市場の整備
『イタチごっこ』とでもいうのでしょうか。
死にゆく企業のモルヒネと批判されたこともある『MSCB等』。
《【注】『MSCB等』とは、東証の定義(下記『要請』参照)によると、行使価額が6ヶ月間に1回を超える頻度で修正される条項が付与された新株予約権、新株予約権付社債及び取得請求権付株式》
MSCBについては手前味噌になりますが、既に2005年5月発行の拙著『サバイバルとしての金融』でもその問題点、危険性を指摘。
しかしオプションを利用した『この種のファイナンス』(金融商品)を考案する証券会社や投資銀行は、MSCBへの批判が高まると、新たにエクイティ・コミットメント・ライン、TIPS、STEPといった商品を開発。
姿・形を変えたこれらの金融商品を、資金繰りに苦しむ企業を相手に売り込んでいきます。(いずれも新株発行がかなりの規模で行われ、その結果、既存株主が保有する株式の価値が希薄化する懸念が高いといった点が指摘されます。)
2007年11月発行の拙著『プロジェクト・コード』はこの種のファイナンスの問題点を指摘しようとの意味合いもあって書かれた小説でした。
また2007年4月25日のこのブログでも取り上げましたが、2007年4月28日・5月5日合併号の週刊ダイヤモンドは『新興市場に気をつけろ』との特集号を組み、既存株主の犠牲(株価下落)の下に行われるファイナンスについて具体例を示して警鐘を鳴らしていました。
東証がようやく重い腰を上げ、『MSCB等の発行及び開示並びに第三者割当増資等の開示に関する要請』を上場会社代表者へ行ったのが昨年の6月25日。
その後10月31日には東証は『金融商品取引法制の整備並びに上場制度総合整備プログラム対応及び組織体制の変更に伴う業務規程の一部改正に関する適時開示実務上の取扱いの見直し等について』を通知。
更に今年3月23日の日経新聞によると、東証は『特定の企業やファンドを引受先とした大規模な第三者割当増資』について、情報開示の強化などルールの詳細を年内にまとめ来春早々にも適用する旨を発表。
関係者の努力によって市場の整備が進みつつあるものと理解していたところに勃発したのが今回の事件です。
今年6月26日。
アーバンコーポレイションはBNPパリバを割当先とする300億円の新株予約権付社債の発行を決議。一方で6月26日及び7月8日にBNPパリバとの間でVWAPスワップを締結。
VWAPとは、Volume Weighted AveragePrice (あるいは時としてValue Weighted Average Price)の略で、出来高加重平均価格のこと。
8月13日にアーバンコーポレイションが行ったプレスリリースによれば、新株予約権付社債の発行によってアーバンが得た300億円はスワップ契約に基づき7月11日にBNPパリバに支払われたとのことです。
すなわち300億円は
パリバ → アーバン → パリバ
と動き、パリバに戻ってしまった・・!?
これはいったいどういうことでしょうか?
アーバンの8月13日付けプレス・リリースによれば、スワップ契約に基づきBNPパリバにいったん戻された300億円は、スワップ契約に従って徐々にアーバンに再び支払われていくものと想定していたとのことです。
しかしパリバとの間で締結されたVWAPスワップ契約の出来高加重平均株価の算定基礎となるアーバンの株価には、一定の下限(『スワップ1』は300円、『スワップ2』が250円)が設定されていました。
このためBNPパリバからアーバンへの支払額は当初予定を大幅に下回り、しかもアーバンが民事再生を申立てた(8月13日)ため、このことがスワップ契約の終了原因に該当してしまったとのことです。
そしてこれらの結果『58億円の営業外損失が発生してしまった』とアーバンはプレスリリースで述べています。
パリバからアーバンへの支払額は結局のところ幾らだったのか、今になってもアーバンからは開示がなされていません。
関東財務局長に提出された大量保有報告書(EDINETで見れます)によれば、
7月11日には87,209,302株の新株予約権付社債券がパリバによって取得され、
このうち39,927,325株が7月14日には株になり、23,447,900株(7月11日)と13,771,800株(7月14日)が市場内取引によってパリバは売却したことが分かります。
株価の動きは
6月26日(新株予約権付社債発行決議の発表前) 344円
6月27日(新株予約権付社債発行決議の発表後) 298円
7月11日(新株予約権付社債発行) 214円
7月14日(パリバによる上記売却) 200円
8月13日(アーバン民事再生申請) 62円
8月14日(アーバン民事再生申請後) 32円
8月15日 6円
また上記株価について付言しますと、そもそもアーバンが新株予約権を使って資金調達を行ったのはこれが最初ではありません。
2006年2月、ドイツ銀行を割当先として2度にわたり新株予約権を発行し、合計112億円強の資金を調達。今年2月にもドイツ銀行ロンドン支店を通じて269億円強の取得条項付転換社債型新株予約権付社債を発行。
これらのファイナンスを実施する前のアーバンの株価は(2006年1月初めの段階で)、2,576円であったのです。
昨年の6月25日に東証が上場会社代表者要請を行い規制を若干ながらも強化した『MSCB等』および『第三者割当増資等』(これらの具体的定義は東証の『こちら』の文書にあります。)
さすがの東証や金融庁も、今回のように、新株予約権付社債発行とVWAPスワップとがあたかもセットのような形で実行されるとは予想していなかったのではないでしょうか。
しかもVWAPスワップの存在についてはアーバンによる民事再生申請後(8月13日)まで全く開示されていませんでした・・。
ちなみに東証が上記文書で定義する『MSCB等』のような商品、すなわちMS OPTION (Moving Strike 形のOption)を利用した資金調達が欧米で利用されているか否か、投資銀行時代の友人などにヒヤリングしたことがあるのですが、一昔前ならいざ知らず、今ではこの種のファイナンスは欧米では見たことがないとのこと。
日本の市場だけが草刈場にされているといった感が否めません。
| 固定リンク
コメント