょうど逆転させた形になっています。

相場の大きな流れを掴むのと同じように重要なのが、投資先の企業の微妙な変化を感じ取ることです。たとえば業績が悪化した場合、一時的なものなのか(フラッシュ・メモリーの市況悪化は私は一時的なものである要素が高いと見ています)、それとも企業の経営陣が老害に陥ってしまったのか・・。

出来れば企業業績の数字となって現れる前に兆候を掴み取りたいと思っています。

私は興銀に22年間勤めていて、海外の駐在員をしたり、水俣病のチッソを担当していましたので、比較的、歴代の頭取を目の当たりにする機会が多かったと思います。常務取締役くらいまでは「この人が頭取になれば興銀はすごく良くなる」と思われた人でも、頭取になった途端に期待外れになってしまうといったこともありました。

そういった意味で投資先の経営陣が発するちょっとした発言(ほとんどの場合、新聞にごく小さな記事となって載るだけなのですが)が会社の中に進行している大企業病を見つける手がかりになったりします。

医者が小さなポリープを見つけて癌になる前に除去するのと同じで、そういった兆候が見られたら株価がどうであっても売ってしまいます。

例えばある業界では世界一に達したA社。にもかかわらず、決して驕ることはなく、経営陣は管理職が上から目線になるのをいさめていました。

ところが最近新聞でチョッと目にしたところでは、その経営陣の一角を占める方が「報復」と発言したといいます。発言の意図は分かり、理解できるところなのですが、その言葉使いの裏に驕りの気持ちが芽生えていないか、投資家としては最近の業績の数字以上に気になってきます。

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コメント

岩崎先生、こんばんわ。
雑な言い方ですが、某巨大企業、ヤバイみたいですね。
業績が大幅に落ち込んでいるので、株価もさらに一段の下落があるかもしれないと、個人的には思っています。
それに、若者のクルマ離れの動きは、とても顕著になっているようで、例えば、僕の勤務先でも維持費のかかるクルマを手放す人が増えています。
首都圏に居れば、電車・バスで間に合うし。
問題発言がさらにエスカレートして、不買運動でも起きれば、「おごれるオヤジも久しからず」といったところです。
ところで、僕が最近凝っているのはオーディオです。
結構な額の株式の含み損を抱えているのにも関わらず、奮発して5万円の高級ヘッドフォンや、それにつなげるためのヘッドフォンアンプ(これは4万円程度のCREEKの製品です)を購入し、バーンスタインのベートーベン全集のDVDなど、クラシック音楽を中心に鑑賞しています。
品質の良いオーディオ製品は根強い需要があるし、若者の関心は、クルマ→オーディオに移っているのかな?などとと思ったりします。
音楽は辛いときや苦しいときにも、心の支えになりますよね。

投稿: まさくん | 2008年11月15日 (土) 18時43分

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