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2011年3月18日 (金)

被災地の病院の状況

「転送大歓迎」ということで送られてきましたので、以下このまま転写します。

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「被災地の病院の状況」

By 坪谷 透/TSUBOYA Toru (Mr.) M.D. 内科認定医 

東北大学大学院医学系研究科 公衆衛生学 博士課程大学院生 D2 

PhD student of Division of Epidemiology 

Department of Public Health and Forensic Medicine Tohoku University Graduate School of Medicine

http://www.pbhealth.med.tohoku.ac.jp/

「知り合いより医療機関の情報を集めました。主に現場で何が必要としているのかについて書いてもらいました。医療機関によっては、行政と連絡が取れず現状を伝えることができず、ニーズが伝えられず、本当に必要なものが届いていません。転送大歓迎です。よろしくお願いします。」

1、石巻赤十字病院 (3/15夜の時点)(宮城県)

物資に関しては、当院は食料は何とか3食おにぎり1つだけ食べられています。飲料水に関しては、一時危機的でしたが、救援が届き、今は何とかなっています。雑水(トイレの水など)は本日で尽きると報告されました。電気は14日より病院のみ開通しました(それまでは自家発電で最小限のことは維持できていました)。ミルクは迅速な支援でかなりだぶついており、むしろ哺乳瓶と乳首が不足しているとのことです、お湯も無いようです。

薬剤:絶対的に不足。インスリン、ワーファリン、降圧薬が特に不足 酸素ボンベも不足無洗米(食料であれば水、加熱、食器の要らないもの)。

病院は慢性疾患の方が薬をもとめて群れをなし、あるいは水道が使えて電気があるので避難所として、また現在透析ができるのが当院だけなので、これを求め、また自衛隊が次々ヘリで搬送し、入院させたくても適応外とせざるを得ないもの、患者以外のもの、施設にいた寝たきりの人々などが集中し、院内そこかしこに多数の被災者が「住んで」しまっている状態です(これらの方々に食料は提供されていません)。そのため衛生(院内は既にアンモニア臭)、治安(盗難が多数発生)上の問題を呈し、その他文章で残すのがはばかられるような事態が発生しています。現在いかに最後の砦である病院を守るかというのが喫緊の課題です(これらの方々に食料は提供されていません)。

脳神経外科として状況は、外傷は意外に少なく、むしろ脳卒中が多発しています。現在の病院の能力で物資的には診療継続が可能ですが、ベッドが既に埋まって個室にベッドなしで2-3人入れる、廊下に担架で入れる等して対応していますが、そろそろ限界です(回復しても、帰る場所がない、もともと入院中の人も帰るところがない)。またマンパワーとしても2人で診療に当たっており(1名はトリアージ)、3名とも疲労が極度に蓄積しています(これは職員すべてにいえることですが)。

2、石巻市立病院(宮城県)

周囲火災と、津波で犠牲者が少数おり、診療継続不能。旧市外である雄勝地区、鮎川地区、北上地区では病院を含め街はほぼ壊滅で、医療が不要になってしまった。女川地区は未だ未踏の地)。石巻市内は冠水しており、自分のアパートの回りも死体が浮いている状態です。

3.県南中核病院(宮城県)

当院には岩沼、亘理、山本の海岸部を含めて被災者、患者が多数来院しています。病院建物の被害はほとんどありませんが、周辺の地盤が下がって段差ができている状態です。電気、水道などのライフラインは制限内で稼働中です。携帯電話はつながりにくいですが、病院の固定電話は回復しています。画像はCT, Xpのみ可能です。MRIは復旧の目処がたっていません。マイクロが損傷しており開頭術は困難です。(全体の手術そのものにも制限があります)薬剤、点滴は現時点では足りていると思われますが、今後の供給しだいです。

4.東北大学病院(宮城県)

被災地で最も欲しいもののひとつが粉ミルクです.被災地の現場では超緊急です.たとえば気仙沼や石巻です.単位グラムあたりで,助かる人と未来の量は,もっとも効果的と思われます. 粉ミルクの件で補足します。まずは粉ミルク自体を供給していただくことが先決で、投与の方法はその先です。粉ミルクがあることで助かる子供のために提供と運搬お願い申し上げます。

5、仙台市立病院(宮城県)

3月12日。地震2日目の夜を仙台市立病院で迎えました。既に400人を超える患者を受け入れきましたが、現在もなお救急車(他県からの緊急消防援助隊)も含め収容依頼なしで搬入されてきています。仙台市内の死者もおそらく1000名を超え、宮城県内では1万人を楽に超すものと思います。夕方からは他県のDMAT(災害派遣医療チーム)2チームに当院に入ってもらい手伝ってもらっています。病院はなんとか診療機能を維持し、電気は復旧、水道は給水車による優先給水、医療ガスは備蓄でやっています。市内の他院は電気が復旧しないため非常発電に依存しており重油の供給がいつ再開されるかがカギです。共通の問題点は、患者・職員の食料(備蓄もそれほど多くない。コンビニは長蛇の列)、薬品・診療材料の不足(卸が停電で機能せず、また壊滅状態となったところもあり、供給の見通しが立たず)等々です。市立病院の建物にも一部被害があり、入室禁止箇所があるため入院患者数の制限を余儀なくされています。

