2018年1月31日 (水)

『就活で30社以上受けたが全て落ちた。24人中23人がKFC(ケンタッキーFC)に受かったとき、私1人が落とされた。6人中5人が警察に受かったとき、1人だけ落とされたのは、私だった』

アリババのマー会長のダボス会議でのスピーチ。

『こちら』で日本語の要約を読めます。

全体はもっと長くて58分。

『こちら』でその58分の動画を見ることができます。

長いですが、時間をかけて聞いてみる価値はあります。

私が『さすがに面白いことを言っているな』と思ったのは(日本語訳には出てきませんが)、始まって19分くらいのところ。

『1億円や2億円のお金を持っているのなら、それは自分のお金だ(自由に使える)。

20億円だと問題の方が多くなる。どうやって運用するかとか余分なことを考えないといけなくなる。

1000億円や2000億円になると、これは『責任』だ。これはもう自分のお金じゃない。社会はこのお金を持つ人のことを信頼する。上手くこのお金を使ってくれるに違いないとの信頼だ。

仮にもしこれが自分のお金だと思うのなら、トラブルに陥る。

これだけのお金を持つようになるというのは、人々が持っている人に Trust と Credit を寄せてくれるからだ。したがってこのお金を政府よりも賢く使うべきだ。正しいところに使うべきなのだ』

他にも興味ある発言が満載の58分。

お勧めです。

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2018年1月 7日 (日)

考えて行動する力

お正月には山のようにドサッと新聞が届けられました。

けれどもいちばん読みがいがあったのは、6日(土)の朝日新聞。

「僕は意味がないと思うインタビューは受けませんが、このインタビューに答えることは、色々な人にとって意味を持ってくれるのではないか。自分の価値観で、すごくそう感じたので、受けました」

と語るダルビッシュ投手のインタビュー記事。

『こちら』でさわりのところだけ読むことができます(以下ネットで無料で読める部分を再掲します)。

* * *

母校の東北高では、いわゆる強豪校の練習をみんながしていたけど、僕はしなかった。

納得がいかない練習は絶対にしたくないと強く思っていたので、ウサギ跳びとかそういう類いの練習は一切しなかった。

主将になるまで、ほぼ全体練習にも参加しませんでした。  

小さい頃から日本人じゃないような考え方を持っていて、そういうのが当たり前というみんなの常識が、僕の中では常識ではなかった。

日本ハム入団1年目のキャンプで、2軍監督と面談した時も、「君は何が一番大事なんだ」と聞かれ、「納得がいかない練習だけはしたくない」と答えたくらいです。

* * *

朝日新聞もこういう優れたインタビュー記事については『以下、有料会員限定記事です』などと言わないで欲しい。

購読者じゃなくても全文がネットで読めるような太っ腹なところを見せて欲しいのですが・・・

(ちなみにニューヨークタイムスは購読者じゃなくても、多くの記事の全文が読めます)

* * *

ダルビッシュは、監督が右と言えば、右、そういうことが当たり前の環境にあっても、はたしてそうだろうかと常に自分の頭で考えて行動するようにしていた、と言います。

近くの図書館に行けば新聞はあると思いますので、ご覧になってみることをお勧めします。

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2018年1月 2日 (火)

世界平和の日

1月1日は、ローマ・カトリック教会が「世界平和の日」と定める日。

この日にちなんで、ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は、原爆が投下された直後の長崎で撮影された少年の写真とともに「これが戦争の結末だ」というメッセージを添えたカードを配布するよう指示しました。

NHKニュースが伝えています。

『こちら』をクリックしたときに現れる写真の右下の再生マークを押して、1分11秒のNHKニュースを是非ご覧になってみてください。

1枚の写真は百の言葉よりも多くを人々の胸に刻み込みます。

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2017年3月 1日 (水)

極度の心配性の人間だけが変化に適応できる

これはインテルのアンディ・グローブの言葉です。

1996年に彼が著した本のタイトル 『Only the Paranoid Survive』 を訳したものなのですが、

日本では『パラノイアだけが生き残れる』との言葉で広まっているかもしれません。

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一昨日のテレビ (『こちら』) で、

「企業は高いマーケットシェアと利益率を取っていれば安心なのか」

といった趣旨の質問がありました。

私は「そんなことはない」と答え、それを説明する為に、思わず頭に浮かんだのが、このアンディ・グローブの言葉でした。

パラノイア(偏執病)とも形容しうるような極度の心配性。

これをもってしてインテルの経営にあたっていたグローブのことを思うにつけ、

それとは対照的に、例えば東芝の経営陣は、

何であっさりと安直に米国のCB&Iストーン・アンド・ウェブスター社(S&W)を買収してしまったのか、

不思議でなりません。

アンディ・グローブはスタンフォードのビジネススクールで教鞭をとることもしていました(『こちら』 および 『こちら』)。

彼から直接教えを受けたという日本人も多いと思います。

インテルの執行役員だった板越正彦氏はネット上に 『こんな記事』 を残しています。

早いものでアンディ・グローブが亡くなってからほぼ1年になります。

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2016年1月 3日 (日)

