仕来たり
組織は長く続くうちに、数多くの仕来たり、習わしを作るようになります。藤原氏による摂関政治の時代などには、そういった仕来たりが多かったのかもしれません。
もう20年近く前のことですが、興銀にいた時に私は職員組合の副委員長を務めたことがあります。
当時の興銀は役職員全員でも、総勢5千人の(銀行としては)比較的小さな組織であり、職員組合はそのうちの組合員を対象とする組織でしたので、家族的な雰囲気を残す組織でした。
それでも長い歴史のある組織だけあって、数多くの仕来たりがありました。
委員長1名、副委員長2名、書記長1名の計4名で執行部を形成していましたが、我々が執行部を務めていた時は、このうちの委員長、副委員長の計3名が全員海外勤務経験者。
とくに副委員長は組合専従でなかったこともあり、仕来たりに捉われずに比較的自由に発言していましたので、書記長は組織をまとめる上で苦労しただろうと思います。
(副委員長) 『経営協議会の場で、頭取・副頭取など経営陣に提出する資料には、グラフとか表をつかって視覚に訴えるようにしよう。』
(書記長) 『勘弁してください。そんなこと、今までの組合活動の中でしたことがありません・・。』
そういった会話が職員組合の小さな部屋の中でなされていました。
当時は例えば組合の資料一つとっても、敢えてわら半紙のような紙を(その方が普通紙よりも既にコスト的に高くなっていたにもかかわらず)使っていた時代でした。
なかなか前例や仕来たりを変えることが出来ないでいたのです。
ところで、現在の国政の場でも法律や規則には書かれていない、仕来たりは数多くあるようです。
例えば『権力の道化』や『さらば財務省!』などの本に登場する『事務次官等会議』。
閣議に諮られる案件はすべて事前に、各省庁の事務次官等が集まって協議する『事務次官等会議』で了承されなければならないということで、明治時代から連綿と続く慣行とのことです。
『さらば財務省!』によると、それを戦後初めて破った総理が安倍晋三だったとのこと。
仕来たりはそれなりの合理性があったからこそ、仕来たりとなって続いてきたのだとは思います。しかしそれは、あくまでも人間が作ったものであり、それに人間が縛られてしまうというのは、おかしな事だと思います。