3月13日。地震後3日目の夜となりました。仙台には全国各地から70を超えるDMAT(災害派遣医療チーム)が参集し、当院には昨日夕方から2チーム(神奈川赤十字病院、置賜総合病院)、本日は交代で4チーム(新庄病院、独協医大、深谷赤十字、JA中濃厚生病院)が救急診療のサポートにあたってくれています。地震直後からの受け入れ患者数は500名を超え(昨日、本日の臨時日中外来を含む)、まだ続々と傷病者が搬入されています。電気が復旧し非常電源から解放された病院も少しずつ出始めていますが、依然として医薬品、診療材料、医療ガス、重油等々の供給体制にいずれも不安を抱えながら診療にあたっているのが実情です。救急患者の質も少しずつ変化し、元々重症外傷患者の搬入が比較的少ないのも今回の災害の特徴のようですが、内因性の疾患が時間とともに増加している印象です。

県庁に宮城県の災害対策本部が設置され、今回初めて医師が災害医療コーディネーターとして(大崎市民病院の大庭先生が実質トップでコントロール)災害対策本部に入り、災害拠点病院、医師会等の無線ネットワーク(電話は全くと言って良いほど機能しない)を駆使して、自衛隊による空路救出、ひき続き域外搬送(県外病院)や県内・市内病院への搬送調整、DMATの出動先調整等を行っています。そのため携帯型無線機を常に携帯しながら絶えることのない余震が続く院内を動いています。通常の救急医療体制に戻るにはまだまだ時間が必要でしょう。一緒に働く病院職員や救急隊員の中にはいまだ家族の安否が不明の人たちも少なからずいます。多方面からの御支援、励ましを糧として今日も院内泊です。

3月14日。地震4日目の夜を迎えました。石巻市立病院が病院機能を維持できなくなり、ほぼ全入院患者を自衛隊の大型ヘリで霞の目駐屯地は搬送し、そこから仙台市内の病院、あるいは県外の病院へ搬送しています。また東北厚生年金病院も電気が復旧せず、非常発電用の重油の供給が途絶える等のために患者の他病院搬出をはじめています。仙台市内の病院の受け入れキャパシティもかなり苦しくなっているのが現状です。本日も県外DMAT(愛知医療センター、千葉県救急医療センター)の医療支援を受け、心の底から有難く感じています。

3月15日。地震5日目です。当院屋上の煙突(鉄製の煙突周囲をコンクリートで固めたもの)に崩落の危険があり再評価の結果、仙台市立病院本館の放射線、検査部門はほぼすべて立ち入り禁止区域となり、また病棟もナースステーションを含め東西とも立ち入り禁止となったため今後入院患者数を制限せざるを得ず、また現在手術も臨時のみで、お産も制限されそうです。それでも救急患者の収容要請は途切れることがありません。病院の診療能力の低下はやむを得ないものの、できることをやっていくしかありません。当院での診療状況は、外来は通常通り開設、救急対応もいたします。検査機器はCT, MRI, DSAとも稼働します。ただし、MRIは緊急対応のみです。手術は、手術室のダメージのために制限がありますが、開頭・穿頭ともに可能です。今回の地震後、急性硬膜外血腫、気管切開などの手術を行っています。脳内出血、急性硬膜下血腫、視神経管骨折など、通常であれば開頭手術を行っているケースも入院していますが、災害対応優先のため、あきらめざるを得ないケースも多数入院しています。

6、米沢市立病院(山形県)

山形県へは福島からの被災された方々がいらしてきています。 当院でも昨日被爆疑いの方10人程度ERへ訪れ被爆チェックしておりました。(幸いゆゆしき問題のある方はおらず、服を脱がせて預かった程度でした。)おそらくこの後も増えていくと思われます。山形もガソリンが手に入らなくなりました。

7、磐井病院(岩手県)3月15日

幸い建物の損傷がなく水や燃料の備蓄分で診療を続けられています。一関市旧市街は電気水道とも部分的に復旧していますが、病院は電源のみ昨日から供給が始まりました。水道は今日来るか明日来るかといったところです。市民生活では燃料の不足が深刻になってきているようで、開くかどうかわからないGSに長蛇の列です。通勤の足が確保できず病院に泊まり込む職員もいます。地震の被害そのものはライフラインの寸断が主なもので、建物被害はさほどなく、これらは宮城県のほうがひどいようです。患者トリアージの甲斐もあって院内は大混乱にはなっておらず、重症患者の受け入れもさほど多くはないようです。津波からの生存者は数名搬送されてきました。脳外科は初日の急性硬膜外血腫と、昨日急性硬膜下血腫を受け入れただけで、緊急手術もどうせできないので比較的暇です。薬剤や材料は不足しており、点滴をなるべく減らし、外来の処方日数も制限しています。いつまでもつのかは不明ですが、現在特に必要なものとしてお願いしたいものはありません。電気が来たことでおいおい復旧するでしょうが、固定電話;携帯電話ともにつながりにくい状況でADSLなどももちろん不通です。院内では岩手県の行政ネットが生きておりweb-mailは可能です。

8、宮城病院(宮城県)

電気、水道、電話、携帯など復旧の見込みもなく、救急車も連絡手段が無く突然搬送されて来るのを待つ状況です。検査は単純写と採血がなんとか使えますが、CTなどは動いていません。

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