自由への逃避

元旦0時から14時過ぎまでBSで一挙に再放送されていた『映像の世紀』

今から20年以上前に放映された時も見たのですが、今回も録画して少しずつ見ました。

【第4集 ヒトラーの野望】

ヒトラーは大規模な公共事業を行い、600万人の失業者を、たちまち50万人に激減させました。

(以下、ドイツの元社会民主党員の手記より)

『人々はナチスに対し、全く無批判でした。

「精神の自由」など大多数の人々にとっては、価値のある概念では全くありませんでした。

ナチスに疑いを差し挟むと、次のように反論されました。

「ヒトラーが成し遂げたことをぜひ見て欲しい。

我々は今ではまた、以前と同じように大したものになっているのだから」

ヒトラーが失業問題を解決したことこそ、私達にとって重要な点だったのです』

* * * *

【第8集「恐怖の中の平和」】では、ネバダ核実験場で行われた原爆を使った軍事演習の場面が出てきます。

(原爆演習参加した兵士の回想)

『爆発の瞬間、辺りは真空状態の様に感じられた。

全てが死に絶えたように静まり返った。

そして猛烈に明るい光。

僕はとっさに手で目を覆った。

だがまるでX線を浴びた様に指の骨が白く透けて見えた。

・・・原爆を知るまで僕は健康的で無邪気な17歳の若者だった。

しかし爆発の瞬間、僕は悪魔の存在を想い以前の自分では無くなってしまった。

この世は死の世界と幸福の世界からできている。

それらは薄い膜で隔てられている。

僕はその膜を突き破り、死の世界を覗いてしまったのだ。

僕達は爆発の後前進し、強い放射能の中に入っていった。

この演習からまもなくして、僕の髪は抜け始めた』

* * * *

アメリカの核実験に参加した兵士は25~50万人。

現在もその多くは被ばくによる健康問題を抱えていると言います。

* * * *

【第9集「ベトナムの衝撃 アメリカ社会が揺らぎ始めた」】における米軍兵士の回想。

『不注意に頭を上げれば弾がひゅっと耳を掠める。

だけど、敵が見えない。

奴らはどこかにいて俺たちを見ている。

奴らは俺たちがどこに行くのかさえもちゃんとわかっている。

俺たちは常に敵の仕掛けた罠で犠牲を払っていたんだ。

作戦に出るときは長い列になって歩いていくんだ。

自分の足が踏もうとする地面を見つめながら、今日は誰が罠にかかるだろうか、やられるのは誰だろう、と思っている』

地雷を探すアメリカ兵の回想。

『誰が敵で、誰が味方なのか、見分けられない。

みんな同じように見えた。

着る物も同じだった。

みんなベトナム人だ。

その中にベトコンがいた。

村人は地雷が埋めてあることを知っていても、注意もしてくれない。

地雷を埋めたのは彼ら自身だったかもしれない。

フットボールの試合と違って、敵と味方が区別出来ないのだ。

周囲は敵だらけだった』

* * * *

映像を際立たせているのは、加古隆さんの音楽と山根基世さんのナレーション。

『こちら』 の予告動画(2分間)で音楽やナレーションを聞くことが出来ます)

番組を見逃された方は、『こちら』 でDVDやブルーレイを入手することが出来ます。

NHKは数多くの秀逸な番組を作ってきましたが、なかでも 『映像の世紀』 は群を抜いているように思います。

 

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2016年1月 1日 (金)

新年のご挨拶 (Season's Greetings)

明後日発売の日経ヴェリタス紙に「Money Never Sleeps」が掲載されます。

早いもので 9回を数えることとなりました。

今回は失敗を許容するどころか歓迎するシリコンバレーのカルチャーについて書いています。

実際、シリコンバレーで成功した人の話を聞くと、誰もがこう強調します。

「失敗を恐れるな。早く失敗することが成功につながる」

曹洞宗無量寺の青山俊董老師によれば、日本でも昔から

「失敗が人間をダメにするのではなく、失敗にこだわる心が人間をダメにする」

と言われてきたと言います。

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青山老師は「身心の柔軟なうちに上手に落ちる稽古をするべきだ」とも説いています。

