イランの話
昨日、新宿の高層ビルの一室で、セミナー講師として講演をしていました。
「何が起こるか分からないのが金融の世界です。投資家としては、『まさか』といった事態を想定し、それがどのくらいの蓋然性なのかを常に意識しておくことが重要です」
「いまこうして話していますが、数時間後にはアメリカがイランを攻撃していることもあり得る訳です」
これを話した1時間後、イラン現地時間で土曜日の午前8時10分、イスラエルと米国によるイランへの大規模攻撃が始まりました(NYタイムズなど複数のメディア報道による)。
イランでは、金曜日がイスラム教の礼拝日で、全国的に完全な休日・公休日です。
そして木曜日は、多くの場合半休または完全に休み。
オフィスなどの職場は、土曜日から始まり、木曜日までが主な勤務日です。
つまり、イラン時間土曜日の朝8時10分は、日本で言う「月曜日の朝8時10分」に相当します。
昭和の日本企業では、月曜朝8時過ぎに朝礼や会議が始まるのが当たり前でした。
まさに「平日スタートの勤務時間帯」に、攻撃が仕掛けられたわけです。
通常、空爆は夜間に行われ、ステルス性や奇襲効果を最大化するのがセオリーです(過去の米軍ベネズエラ攻撃などもそうでした)。
ところが今回は違う。
米メディアによると、攻撃側は数ヶ月前から標的リストを作成しており、特に「政府高官や軍幹部が一箇所に集まるタイミング」をピンポイントで狙ったと言われています。
* * *
話は少し変わりますが、約10年前、私は日経ヴェリタスに「Money Never Sleeps」というコラムを連載していました。
(写真はイラン・イスファハン(Esfahan/Isfahan)にあるシャー・モスク。『the diary of a nomad』さんのサイトより拝借しました。『こちら』です)。
その中で、イランからアメリカに移った友人のエピソードを書いたことがあります(以下、2016年9月11日発売の日経ヴェリタス・コラムの文章を一部掲載)。
「先日、米国での高校時代に一緒だったイランからの留学生ミミ(英語のニックネーム)から44年ぶりに近況報告と題するメールを受け取った。
『米国の高校を卒業した後、私はテヘランに戻り、現地の大学を出て結婚しました。
しかし1979年にイラン革命が起きるとイランにいられなくなりました。
私の父がパーレビ朝の皇帝(シャー)の下で軍の幹部を務めていたからです。
私たち家族は命からがら米国に逃げてきて、以来ずっと米国で暮らしています。
7年前のことですが、私は30年ぶりに祖国を訪れました。
テヘランの街はすっかり変わっていました。
革命政府は、通りの名前さえも変えてしまっていたからです』」
ミミには、イランで生まれた長女と、アメリカで生まれた二人の娘――合計3人の娘さんがいます。
3人ともアメリカ人と結婚し、アメリカで暮らしています。
時々、娘たちや孫たちに囲まれた幸せそうな写真が送られてきます。












