金融のロジックと財政のロジック
水俣病訴訟で被害者団体と国などとの和解協議が熊本地裁で始まっています。
小沢鋭仁環境大臣は先月「5月1日の慰霊式を念頭に全面解決に向けて努力したい」と発言(『こちら』)。
5月1日まで残り2ヶ月ちょっと。
救済問題は大詰めを迎えつつあります(『こちら』)。
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水俣病については下記の通りこのブログでも何度か書いてきました。
『Chisso accountable to public』
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チッソ水俣工場による水俣湾の水銀汚染は既に第二次世界戦前から始まっていたといいます。
水俣湾で魚が浮上しネコの狂死が相次いだのが1953年。
水俣病公式発見の日とされるのが1956年5月1日。
50年以上にもわたってこの問題は政治問題、社会問題として続いてきました。
なぜこれほどまでに長い間解決することが出来なかったのでしょうか。
いろいろな理由があるのでしょうが、ひとつには住民の方たちに複雑な感情があったと言われています。
「水俣病であるとして手を上げることに対しては勇気が必要だった。周囲から白い目でみられるかもしれない」という住民感情。
企業城下町「水俣」における独特の住民感情です。
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ところで1990年12月。
水俣病訴訟を担当していた山内豊徳環境庁企画調整局長が自殺。
詳しくは『こちら』の書に譲りますが、私が興銀で水俣病問題を担当するようになったのはこの約1年半後の1992年。
1997年までの約5年間、私もまた銀行員としての立場からこの問題で苦しみました。
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「なるほど金融には金融のロジックがあるのですね。しかし財政には財政のロジックがあるのです」
これは当時の大蔵省の発言。
当時私は「水俣病問題解決に向けて銀行としても出来るだけのことをしたい」との思いを強くしていたのですが、金融のロジックからすれば「返ってくる当ての無いカネ」は貸すことが出来ません。
別言すればこういうことです。
企業が設備投資をするというのであれば、銀行はそのためにカネを貸すことが出来ます。融資されたカネで企業は設備を購入し、その設備をもってして上げた収益を、借金の返済原資に充てることが出来るからです。
しかし患者の方々への補償金に充てられる資金というのは、企業サイドに新たなキャッシュ・フローをもたらすものではなく、返済原資が見当たらない融資ということになってしまいます。
預金者の金、株主の金を預かる銀行としては、銀行の社会的責任というロジックだけでは補償金融資を行うことは非常に難しい、場合によっては株主代表訴訟へと発展してしまうことにもなりかねません。
一方、財政を司る大蔵省の立場からしても国民の税金を一企業の救済に当てて良いのかという壁にぶつかります。
水俣病を引き起こしたのはチッソであり汚染者負担の原則に基づきチッソこそが患者への補償金支払の責務を負うからです(しかしチッソは多額の債務超過に陥っていて負担能力が無いことから問題が複雑化していました)。
すなわちチッソに対する金融支援に関しては、国、県、銀行のそれぞれが自分の庭先をきれいにすることは止めて、ギリギリのところまで歩み寄る-別の言葉で言うと「三方一両損」の発想です - そしてこれにより、大きな目的(患者救済)を達成しようと尽力してきたのですが・・・。
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この問題に関しては上記の通りこのブログでも何回か書いてきましたので、ここではこれ以上繰り返しませんが、胎児性水俣病患者の方たちでさえ既にもう50歳、60歳になりつつあります。この状況に鑑みるに、未だこの問題が解決されていないことに対して、この問題に係わった一人として、やるせない気持ちをより一層強くしています。
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