ファンド資本主義
今のような形でファンドが存在感を増していくと、「資本主義の仕組みそのものさえ変貌を余儀なくされるのではないか」との懸念が台頭してきます。
この関連で最近耳にするのが「ファンド資本主義」という言葉です。
KKR(コールバーク・クラビス&ロバーツ)やTPG(テキサス・パシフィック・グループ)による電力会社TXUの買収金額は、450億ドル(5兆4千億円)(2007年2月26日)。
このほかにもファンドによる買収金額100億ドル(1兆2億円)を超える案件は今年に入っただけでも幾つもあります。
それだけでなくファンド自身も巨大化しています。
6月22日に上場したBlackstone Group。
IPOのoffering size は、$4.1billion(5,000億円)。
1985年設立の当ファンドは、運用資産 $88billion(10.7兆円)。昨年1年間の純利益は、$2.3billion(2,800億円)。平均年利(リターン)は、22%強といいます。
野村證券を傘下に持つ野村ホールディングスの純利益の1.6倍を稼ぎ出しているわけです。
(従業員は野村1万6千人強に比し、Blackstone のプロフェッショナル社員はその40分の1の400人)。
ところで、投資銀行は、こうしたファンド関連のビジネスを補足しようと、何年も前から、専門部隊を社内に設け、ファンドによるM&Aをサポートしたり、ファンドの投資先のIPOのビジネスを獲得したりしています。
(当然のことながら、自らファンドを立ち上げ、この種のビジネスを自分自身で行なうこともしています。)
米国ほどではありませんが、日本でもファンドが存在感を示すようになってきています。
何らかの係わり合いをファンドとの間で持つに至った日本企業の名前を挙げてみますと・・
日本長期信用銀行(新生銀行)、日本債権信用銀行(あおぞら銀行)、三菱自動車、三洋電機、さくらや、ラオックス、東ハト、マインマート、福助、フェニックスリゾート(宮崎シーガイヤ)、DDIポケット、タワーレコード・・
さて、冒頭の議論に戻りますが、ファンドがどんどんと株式会社を買収していって、上場企業を非公開化して傘下に収めてしまうと、その行き着く先は、どういうことになるのでしょうか。
株式会社、上場(公開)企業という仕組みを中核としてきた、これまでの資本主義は、変貌を余儀なくされるのでしょうか。
ファンド自身のガバナンスの問題はどうなんでしょうか。
このように、ファンドの関与が多くなることによる『非公開化の資本主義』への移行に対しては、警鐘を鳴らしている人も少なくありません。
(もっともそのファンド自身も今年2月のFortressを皮切りに、6月には、Blackstone が上場し、更には、KKRもIPOのFilingを行なっています。CarlyleのRubenstein いわく「大手のファンドが今後4~5年で全て上場していたとしても驚かない」)。
経済の仕組みである資本主義はよく政治システムとの関連で論じられることが多いのですが、
その政治システムとしての民主主義も、政党が興隆してきて、政党政治と言われるようになりました。すなわちいまや政党が政治システムの中核を形作っています。
たとえば日本国憲法ではそういったことをさほどは想定していませんでしたから、政党についての記述は憲法にありません(すみません。大学時代に教わったことの記憶で書いています)。
つまり、民主主義や政治システムも、時間の経過と共に変貌を余儀なくされてきているのです。
資本主義も、かつて年金基金の台頭によって機関投資家のプレゼンスが増し、いま、またファンドの台頭によって変貌を余儀なくされている・・・・
まあ、そういったような状況なのかもしれません。
しかし政治システムとしての民主主義の基本理念が普遍である(人民の、人民による、人民の為の・・)ように、資本主義の基本理念も普遍でなければなりません。
すなわちファンドが興隆してきても、資本主義の『Free で Fair で、かつ Open 』との理念は守られなければならないでしょう。
税制面の取扱を初めてとしてファンドに関する各種の議論がアメリカで出始めていますが、これらの議論をこうした観点から眺めてみると理解が深まるように思えます。
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コメント
先日は丁寧な回答をありがとうございました。
さて、最近読んだ本(「天気と株価の不思議な関係―行動ファイナンスで市場を読み解く」
加藤 英明 (著))に、以下のような気になる記述がありました。
「『米国市場のように上場企業の相当数がグローバルな企業活動を行っている場合、これら多国籍企業への投資を通じてグローバル分散投資の効果を享受できる』という仮説は、ジャカイラとソルニック〔1978〕、ヘストンとローエンホルス〔1994〕の実証研究によって、『多国籍企業の株価変動は本拠地(上場国)の影響を強く受けており、グローバル分散投資の効果はほとんど期待できない』という結果になっている。」
「グローバルな自国企業への投資は国際分散投資を代替できない」という研究結果なのですから、私にはショッキングな内容です。
上記について、岩崎先生はどのようなご意見ご見識をお持ちなのかをお聞かせ願えないでしょうか。
再び今回のエントリーとは符合しませんが、どうぞよろしくお願いいたします。
投稿: しんしん | 2007年7月23日 (月) 00時17分
例えば、多国籍企業の典型としてGMを見てみます。
GMの場合、製品開発力(消費者にとって魅力的なクルマを作り出せる能力)、品質管理力、UAWとの関係、健康保険問題、年金などの諸点が、GMの収益力に影響を及ぼしていると思います。
最近の途上国の経済力向上のメリットがGMの収益力に及ぼす影響は、これ等に比して然程は大きくないのではないでしょうか。
やはり、個別に見てみないと何とも言えない面が強いのですが、例えば、私は自動車会社でスズキの株を持っています。
