2019年8月15日 (木)

一触即発

中国が人民武装警察部隊を深圳(深セン)など香港のすぐ近くにまで集結させてきています(『こちら』)。

ちょうど30年前、1989年の天安門事件では、「2,000人を超える」(注:諸説あり。『こちら』参照)死者が出たと言われています。

ここにきて、トランプ大統領はツイッターで習近平国家主席に対して、1対1のミーティングを呼びかけました(『こちら』)。

しかし無視されてしまう可能性も高いようです。

中国としては「香港がこうなったのも裏でアメリカが糸を引いているからだ」(『こちら』)という疑念が拭えません。

いずれにせよ香港情勢は一触即発の状況。

1対1のミーティングと言いますが、そもそもトランプ大統領と習近平国家主席は6月29日、大阪で米中首脳会談を行ったばかり。

1か月半前のことです。

さて昨日は、ロス商務長官がCNBCのインタビュー(『こちら』)に応じ、

『中国は農産物の購入など、米国との間で合意に達したことを何一つとして実行に移さなかった(だから追加関税の決断を下した)。

玩具や携帯電話など一部製品については、関税発動を12月15日まで延期したが、これは米国の消費者のことを考えての措置。

中国が何らかの譲歩をして、それに応じたわけではない』

と発言。

一方、トランプ大統領はツイッターで、

『一部製品の12月への延期によって、我々以上に中国が助かることになるが、いずれレシプロシティー(相互同じような状況)になる。

我々の関税によって中国では数百万人分もの雇用が失われ、数千の企業が中国を去っている

(It actually helps China more than us, but will be reciprocated. Millions of jobs are being lost in China to other non-Tariffed countries. Thousands of companies are leaving)』

と発言(『こちら』)。

共和党員のAさんによると、トランプはレーガンを意識しているのだとか・・。

『レーガンは、ソ連に対して強硬姿勢で臨み、アンドロポフ、チェルネンコといった旧ソ連指導者を追い込んだ。

その結果、ゴルバチョフが台頭し、冷戦は終結した。

トランプは同様のことを中国相手に演じ、歴史上、最も評価される大統領になることを狙っている』

レーガンが8年(2期)の任期を終え、退任したのが1989年1月。

次の大統領に就任したのは、それまで8年間にわたって副大統領としてレーガンを支えていたブッシュ(父)。

天安門事件が起きたのは、その4ヶ月半後でした。

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2019年8月 3日 (土)

ALS

1980年。この年、私はスタンフォード大学ビジネススクールを卒業し、数週間ほど興銀ロサンゼルス支店で研修を受けた後、7月下旬に帰国しました。

興銀での新たな配属先は本店外国部総務班。

同じ部の企画班で班長をしていたのが、藤沢義之さんです。

常務になったばかりの黒沢さん(のちに頭取)から頻繁に電話が入り、黒沢さんのブレーンとして活躍していました。

その後(1982年)藤沢さんはロンドンに転勤となり、ロンドン興銀(IBJ International)社長に就任。

ほぼ同じタイミングで私は同じ外国部内で総務班から欧州班に移り、ロンドン興銀を含む興銀の欧州拠点管理、拠点政策企画立案の仕事をするようになりました。

そして1983年には興銀のシカゴ駐在員事務所に赴任。

米国企業にユーロ円債やデュアルカレンシー債の発行を勧め、藤沢さん率いるロンドン興銀につなぎ、社債の引受主幹事業務を(ロンドン興銀)に務めてもらう、そういった橋渡しのような仕事をしました。

シカゴから本店審査部に戻ってからは藤沢さんとの接点はなくなりましたが、たしか1994年~95年頃。藤沢さんが興銀の副頭取だったときに、チッソに対する金融支援のことを副頭取に説明に行ったときのことは、今でも鮮明に覚えています。

