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2019年11月10日 (日)

始まりはダーパのプロジェクトだった  (その2)

グーグルの自動運転プロジェクトは、現在グーグル(正式名称はアルファベット)の子会社「ウェイモ(Waymo)」で進められています。

ウェイモは全米6つの州、25の都市で自動運転プロジェクトを遂行。

そのうちの1つが、2017年以降、アリゾナ州フェニックス(Phoenix)の郊外で進められています。

現在、このプロジェクトが最も大規模な形で展開されていると言います。

フェニックスは、人口約170万人を擁するアリゾナ州最大の都市。

この郊外(東南)に位置するチャンドラー(Chandler)、テムピー(Tempe)、メサ(Mesa)といった市で、現在ウェイモの自動運転車が走行中(下図)。

数にして600台です。

   Az

チャンドラーの市長、ケヴィン・ハートキー(Kevin Hartke)氏によれば、

『ウェイモの車は市内の至る所で見受けられる。

街角に立っていれば必ずと言っていいほどウェイモが通り過ぎていくし、

2~3マイル走ればウェイモに出くわす』。

600台のウェイモ車はすべてクライスラーのミニバンを基本車体としています。

   Waymo

     (ウェイモの自動運転車;

      From https://www.cnbc.com/video/2019/08/17

この地域で登録した約1,000人の住民はウェイモ車を24時間いつでも呼びだし、地域内のどこにでも連れて行ってもらうことが出来ます。

実際にタクシーと同じように利用でき、もちろん有料です。

さらにこの地域では配車アプリの Lyft(リフト)が10台のウェイモ車を擁していて、

地域の人は誰でもリフトでウェイモ車を呼ぶことが出来ます。

なおこの地域のウェイモ車は、自動運転のLevel 4に分類されています。

   Level

CNBCは今夏、アリゾナにおけるウェイモ車の状況を放映、現在でも13分間の動画としてこれを見ることが出来ます。

百聞は一見にしかず。

まずはこの動画をご覧になってみてください(『こちら』です)。

さて日本でも自動運転の試みは進められています。

例えば、今年の11月2日、大津市は公道を使ったバスの2度目の自動運転の実証実験を始めました。

バスは大津駅を出発し、湖岸沿いを通ってびわ湖大津プリンスホテルまでの約3.6キロのコースを、最高時速約40キロ、曲がり角も試しながら走行しました(『こちら』)。

アリゾナのウェイモ車と違って、決まったコースしか走ることが出来ませんが、今後が期待できます。

欧州ではどうでしょう。

メルセデス・ベンツのダイムラー社は、先月1日、

「来年公表予定の新しいSクラスは、規制当局によって認定される最初のレベル3車になるだろう」

と発表しました(『こちら』)。

すでにアウディは同様のレベル3車を開発済みですが、ダイムラーのカレニアス会長によれば、

「当局から認可を受けるのは当社の方が先だろう」

とのこと(『こちら』)。

ちなみにアウディ車についてはせっかくレベル3の機能を開発したものの、自動運転を受け入れるための法整備が遅れているとの記事が昨年配信されていました(『こちら』)。

自動運転車の開発を巡っては、本来競争関係にあるダイムラー社とBMWがコラボするといったことも起こってきており(『こちら』)、まさに「何でもあり得る」といった状況になってきています。

ところで、

話は変わりますが・・・。

前回の自動運転車の記事で登場したセバスチアン・スラン。

彼はいま何をしているでしょうか。

スランは、キティ・ホーク(Kitty Hawk)という会社を起業しました。

この会社は、空飛ぶタクシーとも言うべき自動操縦の無人小型飛行機を開発。

グーグルのラリー・ペイジのサポート(恐らくは出資)も得ています。

『こちら』でキティ・ホーク(Kitty Hawk)が開発した無人操縦の空飛ぶタクシー「コラ(Cora)」の動画を見ることが出来ます(2分45秒です)。

自動運転車から無人操縦の空飛ぶタクシーへ。

スランのような常に一歩先を行く人が次の時代を切り開いていくのだと思いました。

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2019年11月 4日 (月)

