最近公的年金に関する論争が目につくようになりました。
ポイントは(1)公的年金制度はこのままいけば破綻するのかどうか(2)世代間の不公平は存在するのか、存在するとした場合、それは容認できるのかといった2点に帰着すると思われます。
政府部内でも省庁によって見方が違うようです。
今年1月に内閣府の経済社会総合研究所が発表した試算では、国民年金や厚生年金などの公的年金を「もらえる額」から「支払った額」を差し引いた「生涯収支」を世代間で比較。
これによると1955年生まれ(57歳)世代以上で収支がプラスになる半面、それ以下の世代で収支がマイナスになり、若い世代ほど不利になる結果となりました(詳しくは『こちら』の原典をご覧ください)。
(図の上でクリックすると大きくなります)
これに対して厚労省は4月24日に開かれた社会保障審議会(厚労相の諮問機関)年金部会で「現役世代の生活水準の向上などの要素も世代間の比較では考慮すべきだ」と強調。
内閣府経済社会総合研究所試算に用いた保険料や受取額を現在の価値に引き戻す際の指標にも疑問を示したとのことです(詳しくは『こちら』の記事をどうぞ)。
さて冒頭の(1)と(2)の対立点をひじょうに分かりやすく提示してくれているのが『日本でいちばん簡単な年金の本』。
第4章で朝日新聞の太田啓之記者と学習院大学の鈴木亘教授にそれぞれインタビューをして、2つのまったく異なる見解を載せています(ほんとうは2人が対談する形式にした方が面白かったのでしょうが・・・)
ちなみにこの『日本でいちばん簡単な年金の本』。題名どおりひじょうに分かりやすく書かれている良書です。
週刊誌大サイズのムックですので見やすく、各項目が見開きの頁でまとまっていますので、事典的に使うことができて、私は重宝しています。
さて論点の(1)。
鈴木教授によれば(注:『日本でいちばん簡単な年金の本』第4章より抜粋)、
「国民年金と厚生年金の積立金の合計額は、06年には149.1兆円」
それが「2012年度初めには109.1兆円まで減る」
「このペースで取り崩していけば、単純計算では2025年に積立金はゼロになってしまう」
(日本経済が名目で2%程度で成長して、インフレも1%ほどになった場合)「この前提で試算しても、厚生年金の積立金は2033年、国民年金の積立金は2037年に枯渇してしま」う
これに対して太田記者。
「鈴木氏が予測の主な根拠とする07~10年度は、・・運用環境が最悪だった時期だ」(週刊文春4月26日号『年金「大誤報」にダマされるな』)
「「年金破綻」は、日本そのものの破綻。そうならないように、どうやってやりくりするか、という問題設定以外、本来ならありえません」(『日本でいちばん簡単な年金の本』第4章)
次に論点の(2)。
鈴木教授によれば、公的年金の「世代別損得計算」をしてみると、1940年生まれと2010年生まれの差額は、5,460万円から 5,930万円(鈴木亘著「年金は本当にもらえるのか」56頁)。
これに対して太田記者は「世代間格差を縮めるとすれば、高齢者の年金を、彼らが生活できないくらいに削り取ることにな」ると反論(『日本でいちばん簡単な年金の本』第4章)。
一方鈴木教授は、貧しい高齢者に関しては低所得者対策として「また別途やる」との立場。「全体としての対策と、低所得者への対策は分けて考えなければいけない」と主張しています(『日本でいちばん簡単な年金の本』第4章)。
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2人はそもそも世界観が違うように思います。
太田記者によれば、
「年金制度は、現役世代みんなで力を合わせて生産した経済のパイの一部を、働けなくなった高齢者に、年金という形で分け与える、「世代間の仕送り」です。核家族化が進み、家族による高齢者の扶助が難しくなり、社会扶助に移行してくる中で要請された、という歴史的な経緯もあります」(前掲書4章)
さらに、
「現在年金の給付を受けているお年寄りが若かった頃はまだ様々な社会基盤も整備されていませんでしたし、今よりエンゲル係数も高かった。そうした社会状況の中で、自分の保険料を払い続けながら親の扶養もするという「二重の負担」を払ってきた彼らと、私たち現役世代、どちらがより「生活の苦しさ」、が大きかったでしょうか?」(前掲書4章)
となります。
これに対して鈴木教授は、
現存する5460万円から5930万円もあるという世代間格差が「たとえ、世代間の助け合いという理念の下の制度であったとしても、本当に許容されるべきものなのでしょうか」(「年金は本当にもらえるのか」60頁)と疑問を呈します。
そして、
「世界最速で」進む日本の少子高齢化のもとで、現役世代が高齢者を支えるという方式では、2023年(今から11年後)には「2人の現役で1人の高齢者を支える時代に突入して」しまうと警鐘を鳴らします(「年金は本当にもらえるのか」51頁)。
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以上、2つの異なった見方をご紹介しました。
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ところで、日本の金融資産(借金控除後のネットベース)の8割は「60歳以上が世帯主の世帯」が握ります(『こちら』)。
いまの若い世代がいかに社会インフラの恩恵を受けているとはいえ、派遣で給与も増えず、結婚しても子供も作れないという人も少なくありません。
若い世代が将来に希望を持てる社会 ― こうした社会を構築していかないことには、社会全体から活力が消えていって、「守り」の社会になっていってしまうことが懸念されます。
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ただでさえシロウトには分かりにくい年金。
しかしながらあと40年もすれば全国民の約4割が65歳以上になります(『こちら』)。
公的年金に関する論争が切っ掛けとなって、われわれの年金に対する理解が一段と深まるとすれば、結構なことだと思います。