さて、その後、藤沢さんは2000年に日本興業銀行会長になり、更にメリルリンチ日本証券の会長に就任。

と、ここまで書けば順風満帆の人生ですが、ある日、新聞記事で読んで、私は驚きました。

2002年、藤沢さんは66歳の時に突然ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症。

新聞記事は、藤沢さんが視線入力のパソコンを使いながら、雑誌などに寄稿していることを紹介していました。

(藤沢さんは一昨年に逝去されました。享年80歳)。

* * *

最近れいわ新選組から比例区特定枠で参議院議員になった舩後靖彦さんの記事をよく目にしますが、ALSは誰にでも突然襲いかかってくる可能性があります。

残念ながら、この病気の詳しいことはまだよく分かっていないようなのです。

* * * 

一連のALS報道を目にして、私は思わず、藤沢さんのことをこのブログに書いてしまいました。

新聞記事によれば、藤沢さんが病床で書いた英語スピーチの表題は「A POSITIVE LIFE」だったと言います(『こちら』)。

突然の不運にもかかわらず最後までPOSITIVEに生きられた藤沢さん。いま目を閉じると浮かぶのは、40代半ばで外国部企画班長を務めていたころの藤沢さんです。颯爽たる風姿が印象的でした。

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2019年7月15日 (月)

癌の話

先日、興銀時代の後輩に4~5年ぶりに会いました。

いわく

「岩崎さん、痩せましたね。どこかお身体でも悪くされましたか」

「癌になりました」

こう私が答えると、後輩はちょっとびっくりした顔をしていました。

* *

実は私が癌の告知を受けた時の様子は、2年前に出した『文系が20年後も生き残るためにいますべきこと』という本の「あとがき」に書きました。

少し長くなりますが、以下、抜粋します。

* * * *

「岩崎さん、診察室1番にお入りください」

都内の大学病院の泌尿器科。

1時間半ほど待たされてようやく名前が呼ばれた。

その日は、その前の月に受けた前立腺の生体検査の結果を聞くことになっていた。

すぐに診察室1番に入る。

A教授は「どうぞおかけください」というと、マウスをクリックさせパソコンの画面を開いた。

ほぼ同じタイミングで看護師がやってきてA教授に何か相談ごとを始めた。

時間にしてわずか30秒くらい。

A教授と看護師とが2人で何やら話をしている。

蚊帳の外におかれた私は黙って座っていた。

ただA教授のパソコン画面は私の方に向けられていた。

これからその画面を使って、生体検査の結果を説明するつもりだったのだろう。

気になってパソコン画面に目をやると、1~12までの数字が並んでおり、そのうち4つの数字のところに+のマークが付されていた。

ちょっとびっくりした。

「まさか」と思ったが、生体検査の結果は陽性だったのに違いない。

そう悟った。

以前、私はもしも自分が癌の告知を受けるとしたらどんな情景なのだろうかと考えたことがある。

医者が私に深刻な顔をして「癌です」と告げる、映画に出てくるような、そんなシーンを考えていたのだが、実際には医者から何も言われることもないまま、パソコン画面を自分で見て、先に結果を知ってしまった・・・。

