高橋洋一の『「借金1000兆円」に騙されるな!』
昨日に続きブックレビューになってしまいますが、高橋洋一の『「借金1000兆円」に騙されるな!』を読みました。
著者の高橋さんは政策研究で博士号を取り、小泉内閣、安倍内閣で要職に就いていた方です。大蔵省からプリンストン大学に派遣された際、バーナンキ(現FRB議長)と親交を持ち、多くを学んだと言います。
実は私がスタンフォードのビジネススクールに留学(1978-1980)した際にもバーナンキがスタンフォードで教えていました。
ただ当時 私は大恐慌を教える彼には興味は無くて、ポートフォリオ理論のシャープ教授(のちにノーベル賞)やファンダメンタルズ派のマクドナルド教授のゼミや講座を取っていました。
話はそれてしまいましたが、高橋さんがこの本で言っていることと、私が日ごろブログや著作・講演などで言っていることは、立場がまったく違うにもかかわらずかなり重なり合います。
高橋さんは政策研究の専門家なり経済学部教授としての立場から自説を展開しているの比し、私はあくまで投資の世界で日ごろ市場を相手にしながら肌で感じたことを文章にしたり、言葉にしているに過ぎません。
ただ多くの点で言っていることがオーバーラップ(重なる)します。
(1)拙著『自分年金をつくる』をお読みなった方にはお分かり頂けると思いますが、私は「日本は国家破綻する」とか「国債が暴落する」「ハイパーインフレがやってくる」といった説には組みしません。
むしろそういった脅しにのって海外不動産投資をしたり、外貨預金をしたりすると「火傷をしますよ」といった話をしてきました。
高橋さんの本は投資家目線で書かれたものではありませんが、「日本は国家破綻する」とか「国債が暴落する」「ハイパーインフレがやってくる」といったことは 「ない」 と主張しています。
(2)高橋さんが上記著作で述べているCDSについてもこのブログで何度も説明してきました(『こちら』や『こちら』)。
(3)格付け機関による格付けは参考程度にはなるけれども、実はあまりあてにならない。このことについても高橋さんは触れていますが、私も拙著「リーマン恐慌」などで書いてきました。
リーマンが破綻する1週間前でもS&Pは新日鐵や日立よりもリーマンの方が安全性が高いとして「シングルAフラット」の長期債格付けを付与していたのです。
* * * *
ということで、私としては高橋さんのこの本の主張に85%くらい賛成(50%の賛成と35%くらいの「恐らくはそうなのだろうな」という消極的賛成もしくは中立)が出来ました。そして、そういったことも手伝ってか、この本はあっという間に読めてしまいました。
85%の残りの部分、すなわちあとの15%は何かというと、たとえば自殺者数の議論。「川を上り、海を渡れ」(歴史を遡り、海外事情も調べよ)と高橋さんが主張する割には、たとえばギリシャやイタリアが実は自殺する人の率が少ないことなどが触れられていません(『こちら』の議論を参照。各国の自殺者数の多寡は必ずしも経済という切り口では説明できないようにも思えます)。
まぁ、この辺は議論の本筋ではないのですが・・。
以下、青字部分は高橋さんの本からの引用。
「現在金利1%の国債が、5%になったとすると、3割ほど価格が下落することになる。これは「暴落」と呼ぶべきなのだろうか」
金利上昇が国債価格に与える影響についてはこのブログでも触れました(『こちら』)。
高橋さんはこの話をさらに進めて次のように論じています。
「そもそもは・・(銀行は)民間に資金需要がないからこそひたすら国債を買い続けていた・・。もし名目成長率5%の世の中になれば、新しいビジネスを始める人が続出するから、やがて7%で貸せるようになる・・そのほうが・・よほど健全だと思う。」
* * * *
高橋さんの本はこれまでに5冊ほど読みました(このうち3~4冊はこのブログでも紹介してきたと思います)が、私としては 「この本」 と 「さらば財務省!」 がお勧めです。
* * * *
最後に一つだけ付け加えます。
投資の世界では結果がすべて。
ひとつの考えに固まることなく、全く違った、別の意見にもよく目を通しておくことで柔軟性をもってマーケットと対峙できるようになります。
高橋さんとまったく違った結論を出しているのは、
たとえば明治大学で教えておられる木村哲さんの論文(「財政破綻リスク分析モデルの研究」 2012.1.13 日本価値創造ERM 学会大会(『こちら』)。
木村さんは高橋さんと同じように理系出身の学者です(私にとっては興銀の先輩にあたります)。
木村さんの論文では、基本ケースシナリオを作成し、このシナリオ下で財政破綻に向かう確率はかなり高い(消費税15%でも財政破綻確率20~30%)としています。
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コメント
ケインズは、財政赤字を嫌っていたそうです。代金を払わずに物を買うことは出来ないという単純な話をケインズは忘れてはいなかったということだと思います。そんな観点から、いわゆる経済的な観点だけでなく財政的な観点を忘れてはならないと考えています。それは、経済学的には、コトリコフといった学者が提唱している世代会計の議論になります。経済学が国民の福利厚生を向上させることを目的としている学問だと考えるとき、投資家の視点からだけでなく、納税者の視点からの分析も必要だと言えましょう。その観点から、若干のコメントを送らせていただきます。
3月30日、税制抜本改革法案の閣議決定に際しての記者会見で野田総理は、社会保障の負担について「これまでは現役世代中心の負担、その根幹は保険料であったり所得税であったり、それでは足りなくて、将来の世代のポケットに手を突っ込んで赤字国債を発行しながら今の社会保障を支えているという、そのいびつな構造が続いてまいりました」と述べています。
