臨済宗神宮寺住職高橋卓志さんの話
敬老の日です。
9月16日に発表された総務省のデータによると、日本の65歳以上の人口は2980万人で総人口の23.3%を占めるとのこと(『こちら』)。
ところで、総務省は65歳以上を『高齢者』と呼んでいますが、平均余命が長くなってきた昨今、65歳以上が高齢者というのはやや違和感を感じてしまう人も多いかもしれません。
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さて話は変わりますが、先ほど読み終えた本が、
全体が8章に分かれ、仏教の章、キリスト教の章、イスラム教の章といった形に章立てされています。
そして各章ごとに池上さんがそれぞれの分野の識者と対談するという形式。
新書版で買いやすいし(値段的にも)、池上さんなので読みやすそうだと思って買ったのが、実は 8月上旬。
たしかに読みやすく書かれているのですが、内容が内容だけに含蓄ある言葉や文章も多く、結局読み終わるまでに1か月半くらいかかってしまいました。(その間、何冊か別の本を読んでいました)。
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たとえば第4章「仏教がわかる!②」に出てくる高橋卓志臨済宗神宮寺住職の話。
高橋さんが、慰霊行として西部ニューギニアのビアク島を訪れた時のことを語ります。
「島にはかつて日本兵が隠れて戦っていた洞窟がいくつもありました。
最初に入った洞窟は、千人以上の方々が米軍の攻撃を受けて一気に焼き殺されたという場所でした。私の足元にも遺骨があったのです。
戦争を知らず、高度経済成長のど真ん中で、日々の快適さを享受し、いのちの意味や人間の苦しみなど深く考えたことがなかった当時の私の足下に、家族や愛する人々を想いながら、苦しみの極みの中で息絶えた兵士たちの遺骨があったのです。
それを私は踏んでいました。身体中を戦慄が走り、立っていることがやっとでした。
震える声でお経を誦み始めたそのとき、私の後ろで同行されたご遺族の方の泣き声が聞こえました。
そしてそれは次第に号泣に変わり、そしてその方はそのまま泥水に身を屈し、泣き崩れたのです。
その方の夫は結婚後三カ月で出征し、戦後、ビアク島で戦死、という公報を受けたといいます。
散在する遺骨の中に三十三年前に出征した夫がいる。
思い出の中でしか会うことができなかった夫にいまめぐり合ったのです。しかもすさまじい死が訪れたであろう現場で、です。
それとともに、戦後をひとりで生き抜いてきた苦労が、一気に脳裏に映し出されたのでしょう。
その号泣を聞きながら私は、お経を誦むことができませんでした」
【ご参考】厚生労働省のホームページに『平和への想い~戦没者遺族、慰霊の旅~』のページがリンクされています(『こちら』)。そこに遺骨収集のためビアク島の西洞窟に向う作業隊員の写真が載っていました(下記)。
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國學院大学前学長の安蘇谷正彦さんと神道について対談(第6章「神道がわかる!」)した後の池上さんの感想は、
「死んだら人はどうなるのか。国学者でも人によって主張が違うという説明には驚きました。
『神道というのは寛大な宗教ですから、教えを統一するということがない』そうです。
いろいろな宗教に対して寛容な日本人。
神道は、まさに寛容な日本人にふさわしい宗教なのかも知れません」
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2001年のインドネシア「味の素」騒動の記述もありました。
「イスラム教徒が多いインドネシアで、「味の素」の製造過程で豚の内臓に由来する酵素が使われていたとわかって、日系企業「インドネシア味の素」で働いていた日本人の社長や社員たちが逮捕されたほどでした。
後にインドネシア政府が、最終製品の「味の素」に豚の成分は含まれないと判断して釈放されたのですが、イスラム教徒はそれだけ豚肉を嫌っているわけですね」
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最終章(第8章)の池上さんと解剖学者養老孟司さんの対談も興味深く読めます。
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