さて、この本では「文系が生き残るにはどうしたらいいか」を書いてきた。

生き残ることの基本は物理的に生きること、つまり死なないことだ。

いまや高齢者を中心に、日本人の2人に1人が癌になる時代。

読者が仮に20代や30代であっても油断できない。

そうなったときにどうするか。

医者の指示に従うのか。

しかし、その医者はどうやって選ぶのか。

前立腺癌を例にとると、現在の日本には約8,000人の泌尿器科医がおり、2,800ヶ所の病院に泌尿器科が設置されている。

このうち私が主たる治療法として選んだ小線源療法を実施できる施設はたった116ヶ所しかない(2013年現在)。

30年以上も前から米国で行われている確立した術式にもかかわらず、だ。

自分から積極的に情報を集めて医者を選んでいかないと、本来ならば根治できる癌も、根治できないで終わってしまう可能性だってある。

しかし、自分から積極的に情報を集める、これは言うは簡単だが、何をどう集め、どう判断するかは、そう簡単ではない。

ちまたにはアガリクスなど民間療法で癌が治ったという人のケースを紹介する本もあるし、あるいはパワーストーンを入手したら癌が治ったという人さえいる。

ここで重要なのは確率であり、科学的、論理的思考法であって、これは本書で一貫して主張してきたことだ。

癌の治療法を例にとると、数千、あるいは数万人に1人くらいの割合で治る方法には頼れない。

如何にして癌の根治確率を高めるかという基準で治療法を選択すべきなのである。

学術論文をきちんと読めば1,000人くらいの患者の症例を、治療法による根治率の違いとともに紹介している。

必要なのは、こうした科学的アプローチであり、たまたま幸運だった10人の具体例を知ることではない。

入手したデータや情報を統計学的視点から理解したり確率論的にアプローチすることをしないと、間違った判断をしてしまう。

そしてこの場合の間違った判断は即、命を失うことにつながってしまう。

本書の中でも幾度か言及してきたように、我々は往々にして、

①統計を誤用したり、

②少ない例で全体を説明しようとしたりして、

結果的に、

③間違った議論、根拠に乏しい結論を下してしまうことがある。

こうした誤りは、クリティカル・シンキング(批判的思考)の訓練を積むことによって避けることができるようになる。

文系であれ理系であれ、学問というものは本来、人がより良く生きるためにあるものだ。

仕事をする上でも、生活の上でも、人は生きていく限り、毎日のようにさまざまな問題にぶつかる。

それをひとつひとつ解決していかなくてはならない。

何が正しいかを自分の頭で考え、正しいと思われる選択肢を選んでいかなければならない。

* * * *

いま読み返してみると、なんだか癌の告知を受けた自分が、自分に言い聞かせるがごとく書いた文章のように思えてきます。

前立腺癌の話に戻りますが、前立腺癌が出来ると、身体の中にPSAと呼ばれる特殊なたんぱく質がたくさん出現するようになります。

PSAとはProstate-specific antigen(プロステート・スペシフィック・アンチジェン、「前立腺特異抗原」)のことで、前立腺の細胞で生みだされ分泌されるたんぱく質の一種。

癌などで前立腺の細胞が壊れてくると、身体中に大量に放出されるようになります。

このため血液検査で、血液中のPSA値を測定し、これが高ければ、前立腺肥大症、前立腺炎、そして前立腺癌を疑うようになります。

私の場合、毎年人間ドックで測っていたPSAの数値が少し上昇し始めたのが、56歳の時。

2009年です。

PSA数値はその後も上昇を続けていき、その7年後、2016年にとうとう基準値を超え、精密検査が必要になってしまいました(人によって違いますが、一般に前立腺癌はこのようにゆっくりと進行することで知られています)。

いま思うと2009年というのはリーマンショックの翌年。

もしかするとその影響があったのかもしれません。

リーマンショックは精神的にもかなりのストレスになりましたから。

ところで、65歳以下の現役世代の男性が癌になる確率は15%(『こちら』)。

ならないに越したことはありませんが、なってしまう確率もそれなりに(15%)あるのです。

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2019年6月26日 (水)

