NHKスペシャル
NHKスペシャル『マネー資本主義』を見ましたが、正直がっかりしました。
この番組では、いろいろな方にインタビューして、それをひとつの番組にまとめているのですが、インタビューに答える一人ひとりの方のコメントは正確でも、これを繋ぎ合わせる際に、ある種の無理が働き、まとまったものとして見ると、間違ったものになってしまっています。
(1)この番組を作った方は、おそらく自己勘定取引というものを誤解していて、モーゲージ債の単純な引受・販売を自己勘定取引と呼ぶくだりがあります。
確かに引受業務にはリスクが伴いますが、自己のキャピタル(資本)を使って積極的にリスク(ポジション)を取りに行く自己勘定取引(Proprietary Trading)と、引受とは一般的には分けて考えています。(『こちら』の記事などを参考。)
投資銀行は昔から引受業務を行っていたのであり [日露戦争の時、日本国債を引き受けたのも投資銀行であるところのクーン・ローブ(リーマンの前身のひとつ)です] 、引受業務はモーゲージ債が出発点となったわけでも、ソロモンのGutfreund氏が始めたわけでもありません。
(2)番組ではソロモンのGutfreund氏に取材が出来たからなのでしょうか、『投資銀行が彼の時代から変遷した』と結論して、番組を構成していますが、今回の金融危機の主因をトレーディングに求めるには無理があります。
全てをマネーゲームで解説できれば、番組的には楽なのでしょうが、証券化商品の価格喪失は(マネーゲームのトレーディングとは別物で)昔ながらの切り口(マネー・ゲーム、トレーディング)で切るにはやはり無理があります。
(3)『レバレッジを40倍に高めた』との解説も、いったいどこからそんな数字を引っ張ってきたのか、理解できません。(2007年11月末のレバレッジ:リーマン、31; モルスタ、33; ゴールドマン、26)。
(4)サブプライムローンは全体でも残高が約130兆円。それがなぜ今回の金融危機の不良債権額(一説には800兆円とも言われる)になるのか、その辺のところがこの番組を見てもわかりません(おそらく番組制作者も理解していないのではないでしょうか・・)。
NHKは1998年ころ『マネー革命』というNHKスペシャル4回シリーズを作りました。当時、私は興銀にいて番組制作に協力しました(番組のEnd Creditで私の名前も制作協力者として出てきます)。
今回はいったい誰が協力したのかとEnd Creditを探しましたが、誰の名もありませんでした。
かなりの制作資金を使って、せっかくJoe Perellaなどの大物にインタビューしたのですから、これを繋ぎ合わせる時には、特別な色をつけないで繋ぎ合わせて欲しかったと思います。
何が今回の金融恐慌を引き起こしたのか・・その原因に切り込まなければ、人類はまた同じ過ちをおかしてしまうでしょう。人々の強欲さとマネーの暴走が根底にあるのは事実でしょうが、そこで終わってしまっては思考停止につながりかねません。
資本主義を前提とする以上、人々の欲望(生命欲、知識欲、物欲)が経済行為の裏にあることを認め、これを適切にコントロールして、社会全体の向上・成長に結び付けるようにする必要があります。
金融(マネー)についても、どうして証券化商品の価格が喪失してしまったのか。何をどうコントロールすれば良かったのか。その辺についての検証が必要です。
リーマンのファルド会長が議会に呼ばれ、『今でも、これ以上、どう行動すべきであったか、やってきたこと以上のことがはたして出来たのか、毎日、寝ないで考えているが分からない』と述べる下りがあります。
金融商品の信用リスク(ディフォールト・リスク)だけでなく、流動性リスク、信認のリスクをどうコントロールするか・・・・・。この考察が重要になります。
言うまでも無く、次に来るのは、国債の流動性リスク、信認のリスクの問題・・、そして、その次に来るのは、通貨の流動性リスク、信認のリスクだからです。
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コメント
只今就職活動中の新里と申します。
金融の知識を付けたいと思い、nhk出版のマネー資本主義を購読しようと考えていましたが、内容に問題点が多いとの評価が多く、他の正しい情報で解析されている文献を探しています。
もしよろしければ、参考となる書籍についての情報を教えていただければ幸いです。
よろしくお願いします。
投稿: 新里と申します | 2010年3月31日 (水) 18時30分
新里様
手前味噌になりますが、拙著「リーマン恐慌」が参考になると思います。
リーマンショックの解析については経済学者の書いた本を中心に、私も20冊くらい本を読みました。
どれも一面に光をあてたものが中心で、なかなか全体像を見事に浮き彫りしたという本はありません(私の書いた本も当時、出版社に言われて急いで書いたもので、今読み直してみると反省点だらけです)。
経済学者や評論家が簡単にコメント出来るようなものであれば、そもそも全人類を不幸に陥れるような、あのような危機は起こらなかったとも考えられます。
これから先、信認のリスクに対する研究はもっと進むと思います。
投稿: 岩崎 | 2010年4月 1日 (木) 08時42分