始まりはダーパのプロジェクトだった  (その1)

ダーパ(英語で DARPA)。

米国国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency)の略称です。

ダーパは、インターネットやGPSの「産みの親」としても知られています(『こちら』『こちら』)。

自動運転車の場合はどうでしょう。

自動運転車については、すでに1980年代から、米、独、日などで開発が進められていました(1920代まで遡れるという説もあります;『こちら』)。

2003年、デンソーは、トヨタ自動車と共同で、ミリ波レーダーセンサーで前方車両や障害物との衝突を予測し、衝突前にシートベルトの巻き取りやブレーキ制御を行うシステムを開発しています(『こちら』)。

この技術は、同年2月発売のトヨタ・ハリアーに世界で初めて搭載されました。

一方、これとは全く別のアプローチで、最初から完全に無人の自動運転車の開発を考えたのがダーパ(DARPA)です。

2004年、ダーパ(DARPA)は、無人自動車による走行競技「ダーパ・グランド・チャレンジ(DARPA Grand Challenge)」を開催します。

米国議会は、このプロジェクトを「基礎研究と軍事利用との橋渡し(bridge)を担うプロジェクト」と認定、

プロジェクト勝者に賞金1百万ドル(約1億円)を授与することを認可します(『こちら』)。

つまり「ダーパ・グランド・チャレンジ」は、最初から、自動運転技術を軍事目的でも使うことを展望してスタートしたのでした。

走行競技における規定走行距離は142マイル(約230キロメートル)。

これを完全自動運転(無人車)でもっとも速く完走した車を開発したチームを優勝チームとし、賞金1百万ドル(約1億円)を授与する予定でした。

しかし・・・。

何台もの無人車が参加しましたが、残念なことに、142マイルの規定距離を走破出来た車は1台もありませんでした。

最も長い距離を走った無人車は、「サンドストーム(砂嵐)」と名付けられたカーネギーメロン大学の無人車。

この車は、参加した車の中で最長の距離を進みましたが、それでもたったの7マイル(11キロ)を走れただけ。

11キロ進んだ時点で岩にぶつかり、それ以上走ることが出来なくなりました。

この結果、2004年の「ダーパ・グランド・チャレンジ」では勝者はなく、どのチームも賞金を獲得することが出来ませんでした。

翌年もダーパは同種の競技を開催。

今度は賞金が2百万ドル(約2億円)に引き上げられていました。 

この間、たったの1年間ですが、実はこの1年間で状況は一変していました。

第2回目の「ダーパ・グランド・チャレンジ」では、なんと約200台の無人車が競技に参加。

このうち5台の車が規定走行距離(今度は132マイル;212キロ)を完走したのです。

このとき、もっとも速く完走し、走行競技「ダーパ・グランド・チャレンジ」を制覇したのは、スタンフォード大学の無人車でした。

「スタンレー(Stanley)」と名付けられたスタンフォード大学の無人車は規定走行距離を6時間54分(平均時速31キロ)で走破したのです(『こちら』)。

   Mdv

    (スタンレー;From Wikimedia Commons

見事優勝を果たし、賞金2百万ドル(2億円)を手にしたのはセバスチアン・スラン(Sebastian Thrun;当時37歳)。

スタンフォード大学コンピューター・サイエンスの准教授(associate professor)で、無人車「スタンレー」を開発したチームのリーダーでした。

   Mdv2

   (ダーパのプロジェクトに優勝し喜ぶスラン;

    https://www.cnbc.com/video/2019/08/17

実は、ダーパのレース会場では、スランの快挙をじっと見守っていた人がいました(『こちら』)。

周囲に気づかれないように帽子をかぶり、サングラスをかけながら、レースをこっそり見に来ていた人物。

この人物こそがグーグル創業者の1人、ラリー・ペイジでした。

ペイジに説得され、2007年、スランはグーグルに入社します(『こちら』および『こちら』)。

そして2010年には、Astro Teller、Yoky Matsuoka(現パナソニック㈱・フェロー)とともにグーグルXを設立。

こうしてスランはグーグルでの自動運転車開発を牽引していくようになったのです。

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