PHP Online 衆知

ヤフーニュースに出ていた『「副業禁止の不安」シリコンバレーで働く日本人がアメリカを選んだ理由』

面白い記事でした。

この方(シリコンバレーの現役エンジニア、酒井さん)にインタビューした記事をほかにも読みたいと思って、

出典先の『PHP Online 衆知』を見ていたら、最近書かれたものとしては、二つほど記事を見つけました。

『なぜ今、シリコンバレーで働くべきなのか』

 『シリコンバレーで働いてわかった、日本人とアメリカ人の違い』

2つ合わせると、ヤフーニュースの記事をもう少し詳しくしたような内容でした(前段の記事はヤフーニュースの記事と概ね同じ、後段は別)。

と同時に、偶然なのですが、『PHP Online 衆知』の『目次』を下の方にスクロールさせていくと、

私への『インタビュー記事』も発見。

私の記事はともかくとしても、冒頭あげたシリコンバレーの現役エンジニアの酒井さんの記事、参考になります。

たとえば、

『エンジニアの場合、書いたコードがオープンになるので、そもそもノウハウやスキルを個人のなかに留めておくことができません。

これが何を意味するかというと、誰でも優秀なエンジニアの書いたコードをみて、学ぶことができるのです』

だからこそ優秀な人と働くのが重要と酒井さんは力説します。

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2019年6月10日 (月)

中村正直博士

寛政の改革を行った江戸中期の老中、松平定信が残した言葉に次のようなものがあります。

「女はすべて文盲なるをよしとす。

女の才あるは大に害をなす。

決して学問などはいらぬものにて、仮名本よむ程ならば、それにてことたるべし。

女は和順なることをよしとす」

明治初期はまだこの言葉が相当程度通用していた時代。

そのような時代に、女子教育の必要性を説いてまわったのが、中村正直博士(1832-91年)でした。

彼は十代から内々で蘭学を学び、早くから海外の事情に明るく、幕末の開国後はオランダ語より英語の方が必要だと知って、英語を学び始めたと言います。

ところが攘夷党から国賊視され、難をさけるため、(おそらくは)小栗上野介の計らいで、幕府からイギリスへ留学するよう命じられます(1866年)。

ロンドンに行った中村正直は当時すでに35歳。

にもかかわらず、小学校に入って小学生と机を並べて勉強。

ここで中村正直は驚きます。

それはなぜか。

イギリスの小学生の知識のレベルです。

先生が教室で、

「雨はどうして降るか」

「雷はなぜ鳴るか」

といったことを聞いてきます。

こうした先生の質問に中村正直は答えることが出来ません(語学の問題ではなく、当時、神童ともてはやされた幕末期の秀才でも、そもそも雨はどうして降るかが分からなかったのです)。

ところがイギリスの小学生たちは、さっさと答える。

「君たちはどうしてそんなことを知っているの?」

と聞くと、お母さんから聞いたという。

なにかにつけイギリスの母親の知識や識見の高いことを知った中村正直は、

当時の日本の母親を省みて心打たれるものがあったと言います。

「これではだめだ。

日本も女子教育に力をいれなければ、日本は危うい。

婦人がいまのままでは日本は外国と競争できない」

そう痛切に感じ、帰国後、明治の新政府の要人たちに対して、女子教育の必要性を説いてまわったと言います。

* * *

以上のエピソードは先般ご紹介した『おんな二代の記』に出てくる一節。

この本の初めから4分の1くらいまでは、こうした明治の初期ならびに前半の頃のエピソードが満載。

私はたいへん興味深く読みました。

* * * 

ところで、この本を紹介した時の私のブログでは、

「こうした先駆者の活躍があって今の日本がある訳ですが、国際的にみると日本はまだまだ。World Economic Forumが発表した男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数によると、日本は149か国中110位でした」

と書いて締めくくりました。

そうした中で最近起きた「#KuToo運動」。

こうした状況を知るにつけ、日本ではまだまだ超えるべき壁がたくさんあるように思えてきます。

「#MeToo は分かるけど #KuTooって何?」

という方は、『こちら』『こちら』をどうぞ。

海外でも日本のこの話が結構取り上げられています。

 

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2019年6月 5日 (水)

