借金を10兆円も抱えている会社 (トヨタの借入金 その1)
企業の財務の安定性を調べる指標のひとつに
『ネット・キャッシュ(Net Cash; ネットベースの現預金残高)』
とか
『ネット・デット(Net Debt; ネットベース借入金残高)』
という概念があります。
現預金から借入金を引き、これが例えばプラス1億円ならネット・キャッシュが1億円。
マイナス1億円になればネット・デットが1億円ということになります。
なお以下の数字は全て連結ベースの数字です。
まず破たん前のGMはどうだったんでしょう。
GMのホームページには2007年末の数字がアニュアルレポートの中に載っていました。(1年半前の数字です)。
これによるとGMは、当時、ネット・デットが1兆9790億円(1ドル=100円で計算)ありました。
(なお今年6月のGMの破たん時の負債総額は17兆3,000億円。こちらは借金だけでなく仕入債務(買掛債務)など全ての債務を含みます)。
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ところで、日本でネット・デットが10兆円を超える会社があります。
2007年末のGMのネット・デットの5倍を超える水準です。
どこでしょうか。
日本航空ではありません。
日本航空のネット・デットは6,378億円(2009年3月末)。
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答えはトヨタです。
2009年3月末のトヨタの現預金は、2兆4,443億円
一方、トヨタの借入金は:
まず短期借入債務が、3兆6,177億円
1年以内に返済予定の長期借入債務 2兆6,995億円
長期借入債務6兆3,015億円
したがってトヨタは、10兆1,744億円のネット・デット(ネットベース借入金残高)を抱えています。
* * *
いつからトヨタはこんなことになってしまったのでしょう。
ちなみに2002年3月末のトヨタのネット・デットは
5兆477億円でした。(つまり7年で借金が2倍以上に膨れ上がってしまったことになります)。
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さて、日本で、ネット・デットではなく、ネット・キャッシュをたくさん持つ企業はどこでしょうか。
全部調べたわけではありませんが、恐らくは筆頭クラスに位置するのが任天堂。
2009年3月末の任天堂は、7,562億円のネット・キャッシュを有しています。
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話は元に戻りますが、トヨタが連結ベースで10兆円を超える借入残高(現預金を引いたネットベースの借金)を抱えているということは意外と知られていないようです。
(注:DCF方式による株価算出の際に使うネット・デットの概念は固定負債マイナス余剰現預金。これは、フリー・キャッシュ・フローの債権者取り分を算出する際に使う概念であり、ここでのネット・デットとは少し異なります)
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コメント
いつも楽しみにしています。
今回の記事の「いつからトヨタはこんなことになってしまったのでしょう。」という段落については、いまいち理解できなかったので、質問させてください。
トヨタのネット・デットや負債の増加についてですが、主な原因は金融子会社の負債額が大きく増加したため(2003年の有価証券報告書のセグメント別貸借対照表によれば約7兆円だったものが2008年では約12兆円に増加)です。金融業は多くの負債を使うビジネスモデルであり、金融子会社の規模拡大に伴い負債が比例して増えたと考えられるため、トヨタの負債やネット・デットの増加は自然なことではないでしょうか?また、この規模拡大によって、収益性(ROE)や安全性(自己資本比率)が損なわれたわけでもないので、負債を増やして規模を拡大したことは悪いことではないと思うのですがどうでしょうか?
国貞克則さんの「財務3表一体分析法」にトヨタの負債額が大きい理由について書かれていたのを参考に、記事を読んで自分なりに調べてみたので違っていることもあるかも分からないです。分析の間違いやプロから見ておかしいことがあればご教授していただければ幸いです。
投稿: 経済学部生 | 2009年6月12日 (金) 20時35分
おっしゃる通りで、この問題はトヨタの金融事業をどう見るかががポイントとなってきます。
実はこの『借金を10兆円も抱えている会社』の記事を書こうと思ったのは、映画『ハゲタカ』を見たからです。
買収者がトヨタを買ったら、どうやって企業価値の向上を図るかを私なりに考えていたら、金融子会社の売却と住宅事業からの撤退ではないかと思えてきた・・のが切っ掛けです。
したがって『借金を10兆円も抱えている会社』の記事には続編を2~4回くらい書くつもりで昨晩書き始めたのですが、とりあえず、このコメント欄にご質問に関連しそうなところを書いていきます。
トヨタのネット・デットのうち、『自動車等』が占めるものは1,431億円。『金融事業部門』が10兆8,076億円。(足してトータル10兆1,744億円にならないのは、おそらくは調整勘定のためです)。
要は金融事業部門のネット・デットが会社全体のネット・デットとほぼ等しいくらいにまで膨れ上がっているということです。
そしてここからがポイントになるのですが、このような形でトヨタが金融事業を展開していくことが、トヨタの企業価値の向上につながるかということです。むしろマイナスに作用し企業価値毀損にさえ繋がりうるのではないかというのが、私の問題意識です。
例えばトヨタファイナンシャルサービス証券では投資信託を個人投資家に対して販売しています。トヨタファイナンスはクレジット・カード、機器のリース、住宅ローンも手がけます。
あいおい損保は2008年2月、サブプライムがらみの損失が920億円に上ると発表しましたが、あいおい損保を33.4%所有しているのはトヨタです。
トヨタの金融部門は約11兆円のネット・デットを使って金融事業を営み720億円の営業損失を計上しています。
以上は2008年度の数字であり、2008年度という非常時で分析するのは(トヨタの金融事業部門にとって)気の毒だというご意見もあるかもしれません。
それではトヨタが最高益を上げた2007年度はどうでしょう。
会社全体の営業利益が2兆3000億円のとき、トヨタの金融部門は約12兆円のネット・デットを使い、上げた収益(営業利益)は865億円。
会社全体の利益の3.8%を占めるに過ぎません。
トヨタ全体の総資産29兆円のうち、約半分の14兆円を金融事業部門が使っているわけですが、トヨタに投資する株主は、本当にそこまでトヨタが金融会社化することを望んでいるのでしょうか。(私はトヨタの株主ですが、金融は自動車を売るのに必要なカーリース、オートーローンなどに留めて欲しいと考えています。すなわち現在行われているような、個人への投資信託の販売とか、クレジット・カード事業に進出していくだけの、『人、もの、カネ』の経営資源がトヨタにあれば、それを電気自動車とか次世代のクルマの開発など本業に使って欲しいと考えています。)
言うまでも無く、GEやGMは金融部門で儲けた時代がありました。
特にGMはGMACの子会社にResidential Mortgage を専門に扱う子会社(GMにとっては孫会社)をつくり、サブプライムローンも手がけていました。
2006年、GMはGMAC Commercial HoldingやGMACそのものを売却します(この時点でGMACの49%はGMがキープ)。
その後GMACの資産内容はかなり毀損されていることが分かり、2008年10月の段階では債務超過であることが推定され(出所は英文Wikipedia)、結局同年12月にはGMACは米国政府のTARP資金を受け入れ(5000億円)、今では実質米国政府の管理下にあります。
餅屋は餅屋と言います。GMやトヨタには、JPモルガンが持つような金融のリスク管理力は期待できないように思います。JPモルガンにクルマを作ることが期待できないのと同じです。
投稿: 岩崎 | 2009年6月12日 (金) 23時55分