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2011年4月10日 (日)

バークシャー・ハサウェイで起きていること

投資家ウォーレン・バフェットは個人資産4兆円強を有し、世界で3番目の金持ちと言われています(『こちら』)。

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彼が運営する投資会社バークシャー・ハサウェイはニューヨーク証券取引所にも上場しており、誰でもこの会社の株を買うことができます

(今では1株1000万円以上します(『こちら』)が、バフェットが最初にスタンフォード大学にゲスト・スピーカーとしてやってきた時はたったの60ドルでした(『こちら』))。

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今年81歳になるバフェットの後継者については、これまでおおよそ3名の名前が上がってきました。

1人は天安門事件の際、学生として天安門広場でデモ隊を組織した経験を持つリ・ルー氏

以下は昨年7月のウォールストリート・ジャーナル紙からの抜粋です(全文は『こちら』)。

       Lilu_3

「リ氏は毛沢東元国家主席による文化大革命が始まった1966年に誕生した。

同氏が9カ月の時、技術者だった父親は「再教育」のため炭鉱に、母親は強制労働収容所に送られたという。

両親は、幾つか家族に金を支払い、リ氏の養育を依頼した。

リ氏が両親と2人の兄弟に再会したのは10歳になる頃という。

リ氏はその後、南京大学に進学し、物理学を学んだ。

89年4月、リ氏は北京の天安門に旅立った。

改革推進派とみなされた胡耀邦元総書記の死を悼むために広場に集っていた学生に会うためだ。

学生は天安門で汚職などに対する抗議活動を行っており、リ氏も学生を組織し、ハンストに加わった。

リ氏は天安門事件の後、ほかの学生とともにフランスに逃れた。

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同年、人権活動家らが同氏を英雄と称えたニューヨークのコロンビア大学で講演するため、米国を訪れた」

2人目は今年40歳となったトッド・コームズ氏。

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昨年10月のウォールストリート・ジャーナル紙によると、

「コームズ氏は、米コネチカット州の小規模ヘッジファンド、キャッスル・ポイント・キャピタルを経営していたが、既に顧客に書簡を送付し、バークシャー移籍のためにファンドを閉鎖する旨を伝えている」

とのことでした(全文は『こちら』)。

そして3人目。デービッド・ソコル氏。

彼は今年3月28日付でバークシャーを辞任すると申し出ており、3人目と言っても、もはや彼が後継となることはありえません。

以下は3月31日付のブルームバーグ・ニュースです(全文は『こちら』)。

「米証券取引委員会(SEC)は、米保険・投資会社バークシャー・ハサウェイの元幹部、デービッド・ソコル氏を調査している。

事情に詳しい関係者1人が明らかにした。

ソコル氏は、潤滑油添加剤最大手の米ルブリゾールの株式を購入していたことを明らかにした後、バークシャーの職を辞任した。・・

SECは、バークシャーがルブリゾール買収を検討しているとの内部情報に基づいて、ソコル氏が株式を購入したかどうか注目している。・・

ソコル氏は米経済ニュース専門局CNBCが31日放送したインタビューで、「間違ったことは何もしていないと思う」と述べた」

     Buffett_sokol

       (バフェットとソコル)

いったい何が起きたのでしょう。

この点について、3月30日付にてバフット氏はバークシャーのウェブサイト上で、以下のようにプレスリリースを公表しています。(以下は抜粋です。全文について『こちら』をご参照ください。なお和訳は私が付けたものです)。

「Late in the day on March 28, I received a letter of resignation from Dave, delivered by his assistant. His reasons were as follows: “As I have mentioned to you in the past, it is my goal to utilize the time remaining in my career to invest my family’s resources in such a way as to create enduring equity value and hopefully an enterprise which will provide opportunity for my descendents and funding for my philanthropic interests. I have no more detailed plan than this because my obligations from Berkshire Hathaway have been my first and only business priority.” I had not asked for his resignation, and it came as a surprise to me.・・

(訳)3月28日の遅くに、私はデイブ・ソコルのアシスタントからデイブの辞表を手渡されました。辞任の理由として辞表には次のように記されていました。

『私があなたに以前言ったように、私の目標は残されたキャリアの時間を使って、家族の資産を持続可能な資本価値、できるならば1つの企業に投資して、私の子孫に機会を提供し、社会慈善活動にも寄与していきたい。私のバークシャーに対する義務は、私にとって唯一のビジネス上のプライオリティであり、私はこれ以上の詳細な計画は持っていません』