受験番号3583番

2週間ほど前ですが、早稲田大学高等学院D組の同窓会に出ました。

高校時代の同窓会と言っても、私の場合、3つの同窓会があります。

①AFS留学前に2年半を共に過ごした学院D組の同窓会

②米国の高校の同窓会

③米国から帰国後、再編入した学院F組の同窓会

今回は上記①の同窓会でした。

驚いたことに1人の級友が入学時の全員の受験票写真を持ってきていました。

当時、文芸担当のI先生が、A3サイズの紙に

「昭和44年4月13日、1時限目、シーンと静まり返る1Dの教室に第1歩を運んだ・・」

との文章を残していました。

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そして、その紙にはなんとクラス全員の受験票の写真が貼られていたというのです。

以下は、全員の受験票写真のうち、私の箇所のみを切り抜いたものです。

  D1

このA3サイズの紙は、I先生から、クラス全員、一人ひとりに対して、何かの機会に手渡されたとのことですが、

私を含め、ほとんどのクラスメートは覚えていません。

それを一人だけ覚えていて、しかも50年間、ずっと大切に保管していたという人がいたのです。

* * * *

ところで高校1年というと、社会の仕組みもまだよく分かっていません。

自分が何をしたいのか。

何に向いているのか。

こういったことが分からず、文系、理系の進路分けが始まるとしたら、それは相当おかしいのではないか。

そんなことを編集者の方にお話ししていたら記事になりました。

『こちら』です。

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2019年5月 5日 (日)

ダイバーシティ

グーグルで「ダイバーシティとは?」と検索をかけると、お台場のショッピングパークが出てきたりします。

ウィキペディアを引くと

ダイバーシティ・マネジメント(Diversity Management)とは、

個人や集団間に存在するさまざまな違い、すなわち「多様性」を競争優位の源泉として生かすために文化や制度、プログラムプラクティスなどの組織全体を変革しようとするマネジメントアプローチ

と説明されています。

* * * *

A社(実在しません)の役員会で。

(人事担当常務)「採用試験の結果ですが、上(トップ)1番から15番までが全員女性でした」

(社長)「去年もそんなようなことを言っていたな。結局、上から7人に入社してもらったが、全員女性になった」

(人事担当常務)「今年はどうしましょう」

そんなやり取りをしている役員会の構成メンバーは全員が50歳以上の日本人男性でした。

 * * * *

先日、ご紹介した「ナデラさんの本」から。

「私がマイクロソフトに入社した頃(岩崎注:1992年)には、インド人のエンジニアやプログラマーの間に暗黙の了解があった。

これだけ会社に貢献しているにもかかわらず、バイスプレジデントに昇進した者はまだひとりもいない」

「実際、あるインド人社員はかつて上級幹部から、昇進できないのはなまりのせいだと言われたことがある」

    Hit-refresh

* * * *

しかしながら、自分とは違う考え方を持った人、自分とは違う境遇で生まれ育った人、自分とは違う生き方、働き方の人と接することで、

人は、様々なインスピレーションを受け、自分自身の成長への糧とすることが出来るようになります。

相手に対する思いやり、寛容、共感の気持ちを持つことが出来るようにもなります。

ナデラさんによれば、現在のマイクロソフトでは多様性の受け入れの進捗度と役員報酬を連動させているとのこと。

はたして日本企業で、部門長の評価や役員の報酬を、多様性の受け入れの進捗度と連動させているところがどれくらいあるでしょうか・・。

日本では大手企業で女性の専務執行役員が登場したことが新聞記事に載るような状況ですから、米国の先進的な企業に比べると20~30年くらい遅れているのかもしれません。

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2019年4月28日 (日)

iPS細胞を用いた再生医療最前線

「NPO法人医師と団塊シニアの会」が共催者となっている講演会のお知らせです(縁あって、私は当NPO設立以来、理事を務めています)。

5月19日(日曜日)14時から。

慶応義塾大学(三田)北館ホール。

なお下記と同じ告知が明日(29日)と1日の朝日新聞に掲載される予定です。

Dankai

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2019年4月15日 (月)

