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2020年1月15日 (水)

トランプ vs. ブディジェッジ

昨晩は日経CNBCテレビ『日経ヴェリタストーク』に出演しました。

   Nikkei_20200115231201

トピックスは米国の大統領選挙。

現職のトランプに挑戦する民主党候補はいったい誰になるのでしょうか。

大方の予想はバイデン元副大統領。

世論調査では他の候補を引き離し、トップにたっています。

民主党中道派の重鎮で、2009年から17年にかけての8年間、副大統領としてオバマ大統領を支えました。

若いころに最初の奥さんと生後13か月の娘さんを交通事故で亡くすという悲劇を経験。

自身も45歳の時に脳動脈瘤が破裂し生死の境をさまようなど苦難に襲われています。

サンダースとウォーレンの両候補はかなり急進的。

サンダースは民主社会主義者を自称し、

ウォーレンは「大統領になれば法人税を21%から35%に戻す」と主張しています。

この2人が大統領候補になるのは恐らくは難しく、逆になったとすれば、それはトランプを喜ばすだけに終わるでしょう。

大富豪のブルームバーグは一番遅れて大統領候補として手を挙げました。

遅れて参戦したがゆえに、アイオワ州(2月3日に党員集会)とニューハンプシャー州(2月11日に予備選)は無視し、3月3日のスーパーチューズデーに全力を注ぐとしていますが、はたして上手くいくのかどうか。

逆にアイオワ州とニューハンプシャー州の両州に力を集中し、この両州で今のところトップを走っているのが、ブディジェッジ。

37歳の若さゆえ経験不足も指摘されていますが、なんと29歳のときからインディアナ州サウスベンド市の市長を務めてきています。

海軍に志願して、2014年には市長の職に就いたまま、7か月間休職してアフガニスタンで軍務に就きました。

   Buttigieg

    (アフガニスタン時代のブディジェッジ)

トランプとしては、ブディジェッジが民主党からの大統領候補となって彼の前に立ちはだかるのが、いちばん嫌なのではないでしょうか。

ハーバードとオックスフォードの両校を優秀な成績で卒業しただけあって、頭の回転は速く、スピーチも巧み。

アイオワとニューハンプシャーを制すれば、民主党候補の本命として彗星のように出現してくる可能性もあります。

それでも、やはり現職のトランプは強いというのが私の予想なのですが・・。

なお『こちら』をクリックすれば、昨日のテレビ放送の動画をご覧になれます(13分間です)。

 

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2020年1月13日 (月)

ベンガジの悲劇は繰り返さない

久しぶりに株式投資に関する記事を書きます。

と言っても、年末から年始にかけては、米国・イランの衝突によって相場が翻弄されました。

【1】米国・イランの衝突

何が起きたのか、時系列で記しますと:

12月27日、イラク北部の油田都市キルクーク駐留の米軍基地が、武装組織「カタイブ・ヒズボラ」からと思われるロケット砲の攻撃を受けました。

米国人1人が死亡。

攻撃をしかけたと思われる「カタイブ・ヒズボラ」はイラクやシリアで展開するシーア派・親イランの武装組織。

このため翌28日、米軍は「カタイブ・ヒズボラ」のイラクにある拠点3カ所とシリアの拠点2カ所をF15戦闘機で空爆。

このとき標的となったのは、「カタイブ・ヒズボラ」の武器庫や司令部でした。

「カタイブ・ヒズボラ」は、イラン革命防衛隊や「レバノンのヒズボラ」から資金や武器などの支援を受けていると言われています。

それでは「そもそもレバノンのヒズボラって何なのだ」という疑問も湧いてくると思いますが、

ヒズボラは、レバノンにおいて、イラン型のイスラム共和制を樹立しようとする組織で、今から40年近く前のレバノン内戦の最中に誕生。

1983年には首都ベイルートで米大使館(4月)、米仏海兵隊兵舎(10月)を相次いで自爆攻撃し、

2000年以降もイスラエルとの間で軍事的衝突を繰り返してきています。

話を元に戻します。

12月27日の米軍による空爆に抗議し、12月31日からイラク・バグダッドにある米国大使館へのデモが発生。

デモ隊は大使館の壁を放火したり、大使館内への侵入を試みたりするほど過激化しました。 

このとき、トランプ大統領が盛んに言っていた言葉が、

「ベンガジの悲劇は繰り返さない」(『こちら』)。

ベンガジの悲劇とは、リビアの第2の都市ベンガジの米国領事館が2012年に襲撃された事件。

人格者として現地リビアの人たちからも尊敬を集めていた米国のスティーブンス駐リビア大使ら4人が殺害されました。

このとき米国のヒラリー国務長官に不手際があったとして、前回の大統領選の際には、

トランプ陣営が執拗にこの点を攻撃。

ヒラリー敗北の一因となりました。

現在でも、ベンガジ領事館の襲撃を生き抜いて帰還した人たちは当時の民主党政権の不手際を追求、

「仮にトランプが当時指揮を執っていたとすれば悲劇は防げた」と主張しています(『こちら』)。

実際のところ、31日の在バグダッドの米国大使館への襲撃に対して、トランプは素早く対応しました。

直ちに100名以上の海兵隊を現地に派遣するとともに、アパッチと呼ばれる攻撃用ヘリコプターを2機投入、大使館を防衛したのです(『こちら』)。

そして1月2日、大使館襲撃の背後にソレイマニがいるとの報告を受け、トランプはソレイマニ殺害を指示、

3日、無人機を使ってソレイマニを殺害しました。

これに対して、イランは7日、イラクの米軍基地に弾道ミサイル攻撃を行うことで報復。

イランの攻撃が限定的で人的被害も出なかったことから、

トランプは8日、

「イランによる昨日のミサイル攻撃に対しては、

軍事的な報復ではなく追加経済制裁で対応する」

旨の方針を表明しました。

これを受け、ダウ平均株価は8日、162ドル上昇。

10日には、取引時間中に一時的ですが、前人未踏とされていた29,000ドルの大台を突破しました。

【2】ベンガジの悲劇

トランプは10日、オハイオ州トレドで演説(『こちら』)。

民主党政権下で起きたベンガジの米大使館襲撃事件に再度言及し、

「ソレイマニはバグダッドのみならず各地の米国大使館を襲撃することを企図していた、自分はそれを未然に防いだ」

と自らの成果を誇示しました。

(注:ソレイマニに関しての日本のマスコミ報道がややおかしいという点については、『こちら』『こちら』『こちら』を参照)

実は、ベンガジの悲劇はマイケル・ベイ監督による映画になっています。

『13時間』と題する映画なのですが、これを見るとトランプが再三再四にわたってベンガジを例に引きながら民主党を攻撃する理由が分かります。

トランプは自分の政権下でベンガジの悲劇のようなことが起きることを決して許さない。

それは自らの首を絞め、再選が阻止されることに繋がるからです。

だからこそソレイマニ殺害を決断したと言えるのかもしれません。

別言すると、ソレイマニ殺害に対するイランの報復が、もし仮に弾道ミサイルによる在バグダッドの米国大使館攻撃であったとすれば、

米国はイランとの間で全面戦争に突入していた可能性が大でした。

イランもその辺のことを分かっていたので米軍基地攻撃に留めたのだと思います。

【3】大統領選挙と今後の相場見通し

年末・年始の米国・イラン衝突が連日のように相場を大きく乱高下させたように、

大統領選挙のある今年はトランプが例年以上に選挙を強く意識して行動する、

そしてそのことが相場を大きく動かすことに繋がりうることを覚悟しておく必要がありそうです。

ベンガジの悲劇は繰り返さないートランプは再三再四にわたってこう発言してきていますが、

大統領選を控えるトランプにとっては、もう一つの重要なポイントがあります。

それは「不景気にはしない。出来れば今以上に株価を上げる」

ということです。

アメリカの大統領選挙では現職が圧倒的に有利です。

私が今でもよく覚えているのが、1972年の大統領選挙。

当時私はアメリカの高校に通う高校生(AFS留学生)でした。

選挙に際し、現職のニクソン大統領が用意したバンパーステッカー(車のバンパーに貼る広告)は、単に「Re-elect the President」というもの。

   Official1972richardnixonreelectthepresid

現職が強いということを熟知したニクソンは、自分の名前さえ出さない(対立候補と対等ではない、自分が上位ということを選挙民に印象付ける)という戦略を取ったのです。

実際のところ、過去100年の歴史において、現職が再選されなかったのは4回だけしかありません。

1992年のブッシュ(父)

