介護付き老人ホーム
「ある日突然ポックリ死ねたらいい。そうすれば誰にも迷惑をかけないから」
このように言う70代、80代の方は少なくありません。
多くの場合、彼ら(彼女ら)は、自分たちの親や義理の親の老後を苦労して面倒みてきた人たちです。
それがどんなに大変であったか、実体験として熟知しているだけに、
自分はこういった面倒を自分の子供や嫁にかけたくない
― こう考えているようです。
しかし実際には思い通り「ポックリ死ぬ」ことなど出来ないケースがほとんどです。
高齢になって転んで骨折して体が思うように動かなくなった場合、子供や嫁の世話になるのではなくて、介護付き老人ホームに入るとか、プロの介護士による在宅介護を選択 「せざるをえなくなる」 ことが少なくありません。
この時、「老後の面倒をみることの苦労を自分が経験して熟知しているだけに、子供や嫁に迷惑をかけたくない」
と考えて介護士の世話になることを選ぶ人もいれば、一方で、別の理由でプロの介護スタッフに面倒をみてもらう人もいます。
例えば面倒をみるのが実の子の場合、感情のすれ違いがあった時などに、実の子供だけに「逃げ場が無くなる」ことを指摘する人がいます。
Aさんは現在自宅に24時間、専門の介護士を住み込ませて介護してもらっていますが、この介護の人が気に入らなくなったり、喧嘩してしまったりして、すでにこれまでに何人もチェインジしてきたといいます。
これが実の子供ではチェインジするわけにはいきません。
介護はプロの専門家に頼み、一方で、子供や孫にも出来るだけ頻繁に会いたい・・こう考える高齢者が増えてきています。
では介護付き老人ホームに入るにはどれくらいのコストがかかるのでしょうか。
公立の施設に入れればコストはさほど心配せずに済みます。
しかし全国の公立施設の待機者数は、
昨年12月の時点で42万1000人(『こちら』)。
現実には公立に入居するために何年も待たなくてはいけない、あるいは要介護4か5でないと入れないといった状況にあり、私立の施設を選ばざるをえません。
その私立の介護付きホームのコストですが、大きく分けて、入居一時金と月額利用料から成り立っています。
例えば85歳で入居して95歳まで利用することになった場合、
入居一時金1000万円、月額利用料25万円のケースでは、
10年間のコストは、1000+(25×12×10)=4000万円となります。
上を見たらキリがありません。
富裕層向けに作られたサクラビア成城のホームページを覘いてみましょう。
『こちら』です。
入居一時金は最多価格帯で1億1200万円、そのほかに介護一時金900万円、生活サービス一時金700万円、月額利用料は23万円プラス水道光熱費その他(食費など)。
上記のように10年間入居するとして、総額はざっと1億5000万円(10年間入居の場合、入居一時金等の一時金は25%ほど返ってきます)。
逆に入居一時金ゼロ、月額利用料も15万円程度といった比較的安価なところもありますが、居室が極端に狭かったり介護スタッフの数が十分でなかったりするところもあります。
要は予算との相談になってくるわけです。
それを踏まえたうえで以下に介護付き老人ホームの選び方のポイントを上げておきましょう。
(1)場所をどこにするか。都会か田舎か
介護付き老人ホームを経営する側にたって考えてみると分かることなのですが、施設の土地代はバカになりません。
よって田舎の方が割安になるのですが、入居者の立場になって考えてみると、子供や孫から離れてしまうといった難点も無視出来ません。
一人暮らしの時は、がんばって何とかやってきた高齢者の方も、介護付き老人ホームに入ると、ある種の団体生活になることから、急にストレスを感じたり精神的に不安定になってしまいます。
そのような場合、何と言っても心の落ち着きになるのは子供や孫が訪問してきてくれることなのです。
(2)居室の広さ、日当たり、風通し
この辺はマンションを選ぶ感覚と同じです。
広さは22㎡位は欲しいところです。
狭すぎると「病室」といった感じになってしまいます。
規約上、施設側が居室を変えることが出来るようになっているケースもあり、入居前には重要事項説明書を熟読することが肝要です(これもマンションを購入する場合と同じですね)。
(3)敷地面積と建物面積との関係
ある程度余裕を持ってゆったり建てられている方が落ち着きます。
実際に介護が必要になってくると、だんだんと外出が難しくなってきます。
施設から庭などの自然が見れるのか、あるいは、近隣の住宅しか見えないのかで
入居者の気分は随分と違ってきます。
また駐車場のスペースが十分にない場合、子供や孫が訪ねて来にくくなります。
(4)介護スタッフの充実度
実はこのポイントが一番重要な点かもしれません。
客観的な数字で充実度を知ることが出来ます。
重要事項説明書の「介護に対する職員体制」の欄の数字を見ます。
例えば上記のサクラビア成城の場合、ホームページから重要事項説明書を見ることが出来ます。
3頁目に「介護に対する職員体制」の欄があり、ここに 「1.5:1以上」と載っています。
これは、要介護者等1.5人に対して直接処遇職員(介護・看護)1人以上(常勤、週40時間換算)の職員体制をとっていることを意味します。
当然のことながら、左側の数字(1.5にあたる)が小さければ小さいほど、介護スタッフは「充実している」 ことになります。
1.5のところは「サクラビア成城」だけでなく、週刊ダイヤモンド(2007年11月10日号;『こちら』を参考)でランキング1位になった「ゆうらいふ横浜」など、入居一時金3000万円未満のところでも探していくと結構あります。
逆に入居一時金が比較的高くてもこの数字が2.0だったり、2.5のところも少なくありません。
介護スタッフ1人がみる要介護者の数が多ければ多いほど、スタッフにとっては職場環境がハードになっていることが予想され、その皺寄せは介護の質になって出てくることが予想されます。
(5)介護スタッフにとって働きやすい職場か