ゼロヒャク

数年前のこと。

車を運転していて、右側のビルの中に入って駐車しようと思い、右折のシグナルを出して一旦停止した。

そこへ対向車線を向こうからタクシーがやってきて、あっという間にタクシーの後ろの右側ドアが私の車の先端に当たった。

なんとこのタクシーは左右両サイドから客を乗せた後、右側のドアは閉めずに開けたまま走行してきたのだ。

開いたままの右側ドアは車線をはみ出して、運悪く私の車の右側ヘッドライトを直撃したのである。

「ゼロヒャクですから」

タクシーの運転手はこう言って詫びてきた。

このとき初めて「ゼロヒャク」の意味を知った。

これは保険でいう過失割合(0:100)のことを指す言葉で、私は停止していたので過失割合はゼロ。

タクシー会社の保険ですべてカバーしてくれるので「心配しなくてよい」とのことだった。

そうは言っても警察を呼んで調書を作ってもらたっりしたので、実際には結構手間暇がかかった。

ただその時に知った「ゼロヒャク」という言葉は、結構良い言葉だと思った。

というのも、現実の社会ではすっきりと「ゼロヒャク」と認定されないことが多いからだ。

その昔、日本の銀行で働いていた時。

元本を返さず利息も払わないでいることを当然だと思っている会社(債務者)があった。

返してもらおうと強く対応すると、難癖をいろいろとつけてくる。

銀行の上司や役員のところに行って、有ること無いこと、担当する銀行員の悪口を言って回ったりするのだ。

どんなに悪口を言われようと、銀行が組織として「ゼロヒャク」をきちんと認定してくれるのであれば、現場の行員は安心して回収に専念できる。

しかし「あそこまで取引先を追い詰めたのは担当の銀行員の方にも少しは問題があったのではないか」とばかり、

「10:90」とか「20:80」くらいに判断されてしまうとなると、

現場の行員はやってられない。

最悪、「回収の手を緩めた方が得だ」といった間違った判断をしてしまう。

* * * * *

「和を以て貴しとなす」国に生きる我々は、往々にして「足して2で割る」とか「喧嘩両成敗」的な発想に立ってしまうことがある。

「ゼロヒャク」ではなくて、「10:90」とか「20:80」くらいに判断してしまうのだ。

しかしそれでは(大げさな言葉でいえば)社会正義が実現できないことが多い。

言うべきことは言う。

守るべきは守る。

その結果、相手が理不尽な対応をしてきたり牙をむいてきたときには、

組織としては正しい行動をした人を守るべきなのだ。

組織の上に立つ人は、安易に「足して2で割る」とか「喧嘩両成敗」的な発想に立つことを慎むべきだと思う。

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2019年2月26日 (火)

周産期のワクチン接種

私が理事を務める「NPO法人医師と団塊シニアの会」(代表理事 辻 哲夫)では、ワクチン接種が最大の予防であると考え、毎年ワクチンを考える講演会を開催してまいりました。

今回が5回目になりますが、 前回は、すでに定期接種化されているワクチンが、なぜ定期接種化できたのか、その社会的・技術的背景、ウイルスの特性、などについてお話しを伺いました。

その折ご参加いただいた方から妊婦さんとワクチン接種について多数ご質問をいただきました。

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今回は、そのような質問に応えるかたちで、妊娠の可能性のある方、妊婦また男性はどうしたらよいかなどについて、専門の先生に解説いただきます。

周産期のワクチン接種は、ここ数年で激増しており、環境が大きく変化しております。

また、予防接種の義務がなかった大人の男性の風疹感染が広がってしまったり、 多くの医師たちの努力の結果ようやく撲滅宣言ができたすぐあとに、外国人から「はしか」が感染し広がるなど、 過去には意識しなかった危険が広がっております。

ご関心のある方はぜひご参加ください。

また皆様のお知り合いにこの講演会をお知らせいただき、参加を募っていただければ幸いです。

参加ご希望の方は下記を印刷の上、FAXにてお申し込みください。

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