インドにいった時に、スズキのクルマが非常に多く街を走っていた。一方で、インドの会社のことを調べて投資する時間的余裕や能力も私には無い(かつて、タタ・グループとか幾つかの財閥を仕事で訪問したことはありますが・・)
こういったことも背景にあってスズキの株を購入したのですが、やはりスズキの収益に最も影響を及ぼすのは、製品開発力や品質管理力などだと思っています。
その辺を当然のこととしてきちんとやってくれて(注:ここが実は大きなポイントだと思いますが)、なおかつ、これからますます本格化するインドのモータリゼーションの波を捉えて欲しいとの期待を込めて(以前にスズキの株を)買ったのですが、さて、どうなるでしょうか。
国際分散投資という観点からは、私は3年ほど前に途上国中心に投資する投資信託を日本の証券会社の窓口で買って、持ち続けています。
最近、投資信託に批判的な本が多く出ていますが、途上国のマーケットについて、(私の場合)自分で勉強する時間的余裕や能力が無い以上、投信を買って手数料を払っていくのはやむを無いと思っています。(私の買ったものは基準価格ベースで今のところ、2.5倍になっていますが、リスクのある投資ですので、将来大幅に落ち込むかもしれません。ただ今のところ持ち続ける予定です。)
投稿: 岩崎 | 2007年7月23日 (月) 07時15分
なるほど。
「グローバルな自国企業への投資は国際分散投資を代替できない」との一般化自体も現段階では難しそうですね。やはり個別に検討する目を充分に養うことが必要のようです。
ところで、本日の各市場を眺めると、日本だけが米国の下げの影響を受け、各アジア市場はそれとは関係なく上げていますね。
国際分散投資という観点からは、日本市場の投資比率は比較的低くしたほうがいいような気がする今日この頃です。
ありがとうございました。
投稿: しんしん | 2007年7月23日 (月) 19時35分
岩崎先生、こんばんわ。
>投信を買って手数料を払っていくのはやむを無い
ごく、素朴に疑問に思ったのですが、岩崎先生のような、金融のプロが、敢えてリスクを覚悟してまで(そして、手数料を支払ってまでも)、途上国の投信を買うメリットは有るのかな?と思いました。
トヨタやキヤノンのような、日本の国際優良銘柄による王道株中心の投資の方が、安全性が高いように思いますが。
少し、気になりました。
投稿: まさくん | 2007年7月23日 (月) 22時21分
2004年11月末に買った投信は上述のように2.5倍になっています(手数料支払後)が、ほぼ同じタイミングで買ったトヨタは、3860→7470で1.9倍です。
投資というのは、結果が全てで、ある意味、試行錯誤の連続です。
ただ余り短期で見ても意味は無く、一年超、出来れば、3~5年のタームで見たいと思っています。
まさくんさんからのご指摘を受け、良い機会ですので、自分のポートフォリオの構成を見てみました。
株式に限って以下、構成を書いてみます。
株式(株の投信を含む)全体を100とすれば、
日本株 61 (内 トヨタとキヤノンで30、その他31)
米国株 23
中国株 9 (ハンセン指数、およびA株などの投信)
途上国投信 6
となります。
中国株は、当初投入した金額はさほど大きくなかったのですが、かなりの勢いで上昇しましたので、結果的に比率が高くなってます。
私は昨年の11月12日に『漂流する日本』と題する記事をこのブログに書きました。
この記事をお読み頂ければ分かるのですが、その記事の結論にこう書きました。
『投資家として、冷静な立場で考えれば、残念ながら日本リスクを意識せざるをません。
すなわち、投資戦略としては、日本株のポートフォリオを少し落として、BRICs諸国への投資のウェートを高めるという結論』
そして、その通りに実践して、上記の構成に落ち着いています(昨年の11月以降はポートフォリオは殆ど動かしていません。)
投稿: 岩崎 | 2007年7月23日 (月) 23時47分
こんばんわ、岩崎先生。
ご丁寧なご返信を、有難うございました。
>『漂流する日本』
本記事を拝読しました時は、日本経済の将来について不安になりました。
しかし、BRICs諸国への投資は、今や、数百円の市販のマネー雑誌にも、大々的に宣伝されており、数年前に投資しているのならばともかく、現時点からの新規の参入は、むしろ、危ないのではないかと思いました。
そして、これら途上国の企業について、「四季報」のようなガイドブックが市販されていない(と、思いました)ので、自分が良く分からない外国の会社に、盲目的に投資することにつながるのでは?とも考えました。
したがって、岩崎先生のような熟練な投資のプロでもない限り、凡人は、途上国の企業への投資というリスクを取るよりも、情報が手軽に入手できる、日本株中心の運用の方が、大きな損をせずに安全ではないかと思いました。
景気の影響を受けにくいセクターでの、配当利回りの良い日本株への投資の方が、堅実かな?と思いました。
景気の影響を受けにくいセクターといえば、電力、医薬、食品が思いつきますが、東電、ミドリ十字、雪印のように、思いも寄らぬリスクが潜んでいるので、悩むところです。
投稿: まさくん | 2007年7月25日 (水) 19時38分
留学していた時にマクドナルド教授(バフェットの友人でもあります)が推薦してくれた本が、『Conservative Investors Sleep Well』というタイトルの本です。
この本は、その後、何度か引越ししているうちにどこかに行ってしまいましたが、まさくんがおっしゃるように、投資というのは、基本的に Conservative であった方が、人生豊かに(気持ちの上でも)なれると思います。
それと、マーケットと向き合う時は、謙虚と無心。
私は、毎日、『勉強させられている』というのが実感です。
投稿: 岩崎 | 2007年7月25日 (水) 21時50分