1980年のカーター

1976年のフォード

1932年のフーバー

です。

そしてこれらの現職敗退に共通するキーワードは「リセッション」(景気後退;1992)もしくは「スタグフレーション」(景気後退下のインフレ;1980)といった経済関係の不振を示す言葉です(注:1976年の前年にはベトナム戦争後の不況がアメリカを襲い、失業率は9%に達しています)。

トランプはこのことを誰よりも強く意識しているはずですから、これから先、選挙のある11月にかけては、

景気のエンジンをふかし続けるように努力するはずです。

逆に民主党候補有利となれば、市場が一気に冷え込む可能性が大です。

「サンダース、ウォーレン、ブティジェッジの何れかが大統領になれば市場は3割から5割下落するだろう」

これはスティーブ・ギドゥマル氏の言葉です(『こちら』)が、このように占う人は少なくありません(ほかにもドラッケンミラーなど(『こちら』))。

もっとも現在の選挙情勢を見る限り、トランプに勝てそうな民主党候補は見当たりません・・。

マーケットにとってはそれが望ましいのでしょうが、米国にとって、あるいは世界にとってそれが望ましいのかどうかは、別の話です。

"How dare you!" 

こう憤慨するグレタさんの声が聞こえてきそうです。

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2020年1月11日 (土)

被災した『福島の造り酒屋』を応援しよう!

私の高校時代のクラスメートが福島県で造り酒屋をやっています。

『大天狗酒造』という本宮市唯一の蔵元(『こちら』)。

昨年10月の台風19号で被災してしまいました。

阿武隈(あぶくま)川と、その支流の安達太良川が氾濫。

酒蔵の1階部分、約60センチが浸水してしまったのです。

下はその時の写真。

  1

本格的に仕込み作業をはじめるという大事な時期に、

洗瓶機や瓶詰め機が使えなくなってしまいました。

      2

      3

酒米の5分の4も失われました。

杜氏(とうじ;日本酒の醸造工程を行う職人のことです)の小針さんはこうコメントします。

『本来であれば、くじけそうになる状況でしたが、

蔵を閉めようとは一度も思わなかったのは、助けてくださった方々の存在です。

被災した翌日から地元の方々、酒蔵さんや取引先の方、常連さんなど、沢山の方が駆けつけてくださいました。

中には宮城や栃木、東京からお越しいただき掃除を手伝ってくれたり、

ラベルが汚れて売り物にならない日本酒を何本も購入していただいたり、

「駆けつけることができないから飲んで応援するよ」とメッセージをいただくなど、

さまざまなご支援をいただきました』

  5

そして、何とか、手作業や同業者から借り受けた簡易型の機械を使って、昨年11月には酒造りを細々と再開。

しかし被災前の生産力にはほど遠く、

もとに戻すための再建費用は5,000万円にも上ると言います(詳しくは本日の福島民報新聞記事(『こちら』)をご覧ください)。

 『大天狗酒造』は1872年(明治5年)の創業。

今年で創業147年を迎える蔵元です。

出来ることならば、伝統の灯を絶やさないで頂きたい・・。

そう願っています。

なお昨日より、再建費用捻出のためのクラウドファンディング(『こちら』)が始まりました。

(クラウドファンディングによる支援を経験されたことのない方でも5分もあれば手続きを完了できます)。

支援にはいろいろなコースが用意されていて、

たとえば3,000円で、お礼のメールと杜氏の小針さん特製の本宮マップが届きます。

10,000円で『大天狗酒造』の酒と本宮特産品セットが送られてきます。

下の写真は、『大天狗酒造』の方々。

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真ん中がクラスメートの伊藤滋敏君です。

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2020年1月 2日 (木)