3度の五輪で金メダルを取った柔道の野村選手も「若い頃の挫折は心を強くする」、「自分で自分の限界を決めつけるな」と説きます(野村忠弘著『戦う理由』)。

新しい年を迎え、心も新たにチャレンジしてみようと思われる方は是非、明後日の日経ヴェリタスをご覧になってみてください。

あるいは、アマゾンや楽天で青山俊董老師や野村忠弘選手の本を購入してみるのもお勧め。

青山老師は何冊も本を出されていますが、「失敗が人間をダメにするのではなく、失敗にこだわる心が人間をダメにする」の話は、『一度きりの人生だから―もう一人の私への旅』 に出てきます。

*  *  *  *  *

ところで今回9回を迎える「Money Never Sleeps」。

旧年を振り返る意味合いも兼ねて、これまでの登場人物(それぞれの回の主な登場人物のみ)をあげてみましょう。

そもそもこの連載を始めるにあたって、私は世界各地の人たちを実名で登場させたいと考えました。

しかし実名で登場させるには、多くの場合、事前に登場人物になる人たちの許可を得る必要があります。

時にはドラフトを書いた後、英語に訳して、これを海外にメールで送って・・といった作業が必要になり、想像以上にたいへんでした。

記事を書いて送ったところ、「やはり載せるのは止めて欲しい」と直前になって断られたこともありました。

第1回 14年12月 日本のベンチャー企業で働くフランス人エンジニアのマルタン青年

第2回 15年2月  中東の富豪ハビブと伊東映仁元日本たばこ産業常務

第3回 15年3月  元駐日アフガニスタン大使の息子のマスード(米ナスダック勤務)

第4回 15年5月  グレブ・シェスタコフとの面談(at キプロス)

第5回 15年6月  デイビッド・ワインバーグ(米国)

第6回 15年8月  冨永重厚笹川日仏財団理事長(在パリ)

第7回 15年10月 谷口和繁米州開発銀行アジア担当顧問(在ワシントンDC)

第8回 15年11月 スコット・マクネリー(米国)

第9回 16年1月  ビノッド・コースラ(米国)、ガース・サローナー(米国)

下の写真はキプロスで撮ったグレブ(左側)の写真。

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キプロスは古代遺跡も多く風光明媚なところなので、いつかまたゆっくりと訪れたい場所です。

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2015年5月31日 (日)

三島由紀夫「日本は何もない無のるつぼ」

三島由紀夫が市ヶ谷で自決する3ヶ月ほど前に残した言葉。

「日本には何もないんだ。

日本にはオリジナルなものは何もないんだ。

だけど、その何一つないなかに、外からいろんなものを吸い込んで、吸い込んだ時点とはまったく別なものに変えて、はきだす。

その『何もない、無のるつぼ』の変成力こそが日本なんだ」

* * * * *

以前にこのブログで『日仏シンポジウム「ルーツとルーツの対話」』についてご紹介しました(『こちら』)。

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全部で4日間にわたる、このときのプログラムの全内容がネット上にアップされています。

そしてこのシンポジウムに参加した日本側12名、フランス側12名の方たちのスピーチを動画で見ることが出来ます(『こちら』です。赤字で記された、それぞれのテーマのところをクリックすると、各スピーカーのスピーチを動画で見ることが出来ます。日本語、フランス語を選択することが可能です)。

* * * * *

上段で記した三島由紀夫の言葉は、高橋睦郎さんがこのシンポジウムで語ったもの。

高橋さんは、「これは三島が残した一種の遺言であると理解した」とのことです。

高橋さんのこのスピーチは上記シンポジウムのサイトから「芸術と宗教」をクリックすることでたどり着くことが出来ます。

あるいは『こちら』をクリックして頂ければ直接行きつけます。

シンポジウムの動画記録には、高橋さんのほかにもAndré VAUCHEZ を初めとして、そうそうたるスピーカーが並んでいます。

 

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2014年8月10日 (日)

困難なことをしていないとしたら、あなたは時間を浪費している

ハイディ・ロイゼンは1983年のスタンフォードMBA卒(私より3年後輩になります)。1996-97年にかけてアップル社の副社長(Vice President)を務めました。

『1989年の3月1日(注:彼女がアップルに勤める前)に、

スティーブ・ジョブズが交渉のために電話してきました。

実は、私は父が出張先のパリで急死したとの連絡をその前の晩に受けたところだったのですが、電話を取るとスティーブだったので、電話に出ました。

父が亡くなったことをスティーブに話すと、「何であなたはいま働いているんだ。すぐに家に帰った方がいい。私もすぐに行くよ」と言ってくれました。

実際、スティーブは家に来てくれ、私が2時間泣く間、私の隣で床に座っていてくれました。

On Mar. 1, 1989 Steve called to talk to me about a negotiation, and as it was Steve I took the call, even though I had just learned the night before that my father had died suddenly while on a business trip in Paris.

