全ての道はローマに通ずる
前回、興銀の審査の話を少し書きました。現場に足を運ぶことの重要性を書きましたが、一方で、数字をベースとした分析は一体どうするのでしょうか。
興銀の審査部では、『全ての道はローマに通ずる』という言葉をもじって、よく『全ての道は収支予想に通ずる』と言われていました。
企業の沿革、経営者、業界事情、生産、販売、技術、収支・財政といろいろな項目にわたって調査・分析を重ねていきますが、それらの分析が全て統合・凝縮されて、その会社の収支予想となって表現されるという意味です。
個々の分析にはいろいろなやり方がありますが、まず売上や売上原価、製造コストなどを、全て 数量×単価に分解してみることが分析の第一歩になります。よく『売上は20%増加しました』などという記述を目にしますが、これは『数量増の影響はどの位なのか』、『単価はどうなのか』と分けて考えて行くのです。
こうして(幾多の分析を経て)会社の収支の予想が、審査の結論となって表現されると、銀行として金を貸して、その金が返ってくるのかどうかが分かってきます。銀行の審査は基本的にはここで終わりです。
しかしよく考えてみますと、この収支予想をもう一歩進めて、出された結果の数値を現在価値に割り戻してみれば、その会社の企業価値が出てきます。
そしてこの企業価値を、『債権者にとっての価値』と『株主にとっての価値』に分解します(この辺は、『サバイバルとしての金融』や『間違いだらけの株えらび』といった私の幾つかの著作に書きましたので興味のある方はご覧になってみてください)。
仮に債権者にとっての価値が15しかないのに、銀行が100貸付けていたらどうでしょうか。
先週(3月15日)、産業再生機構が解散しましたが、彼らがやったことは、基本的には、この『債権者にとっての価値』を割り出し、これをベースに銀行と『債権のカット』を交渉し(注:上述の例では銀行に85部分のカットを迫ります)、新しいスポンサー(出資者)を呼び込んで、(場合によっては経営者も入れ替えて)企業の再生を図るというものです。
こうした再生の手法は、基本的にファイナンスの面からのアプローチです。
ただ企業は最終的には人によって成り立っていますので、いくらファイナンス面から手術を施したからといって、手術後の体を、なんとか『価値を生み出していくような元気な体』に変えていくことが出来なければ、また元の病気の体に戻っていってしまいます。
経営者や従業員の意識を変えることが出来るかどうか、企業再生の成否は実はこの一点にかかっていると言っても過言ではありません。
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コメント
岩崎先生、こんばんわ。
>企業は最終的には人によって成り立っています
「企業は人なり」だとか、武田信玄の「人は石垣、人は城」という言葉が思い出されます。
「間違いだらけの株えらび」(26ページ)の、「仮に同じ能力の人材、生産設備、資本金でスタートした2つの会社があったとしましょう。時が経つに連れて企業の価値に差が出てくるはずです。」というように、経営力の差で企業の命運は大きく分かたれるようですね。
例えば、僕の趣味であるカメラ分野に関して言えば、コニカ、ミノルタ、マミヤ・オーピーは老舗のフィルム、カメラのメーカーでしたが、カメラ関係の事業から撤退しました。
しかし、ニコン、キヤノン、ペンタックス、富士フィルムはデジタル・カメラ時代においても、付加価値をつけた個性的な製品を揃えて、現在もユーザーに大いにアピールしています。
>経営者や従業員の意識を変えることが出来るかどうか、企業再生の成否は実はこの一点にかかっていると言っても過言ではありません。
意識改革は、とても、大変なことだと思います。
でも、経済戦争に二度と敗北しないためには、やり遂げるしかないですね。
「今年も何かと『やる』しかない。同じ『やる』なら『勝つ』しかない」
このように思っているサラリーマンは、たくさん居ると思います。
投稿: まさくん | 2007年3月19日 (月) 22時59分