この点について、成長率と金利が等しいという単純な前提の下で、過去20年間の日本の実績を振り返ってみます。実は、昨年の我が国のGDPは473兆円で20年前のGDPと同じでした。そして、この間に、国の債務残高は500兆円増えています。平均して毎年25兆円ずつ借金が増えてきたのです。その借金は、成長率と金利が等しいという前提の下では、今後、減ることは無いので、将来世代がそのまま返済しなければならないということになります。返済の財源としては、歳出削減も考えられますが、高齢化が進む中で、この20年間に歳出が70.3兆円から92.4兆円と増えこそすれ減っていない状況が基本的に変わらないとすれば、返済の財源としては増税しか考えられないということになります。
とすれば、それは、社会保障がこれから騎馬戦型から肩車型になっていく中で、肩車の担ぎ手になる将来世代に毎年25兆円ずつ増税を行ってきたのと同じ話になります。25兆円といえば、消費税の12%に相当しています。そのような形で、将来世代のポケットに手を突っ込んできたのがこれまでの実態。実は、プライマリー・バランスの赤字とは、その分だけ将来世代に増税しているとも言えるのです。
現在、政府は、5%の消費税を増税したときに、社会保障の充実に充てられるのが1%分で、4%分は社会保障制度の安定化に充てるとしていますが、実は、その4%分も過去のある時期からの現役世代の社会保障の充実を借金で行ってきたもの。つまり、将来世代のポケットに手を突っ込んで行ってきたものです。プライマリー・バランスを2015年までに半減していくということは、その将来世代のポケットへの手の突っ込み方を半分にしていこう。その分、現に受益を受けている現役世代のポケットから出すようにしていこうということです。
将来世代のポケットに手を突っ込み続けても、それを国民が許容している限りは、「日本は国家破綻する」とか「国債が暴落する」「ハイパーインフレがやってくる」といったことは「ない」といっていいでしょう。しかしながら、それが持続可能でないと認識された時に起こるのは、かつての英国の経済・財政危機と考えられます。なお、ギリシャ危機も同じですが、ユーロに無理に参加したということで人為的に誘発された面があります。
投稿: 松元崇 | 2012年4月15日 (日) 07時13分
松元様
コメントありがとうございます。
(1)日本が高度経済成長期のまっただ中にあった1960年。この年、日本の経済成長率は12.0%を記録しました。このときの日本では生産年齢人口(15歳から64歳)の11人で1人の高齢者(65歳以上)を支えていました。これがいまから43年後の2055年、日本の高齢化率(65歳以上の人口の比率)は40%前後になると予想されています。生産年齢人口1.3人で高齢者1人を支えていかなければなりません。
(2)日本の人口構造が将来このような形で変化していくことは実はかなり以前から分かっていたことで、政府が本来行うべきであったのは、将来像を示し、国民に選択肢を提示すべきであったように思います。にもかかわらず2004年の年金改革では基礎年金の国庫負担割合を3分の1から2分の1へ引き上げることが決められてしまいました。
(3)目を外に向けると、たとえば米国に住むAさんが「腹痛をおこし救急車を呼んで1泊検査入院したら80万円の請求書がきた」と言っていました。日本では救急車を呼んでもただですが、いったいどこまで国民の負担のもとに国が面倒を見なくてはいけないのか、適正なレベルの社会保障(=国民負担)とは何かが議論されていかなくてはならないと思います。
(4)日本国憲法は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定していますが、憲法起草者は全人口の3割とか4割とかが65歳以上になっていく社会を想定していなかったのではないでしょうか。これから先の人口構造の変化に伴って発生する社会保障負担増を考えれば、いま行うべきは社会保障の「充実」や「安定化」ではなくて、むしろ「その逆」、高齢者が受け取る年金受給額の一部カット、年金支給年齢の引き上げといった痛みを伴うものであるように思います。(この辺は、どういった規模の政府を望むのかという国民の選択の問題でもあるのですが・・)。
(5)いくら社会保障を充実させても、そのお金はなかなかパイ全体の成長のためには回っていきません。世帯主が60歳以上の世帯が日本の家計部門の貯蓄(ネットベース金融資産)の8割を握るといった現状のような歪な配分のもとでは消費も活性化しません。
(6)なおブルームバーグによると4月13日現在の日本国債のCDS Spreadは100 BP(1.00%)。ポルトガル 1,092 BP (10.92%)、アルゼンチン 912 BP、 イタリア427 BP、スペイン 481 BP、米国 29 BP、英国 65 BP。
日本国債がdefault する可能性がこれから先、もっと高くなると思う投資家は、100 BP でポジションを作っておいて、仮に125 BP になったときに、それを戻せば(unwind すれば)それで儲けることが出来ます。一部マスコミが「海外ヘッジファンドが(日本国債の)売りを仕掛けた」と伝えたりしますが、スプレッドが100 から125になると思って仕掛けるヘッジファンドもいれば(マーケットの常ですが)そのまったく逆の取引をするファンドもいます。その結果が現在100 BP で均衡しているということです。フランス 187 BP、ベルギー 252 BP、オーストリア 162 BP ですから、日本の100 BP はそれほど騒ぐに値しません。
(7)なおギリシャは過去200年間のうち50%以上の期間(100年間以上)がデフォルトもしくはリスケジューリングの期間にあったと言います(ラインハートほか「国家は破綻する」)。そういった国をユーロに迎え入れたことが今回の欧州危機の始まりだと思っています。
投稿: 岩崎 | 2012年4月15日 (日) 12時54分