When I told Steve what had happened, he said, ‘Then why are you working? You need to go home. I’ll be right over.’

Jobs came to her house and sat on the floor beside her while she sobbed for two hours.』

以上はForbes誌(2012年10月22日号)の

「スティーブ・ジョブズの伝えられて来なかった話  “Untold Stories About Steve Jobs”」の一節(『こちら』)。

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ハイディ・ロイゼンは、今ではベンチャー・キャピタリストとして活躍する一方、スタンフォード大学のエンジニアリング・デパートメント(工学部)で教えています(『こちら』)。

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      (Photo from the Website of Heidi Roizen)

彼女の講義はスタンフォードのウェブサイトで動画として見ることが出来ます(『こちら』)し、

幾つかの記事にもなっています(とくに『私がスティーブ・ジョブズと交渉して学んだこと』のブログ記事(『こちら』)は多くの人に読まれています)。

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その彼女が語る『人生とキャリアを充実させる8カ条』が和訳されてLifehacker 誌に掲載されました。

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第1条は:困難なことをしていないとしたら、あなたは時間を浪費している。

以下は、『こちら』でどうぞ。

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2014年2月24日 (月)

村上太胤薬師寺副住職のお話

先週の勉啓塾は村上太胤(むらかみたいいん)薬師寺副住職をお招きして、「歴史に学ぶ~日本人の心~」と題して講演頂きました。

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以下は勉啓塾幹事の方より送られてきた案内文より:

『みなさまご存知のように、薬師寺は天武天皇により680年に発願され、文武天皇の時代になって飛鳥の地に堂宇が完成した、日本を代表する名刹で、ユネスコ世界遺産にも登録されています。

法相宗の大本山であり、今もなお、学問寺として日々僧たちが研鑽と修行を重ねています。

村上太胤師は昭和22年に生まれ、龍谷大学文学部仏教学科を卒業後、今日までの長きにわたり、薬師寺で僧形生活をおくられました。

現在、副住職として、薬師寺の重責を担っておられます。

仏教をわかりやすく説いた数々の著作があり、現代社会の中で果たす仏教の役割について深い考えをお持ちです』

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「薬師寺は学問寺であり檀家や墓がありません」と話し始められた村上太胤副住職のお話は大変興味深く、2時間の講演時間はあっという間に過ぎてしまいました。

私は必死でメモを取りました。

しかしこのメモを使うよりも、村上太胤副住職が著された『かたよらない こだわらない とらわれない 般若心経の力』と題する本に従って、講演のエッセンスを記してみたいと思います(青字は引用箇所でカッコ内は引用頁)。

(1)仏教の伝来

「飛鳥時代に仏教がはじめて日本に入ってきたとき、受け入れるかどうかで大論争になりました。

当時の日本人は、朝鮮や中国の仏さまを「仏」とはいわずに「蕃神」(ばんしん)と呼び、神さまの一部だという解釈をしました。

それまでの日本の神さまというのは姿がなかったのに、そこへ突然、姿のある仏さまが現れたわけですから、すごい存在として受けとめたのではないでしょうか。

蘇我氏は外国ではこの蕃神を祀っているのだということで、新しいものを受け入れようとしました。

日本古来の神道を務めていた中臣氏や物部氏は受け入れないほうがいいという立場でした。

けっきょく蘇我氏が仏教を祀るのですが、その後、疫病が流行すると、仏さまを祀った祟りではないかとお寺が焼かれたり仏像が捨てられたりしたそうです」(111~112頁)

(2)山が神さま

「日本人は昔から森、岩、木といった自然界の万物に神聖なものを感じ、畏敬の念を抱いてきました。

森羅万象です。

日本人は農耕民族ですから山や森や川、水に対しても木に対しても、神を感じながら生きてきたのです。

「大和」というのは大国主命と天照大神の荒御魂、和御魂が大きく和するところという意味だそうです。

香具山、畝傍山、耳成山の大和三山や三輪山、御蓋山は神さまの山として崇められてきました」(103~104頁)