『きっと新しいことが始まる』

今から24年前。

1996年。

パリ在住のフランス人、カレンさんは、フランスのテレビ局に勤めていました。

当時26歳でしたが、すでに部下が8人もいる技術部長でした。

「カレン、ちょっといいかい?」

あるとき上司に呼び出されます。

上司の後をついて会社の休憩室に行ってみると、こう言われました。

 「カレン、バカンス(長期休暇)を取らないか? 有給休暇がたまってるだろ?」

そう言えば、カレンさんは入社以来、仕事に夢中でまとまった休みを取っていませんでした。

「局の立ち上げ以来、君が頑張ってくれたおかげで今はスタッフが育っている。

数週間、君が抜けても大丈夫だよ」

「分かりました」

「どこか海外、そうだな、ニューヨークにでも行って、羽を伸ばしてきたら、どうだ?」

「アメリカは嫌です」

そんなカレンさんが行き先として選んだのは日本。

5週間のバカンスでした。

しかしいきなり行ったわけではありません。

バカンスの取得は3か月後ということでアレンジし、その間、仕事の合間を縫って

パリにいる日本人と知り合いになったり、

彼らから日本語を教わったりして、

初めての日本渡航に備えました。

出来るだけ日本に親しむことにしたのです。

しかし、

そんな彼女でも、日本に向かう飛行機の中で、もう胸はドキドキ。

飛行機の中は日本人のキャビンアテンダント。

そして乗客のほとんど全員が日本人!

もうここはすでに日本だ!

覚えたての日本語で日本人キャビンアテンダントの質問に答えても

いっこうに通じず、

フランス語で返されてしまう始末。

10時間以上のフライトが終わりに近づきつつあるとき、

機内アナウンスが入ります。

「当機はまもなく成田国際空港に到着します」

これを聞いて、カレンさんは思います。

「いったい何と言っているんだろう?

日本ってどんな国なんだろう」

この後、カレンさんの身に起きたいろいろな出来事。

まだその時のカレンさんには、これから先、いったいどんなことが起こるのか、

まったく想像がつきませんでした。

全然!

でもカレンさんは、飛行機の中で、

日本に行くことが人生の転機になると、

なぜかはっきりと感じていました。

「きっと新しいことが始まる」

そう強く感じていたと言います。

* * *

そんなカレン(Karyn Nishi-Poupee)さんは、現在フランス最大の報道機関、AFP通信の東京特派員。

バカンスで初めて日本に行った後、日本とフランスの間を行き来するようになり、

勤めていたテレビ局もやがて辞めて、

フリーのジャーナリストとして活躍。

2004年にAFP通信東京特派員に就任。

2008年「LES JAPONAIS 日本人」を出版。

2009年に「渋沢・クローデル賞」を受賞。

翌2010年には「Histoire du Manga 日本漫画の歴史」出版。

同年、仏国家「功労勲章」を受章。

現在は日本人の夫(漫画家のじゃんぽーる西さん)と2人の息子さんと一緒に日本に住み、

日本の技術、経済、社会を海外に伝え続けています。

* * *

『私はカレン、日本に恋したフランス人』は、カレンさんの夫、じゃんぽーる西さんが著した漫画本。

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26歳のカレンさんがバカンスで日本に行こうと思いたち、それから現在までの足跡が漫画で綴られています。

* * *

ところで、話は若干それますが、昨年引退したイチローが、先月22日、小学生の子どもたちに次のような言葉を送っています(全文は『こちら』)。

「僕が27、28の歳にアメリカに渡って、(略)外に出て初めてわかること、

調べれば知識としては、わかることであっても、

行ってみてはじめて分かることってたくさんあって(略)、

やっぱり外に出て、傷つくことだってあるし、楽しいことももちろんいっぱいある、

勉強することはいっぱいありました。

それを知識として持っておくのではなくて、体験して感じてほしい。(略)

今まであった当たり前のものというのは、決して当たり前ではないというふうに気づく。

価値観が変わるような出来事を、みんなに体験してほしいというふうに思います」

* * *

 深くは考えずに、

しかし準備は出来るだけして、

思い切って外に出てみる。

そうすることで、

きっと新しいことが始まる。

今から24年前。

26歳のカレンさんはそう感じながら異国の地に向かって飛び出したのでした。

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2020年1月 1日 (水)

明けましておめでとうございます

Mt-fuji

              2020年元旦の富士(From Tokyo; 7:49AM)

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