自分が職を探している介護スタッフの立場に立って老人ホームをチェックします。
年収はいくらか。
パソコンで「求人」と打ち込んで検索して、職探しの要領でネットを辿っていくと、目的の老人ホームの求人ページに行き着くことが出来ます。
すると、その老人ホームの年収が幾らなのかを知ることが出来ます。(その他、採用に関する諸条件を知ることが出来ます)。
スタッフがあまりに安い年収で雇われていると、その皺寄せは入居者への対応となって出てきてしまいます。
介護スタッフの離職率は、重要事項説明書に「前年度1年間の退職者数」といった項目がありますので、これらのデータで知ることが出来ます。
当然のことながら離職率の高い職場は要注意です。
職員の勤務形態(勤務時間帯、夜勤の状況)なども重要事項説明書に記されていますし、従業員に対して健康診断を実施しているかどうかといった福利厚生の情報も重要事項説明書や求人のホームページで知ることが出来ます。
要は、介護スタッフにとって働きやすい職場になっているのか、あるいはスタッフが薄給で極限に近い労働を強いられているのか
― この違いは非常に重要です。
(6)退居者の情報
この情報も重要事項説明書に出ています。
退居した人が自宅に戻ってしまうケースが多い場合は要注意です。
(7)入居一時金の償却年数
入居一時金の「償却」とは、老人ホームの取り分のことを言います。
減価償却とは違います。
オフィスや店舗用不動産を借りる時に使われる「償却」(退去時に敷金・保証金から差し引かれる額)に近い概念です。
例えば1000万円の入居一時金が初期償却10%、以降5年で均等償却の場合、入居時に100万円がホームの取り分になります。
2年してホームを退去する場合、100万円+(900万円÷5年)×2年=460万円がホームの取り分となり、入居者(退去者)に戻るのは、残りの540万円だけです。
入居一時金の償却(特に初期償却)を巡ってトラブルが多くなっているとの報道もあります(2010年9月21日、朝日新聞)。
老人ホームのなかには入居一時金の初期償却が100%のところもあります(90日間のクーリングオフ後に退去した場合、入居一時金は一切返ってきません)。
一方でサクラビア成城のように初期償却ゼロで期間15年間での償却としているところもあります。
ホームの性格(介護型か、自立・混合型か)などによって違いはありますが、入居一時金については初期償却15%以内、償却期間は5年以上というのが一つの目安になるかもしれません。
なお余談になりますが、私は老人ホームのM&A案件を検討したことがあります。
その時は買い手側のアドバイザーだったのですが、売り手のアドバイザーから渡された資料を見てびっくりしました。
資料に記された収支予想の数字が非常に良かったのですが、何と入居者が平均4年で亡くなるか、退去するとの前提で収支が組まれていたのでした。
一方で入居一時金の初期償却率は20%、5年償却でした。
つまり入居者の回転率を高めて、どんどん収益を上げるとの発想の基に収支予想が組まれていたのです。
買い手のアドバイザーとしてこの案件を却下したのは言うまでもありません。
またこんな老人ホームの世話にはなりたくないと思いました。
(8)運営母体の経営基盤をチェックする
運営母体の経営基盤はしっかりしているか、逆に極端に収益志向に傾いていないか、などをチェックします。
数多くはありませんが、母体が三井、三菱、住友といった財閥系の名のあるところですとやはり安心出来ます。
(9)食事はおいしいか、風呂は週何回入れるか、普通の風呂か、器械浴か
食事は入居者にとっては大きな問題です。
実際に訪れて入居者が食べているものと同じものを出してもらって食べてみると良いと思います。
施設によっては自前のキッチンを備えているところ、外の給食サービスを利用しているところなどいろいろですが、何れにせよ食事の美味しさは重要です。
風呂についても、器械浴のほうがスタッフにとっては楽ですが、入居者の身になってみると、きちんとした湯船につかりたいとの希望を持つようです。
(10)実際に訪れてみる
一番重要なのはこれです。
私は興銀の審査部に5年間在籍していましたが、相手の企業がお金を貸して良い会社か、あるいは貸してはいけない会社か、幾ら資料を取り寄せて分析してみても、結局のところ、「実査」(実際に会社に言ってみること)に勝ることはありませんでした。
良い会社は、会社の門をくぐった瞬間、あるいはオフィスの扉を開けた途端に、ピーンとピアノ線を張ったような前向きの緊張感を感じさせます。
ポジティブな雰囲気が訪問者に伝わってくるのです。
逆に駄目な会社は暗くて、わざとらしい・・・。
工場長が無理に従業員に話しかけたり(従業員の方は慣れないのでしらけた応対をします)、工場内のごみを拾ったりしながら銀行員を案内してくれます。
こういった会社では、見えないところで従業員同士が固まっておしゃべりしているような場面に遭遇することもあります。
同じように、介護付き老人ホームを実際に訪問してみると、施設に入った瞬間にある種の「空気」を感じることが出来るかもしれません。
介護のスタッフは生き生きと余裕を持って働いているか、それとも疲労困憊でいらいらした素振りを見せているか。
入居者が部屋に閉じこもったまま出てきていないようなところも要注意です。
施設に入った瞬間に病院のような「空気」を感じるところも敬遠した方が良いかもしれません。
* * * * *
以上、介護付き老人ホームについて長々と書いてきました。
「私の親はまだまだ元気だから心配ない」
こう思っている人も多いと思います。
しかし介護の問題はある日突然やってきます。
その時のためにある程度の知識は身につけておいた方が良いと思います。
親の介護で汗をかくことは、自分自身の介護が必要になった時に 「より良い選択が出来る」 ことにつながって行きます。
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