コールド・スティール
『JPモルガンのティエリー・ダルジェン(マネージング・ダイレクター)はルクセンブルグ政府にとって、もうひとつ非常に重要な要件があることが分かっていた―
あまりに重要なので、シュミット事務次官(ルクセンブルグ政府経済通商省)がティエリーに初めてその話をした際、
シュミットは彼を自分の部屋に招き入れ、ドアの鍵をかけ、電話器のプラグを抜いたほどだった。そしてささやいたのだ。
「我々はアルセロールがルクセンブルグに本拠を置き続けることを強く望んでいる。」
ティエリーは、シュミットのこの一連の行動を “どんな犠牲を払っても(at any cost)” との意だと理解した。』
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これは、世界最大の鉄鋼会社ミッタルによる2位アルセロールの買収劇の内幕を綴った『コールド・スティール』という本の一節です。
ルクセンブルグ政府が出てくるのは、政府がアルセロールの株式 5.8% を持つ筆頭株主であったからです。
JPモルガンはルクセンブルグ政府のアドバイザー。
(【注】アルセロールは2002年にAceralia(スペイン)、Usinor(仏)、Arbed(ルクセンブルグ)が合併して出来た鉄鋼メーカー)。
ミッタルの方は、今年59歳となったインドのラクシュミー・ミッタル氏が実質一代で築きあげた会社。
1975年、彼は25歳の時にインドネシアのEast Javaで電気炉形式のミニ・ミルを設立し、鉄鋼ビジネスの世界に足を踏み入れます。以降、主として買収によって企業規模を拡大。
2006年にアルセロールを買収する以前の段階で既に世界1位の粗鋼生産量を誇る存在になっていました。
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企業買収の内幕を綴った本としては、『Barbarians at the Gate』(1988年のKKRによるRJR Nabisco買収を描写)という本が有名です。
私はその昔この本を読み、投資銀行という世界に興味を持つようになりました。
今回読んだ『コールド・スティール』は、『Barbarians・・』に勝るとも劣らない面白さ。
M&Aに従事している投資銀行関係者、法律や会計の関係の方々、そして何よりも鉄鋼業界の方々にお薦めです。(恐らく新日鐵の経営企画部などでは既に皆さん読んでおられるのでしょうが・・)。
残念なのは、ネットで翻訳版を探しましたが、いまだ翻訳本が出ていないと思われること(『Barbarians・・』は直ぐ訳本『野蛮な来訪者』が出たのですが・・)。
なお上記クリックではハードカバー本の頁に繋がりますが、『ペーパーバック版』も出ており、こちらの方が安価。(本の内容説明はハードカバー本の紹介頁に出ています。)
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それにしても世界の鉄鋼メーカーの粗鋼生産量は下記の通り。
1位 アルセロール・ミッタル 102(百万トン)
2位 新日鐵 38(百万トン)
3位 宝鋼集団 35(百万トン)
4位 河北鉄鋼集団 33(百万トン)
5位 JFE 32(百万トン)
出所:World Steel Association 2009 (2008年の数字)
先日のブログ記事『世界で進むM&A』でも書きましたが、好むと好まざるとに係わらず、世界的規模での合従連衡はどんどん進んでいきます。
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もう一つ見逃せない点。
それは新日鐵が官営八幡製鉄所の設立、戦前の製鐵大合同、昭和45年の八幡と富士の合併といった、連綿とした歴史を辿って、今の地位に登りつめたの対して、
ミッタルは、年も私とそれほど違わないインドの実業家が、鉄スクラップを原料に電気炉で鉄鋼を生産することから事業を始めて一代で世界に君臨する大企業を作り上げてしまったという点。
そこでは、まったく違う時間軸が支配しているように感じます。
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『ある日、突然ミッタルがアプローチしてきたら・・?』
そういった局面に備えるためにも、『コールド・スティール』のような本を読んでおくと参考になると思います。
蛇足ですが、この本には、かつて私が投資銀行にいた時に一緒に仕事をしていた人たちの名前が固有名詞で出てきます。
「この辺の発言やコメントは、如何にも彼らしい・・」そんな風に感じながら読み進みました。
The Economist 誌が書評で、
『この本はThriller(スリラー)のようだ(スリル満点でわくわくする)』
と書いていましたが、まさに言い得て妙、ぴったり当てはまる書評です。
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