史上最大のボロ儲け
アルゼンチンに行っていて昨日帰国しました。
アトランタでの乗換待ち時間6時間を含め、片道、行きは29時間、帰りは31時間でしたので、ずいぶんと本を読むことができました。
面白かったのが『史上最大のボロ儲け』。
このブログでも何度かご紹介(『こちら』)したジョン・ポールソンの話です。
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2007年と2008年の2年間でジョン・ポールソンは個人として60億ドル(4800億円)の所得を上げました(本書には出てきていませんが、彼が2010年に個人所得 4,100億円を上げたのは上述のブログ記事で紹介したとおり)。
ポールソンが運営するヘッジファンドが顧客のために稼いだ額(2007-2008年)は200億ドル(1兆6000億円)にも上ると言います。
2008年2月20日。
ベアー・スターンズのCOO(最高執行責任者)兼CFO(最高財務責任者)のモリナロは、ヘッジファンドの大物20数名をランチに招待します。
ベアー・スターンズ本社の役員専用ダイニングルームで、モリナロは20分間にわたり、ベアーの財務状態の改善ぶりを説明し、その後の20分間はヘッジファンド・マネージャーたちからの質問によどみなく答えました。
モリナロはヘッジファンド・マネージャーたちの心をとらえることに成功し、決定的な勝利が目前に迫っていると思いました。
その時、ジョン・ポールソンが手を上げます。
「御社のバランスシートにレベル2資産やレベル3資産がどのくらいあるかご存知ですか?」
「すぐにはわかりませんね」
「だいたいでいいんです」
「推測でものを言いたくないものですから。机に戻れば正確な値をお教えできますが」
「いえ、私がお教えしましょう。2200億ドルです。何が言いたいのかというと、御社の株主資本は140億ドル、レベル2、レベル3資産は2200億ドルです。このような状態では、資産にわずかな動きがあっただけで、株主資本はすっかり消えてなくなってしまいますよ」 (本書350~351頁より)
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本書が読み手を引きつけてやまないのは、この本がジョン・ポールソンという優れた投資家の単なる成功物語を綴ったものではないからです。
実際、本書にはポールソンのほかにも、個性豊かな人物が数多く登場します。
彼らに共通するのは、アメリカ中が住宅ブームに沸く中、「何かがおかしい」と気づいたことです。
たとえばパオロ・ペレグリーニ。イタリア語なまりの英語を話す彼は、2度の結婚に失敗し、45歳にして資産ゼロ、無職となってジョン・ポールソンのもとに転がり込んできます。
あるいはジェフリー・グリーン。金遣いの荒い父親が事業で失敗を繰り返し、夫婦喧嘩が絶えなかった家庭で生まれた彼は、大学生の頃から電話販売員としてアルバイトをはじめ、やがてこの事業(電話販売事業)を自ら手掛けるようになります。
そこで得た資金をもとに不動産業に進出。不動産で成功をおさめ、ハリウッド女優アンジェリーナ・ジョーリーらに家を貸し、オリバー・ストーン監督、マイク・タイソン、パリス・ヒルトンたちと交友を持つに至ります。そして2005年。ガールフレンドとクルーザーに乗り、2か月にわたって世界各地を訪れたジェフリー・グリーンは気が付きます。
「まともじゃない。みんな開発業者になりたがっている。世界中どこへ行っても不動産の話ばかりじゃないか。誰がこんな値段で買うというんだ?」(本書200頁)。
このほかにも不動産市場の異常さに気が付いた人たちが登場します。
アンドリュー・ラーゲ。2006年4月。彼は勤務先の投資会社で解雇され、ワンベッド・ルームの安アパートで暮らしていました。エアコンのない蒸し暑いアパートの自室で彼は自らの名前をつけた「ラーゲ・キャピタル」という会社を設立します。
あるいはマイケル・バリー。早くからCDS(クレジット・ディフォルト・スワップ)に興味を示した彼はもともとは医師でした。彼は2歳になる前から腫瘍のため左目に義眼を取り付けられ、幼年時代をいじめられて過ごした経験を持ちます。
パオロ・ペレグリーニ、ジェフリー・グリーン、アンドリュー・ラーゲ、マイケル・バリーといった多彩な登場人物。
彼らの多くは、大企業や政府機関で出世したり、周囲の人々を発奮させるリーダー的な存在ではありません。
「薄闇の中で机に足を乗せ、何かがおかしいのではないかとじっくり考え、それに備える方法を模索するような」(本書391頁)タイプの人間です。
アンドリュー・ラーゲは2008年10月、自らの会社を閉鎖し、顧客あてに手紙を書きます。
「私が今回成し遂げた成功に対し、心から感謝したい人は大勢います。しかし私は、賞を取ったハリウッド俳優のようなスピーチはしたくはありません。・・・もっとお金を欲しいという人は、純資産を9桁、10桁、11桁と積み上げていけばいいでしょう。しかしそういう人の生活は最悪です。・・・トーマス・ジェファーソンとアダム・スミスが亡くなって以来、この国は尊敬すべき哲学者を輩出していません。少なくとも政治システムの改善に目を向ける哲学者はいません。資本主義は200年もの間機能してきましたが、時代は変わり、システムは腐敗してしまいました・・・」(本書378~379頁)
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私は1977年に大学を卒業してから34年間、ずっと金融の世界に身を置いてきました。
この間、金融に関する数多くの本を読んできました。といっても実のところ、最初の10~20頁を読んでみて、大した内容ではなくて残りは斜め読みにしてしまった本もたくさんあります。
本を読むことで、私は金融に関する様々な世界を知りました(ひとくちに金融といっても本当に広領域にわたっていて自分の経験していない世界もたくさんあります)。そして思索を深めるうえで役立たせてきました。
1998年、私はそれまで21年間勤めてきた興銀を退社し、2003年には外資系投資銀行を辞めましたが、こういった人生の転換期において、それまでの読書で身につけてきたことが、私の決断をうながしてくれたような側面もあったような気がします。
ときおり「金融の世界に身を置くあなたにとって、これまでに一番影響を及ぼした本は何ですか」といった質問を受けることがあります。
私はこれまで、
『野蛮な来訪者』(原題:『Barbarians at the Gate』)
と答えてきたのですが、これからは『史上最大のボロ儲け』(原題:『The Greatest Trade Ever』)と答えるようになると思います。
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最後に本書の著者がペーパーバック版あとがきに記した次の一言が印象的でした。
「(リーマンショックという)金融システムの崩壊を、人為的なミスによるものではなく、起こるべくして起こった自然災害のようなものと説明すればいい。あたかも自分に落ち度はないかのように振る舞い、高報酬の仕事を今までどおり続けている専門家がどれだけいることか。」(本書392頁)
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