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(3)薬師寺と伊勢神宮

「昔、薬師寺や伊勢神宮が造られた頃は、神と仏は当たり前のようにいっしょに祀られていたのです。

天武天皇と持統天皇の時代に、薬師寺が造られ、天照大神が伊勢神宮に祀られました。

この時代に伊勢神宮が日本の神さまの根本・中心であるとされたわけですが、こうした日本の精神の形、宗教の骨格をつくられたのが天武天皇と持統天皇です。

天武天皇は自ら出家されて薬師寺を造られたのですが、それを引き継いだのが持統天皇です」(100頁)

「天武天皇亡き後、皇后であった持統天皇が即位され、その遺志を引き継いで690年には伊勢神宮の遷宮を初めておこなっています。

その7年後、697年には薬師寺の薬師如来さまが完成しています。

夫の遺志を継いでお伊勢さまと薬師寺を完成させるのが持統天皇の人生の大きなテーマでした。

それはまたおふたりの、神と仏をともにお祀りする、という大きな願いだったのだと思います」(101~102頁)

「精神的な日本人とは、神さま仏さまを敬うことにより、心の支えとなるものを持っている人、という意味です。

神仏習合・神仏和合といわれるように、この時代から神さまも仏さまも私たち日本人の心に宿るようになったのかもしれません」(102頁)

(4)「和をもって貴しと為す」として神道と仏教との調和をはかろうとした聖徳太子

「日本に伝わった仏教を聖徳太子が広められたわかですが、それまであった神さまと仏さまは仲よく結ばれました。

薬師寺では金堂の上に注連縄が飾ってありますし、今でも門前の八幡さまは薬師寺が管理しています。

東大寺のお水取りでは今も神事が行われます。

奈良ではまず神さまを大切にします。

薬師寺は法相宗という宗派ですが、法相宗の守護神が春日大社です。

かつては神社のなかに寺があり、寺のなかに神社がありました。

ですから、奈良では今でも神社とお寺の人たちがいっしょに集まって仲よく勉強会をしています。

今のように神さまと仏さまが別になったのは明治維新で神仏分離令が出され、廃仏毀釈で多くの仏教施設が壊されてからです。

興福寺などは藤原氏のお寺で大きかったのですが、敷地も没収され、大半は壊されてしまいました。

奈良の神社のお堂のほとんども壊されてしまいました。

そうやって明治政府の都合で神仏が強制的に分離されましたが、奈良のお寺では神仏習合のまま、今日まで千何百年も儀式や交流が続いています。

それは神や仏に見守られているという本来の日本人の心、精神文化によるのではないかと思います。

奈良や京都では神社とお寺を順番に霊場巡りするという神仏霊場会というのがあり、お伊勢さまからはじまり順番にお参りします」(98~99頁)

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2013年6月23日 (日)

How much is enough?

「How much is enough? (いったい幾らお金を儲ければ気が済むんだい?)」

これは映画「ウォール街」(1987年)で、若き証券マン・バドが億万長者ゴードンに投げかける言葉。

「When does it all end? 

How many yachts can you water-ski behind? 

How much is enogh?」

とセリフが続きます。

「いったい終点があるのか(行き着く先は何なんだ) 

何隻のヨットを従えて水上スキーをするというんだ 

いったい幾らカネがあれば気が済むんだ」

とでも訳すのでしょうか。

How Much is Enough?: Money and the Good Life

さて話は変わりますが、この「How much is enough?」をタイトルにした本が、スキデルスキー親子が書いた上記の本(『こちら』)。

父親のロバート・スキデルスキーは英国の経済学者、歴史学者ですが、20年間を費やしてケインズの伝記を書いたことでも知られています(この伝記はWolfson History Prize、Duff Cooper Prize などを受賞)。

『こちら』にこの本(How much is enough?)に関するニューヨークタイムスのBook Review のリンクを貼っておきますので、ご関心のある方はご覧になってみてください。

スキデルスキー親子のこの本でも触れられていますが、1930年、ケインズは『Economic Possibilities for our Grandchildren(わが孫たちの経済的可能性)』と題するエッセイを著しています。

たった7頁ですが、ケインズの思考が分かって興味深いエッセイです(上記をクリックすると全文が読めます)。

ケインズはこのエッセイで、2030年には人々は週に15時間働くだけで生活水準を維持できるようになると書いていますが、はたして人々は自由な時間を潤沢に持つようになるとどういった行動を取るようになるのでしょうか。

彫刻や音楽などの芸術の道に進むのか、それとも overeat (過食)や飲酒、sleep late (寝坊)に終わってしまうのか・・・。

その昔、イギリスの貴族の「preferred leisure activities」は、hunting、gambling、seduction だった(上記NYタイムス Book Review)と言いますが・・。

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