私は彼に退任を迫ったことはなく、これは私にとって驚きです。・・

Finally, Dave brought the idea for purchasing Lubrizol to me on either January 14 or 15. Initially, I was unimpressed, but after his report of a January 25 talk with its CEO, James Hambrick, I quickly warmed to the idea. Though the offer to purchase was entirely my decision, supported by Berkshire’s Board on March 13, it would not have occurred without Dave’s early efforts. That brings us to our second set of facts. In our first talk about Lubrizol, Dave mentioned that he owned stock in the company. It was a passing remark and I did not ask him about the date of his purchase or the extent of his holdings. Shortly before I left for Asia on March 19, I learned that Dave first purchased 2,300 shares of Lubrizol on December 14, which he then sold on December 21. Subsequently, on January 5, 6 and 7, he bought 96,060 shares pursuant to a 100,000-share order he had placed with a $104 per share limit price.

(訳)最後に、デイブ・ソコルは1月14または15日に、私にLubrizol社の買収を提案しました。当初私はあまり乗り気でなかったものの、1月25日に彼が相手方CEOJames Hambrickと会った時の報告を受けて、すぐに乗り気に変わりました。

買収のオファーは、3月13日のバークシャー取締役会の支持を受けて、私が下した意思決定ですが、デイブ・ソコルの初期の努力なくしてはありえませんでした。

ここで、2つ目の事実が起こってきます。私とデイブ・ソコルが初めにLubrizolについて話した時、デイブ・ソコルは個人としてLubrizol株を所有していると述べました。これはさらりとした会話の中での話でしたので、私は購入日やどれくらい持分があるのかを尋ねませんでした。

3月19日に私がアジアを訪問する旅に出る少し前に、デイブ・ソコルが個人として最初にLubrizol株を買ったのは(2010年)12月14日の2,300株で、これについては彼は12月21日に売却したということを知りました。次いで彼は$104での100,000株の指値注文によって1月5、6、7日に計96,060株を購入したということを知りました。

Dave’s purchases were made before he had discussed Lubrizol with me and with no knowledge of how I might react to his idea. In addition, of course, he did not know what Lubrizol’s reaction would be if I developed an interest. Furthermore, he knew he would have no voice in Berkshire’s decision once he suggested the idea; it would be up to me and Charlie Munger, subject to ratification by the Berkshire Board of which Dave is not a member. As late as January 24, I sent Dave a short note indicating my skepticism about making an offer for Lubrizol and my preference for another substantial acquisition for which MidAmerican had made a bid. Only after Dave reported on the January 25 dinner conversation with James Hambrick did I get interested in the acquisition of Lubrizol. Neither Dave nor I feel his Lubrizol purchases were in any way unlawful. He has told me that they were not a factor in his decision to resign.

(訳)デイブ・ソコルによるLubrizol株の購入は、彼が私とLubrizolについて検討する前に、私が彼の案にどう反応するかを知らずになされたものです。さらに、もちろんのこと、私が仮に興味を持ったとしても、Lubrizolがどのように反応するかも彼は知りませんでした。

さらに、彼が提案したLubrizol買収については、彼がバークシャーの意思決定には関与できないことも彼は知っていました。

意思決定はまず私とCharlie Mungerが行うものであり、それをバークシャー取締役会が承認するというかたちで行われます。デイブ・ソコルはバークシャー取締役会のメンバーではありません。

遅くとも1月24日には私はデイブ・ソコルに、Lubrizol買収について懐疑的であること、MidAmericanが買収を仕掛けたもう1つの大口案件の方に興味があることを短いメモにして知らせました。

私がLubrizol買収に興味を持ったのは、デイブ・ソコルが1月25日のJames Hambrickとの夕食を報告してからです。

デイブ・ソコルも私も、デイブ・ソコルのLubrizol株の購入が全く法に触れるとは考えていません。彼は、それ(Lubrizol株の購入)がバークシャー退社を決定する上での要因となってはいないと私に語っています。

はたしてソコル氏によるLubrizol株の購入は何らかの違法性を伴うものなのかどうか、ここでは「そうではない」と主張するコメンテーターのコメントを紹介しましょう。『こちら』です。

ただ興銀時代も投資銀行時代も私は上司から言われ続けたことがあります。

一言でいうと「疑われるようなことはするな」ということで、

興銀の審査部時代は審査している会社の株はもちろんのこと、同じ業界の株も売買するなと言われました。

営業部時代も担当している会社の株はもちろんのこと、同じ業界の株も売買するなと言われました。

会社としては別途細かい規則を設けていましたが、たとえその規則に違反しなくても「疑われうるようなことはしない」というのは、ひとつの知恵であったように思います。

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