モーラル・アウトレイジ
東日本大震災から明日でちょうど1年半になります。
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先週日経CNBC「日経ヴェリタストーク」に出演しましたが、番組収録後、キャスターの方から「岩崎さんはどこからいろいろな情報を仕入れているのですか」との質問を受けました。
先週の番組で話した内容の多くは、たまたま来日していたシリコンバレーの人との話とか、先月アメリカに行った時に会った人たちとの話がベースになっています。
もちろん人から聞いた話をそのままテレビで話すわけにはいかないので、信憑性については国際機関や各国政府、中央銀行のウェブサイト、学術論文などでチェックします。(シェールガスの話については結構たくさん論文を読みました)。
もう一つ。海外のメディアにもよく目を通しています。
正確な情報をいち早く入手するのは投資の世界にいる人間にとっては極めて重要なこと。
そして残念なのですが、日本のメディアからの情報だけでは十分でないことも多いのです。
たとえば少し前の話ですがオリンパス事件。
日本の雑誌FACTAの報道や解任された英国人社長の話を受け、ブルームバーグやウォール・ストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズなどの海外メディアがオリンパスによって支払われた数百億円にも上るM&A手数料をおかしい(不当に高い)と盛んに報じました。
私は海外メディアの報道を受け、自分でもオリンパスの有価証券報告書を調べ、ブログで10月19日から何度もこの問題を取り上げました。
M&Aの世界にいた人であれば、2,600億円程度の買収に対して 687億円もの手数料を支払うことが、「あり得ない」ことは誰にでも分かる話です。
海外では盛んに報じられているのに、当初は日本の大手新聞は、オリンパスの経営陣の発表を報道するのみで、なかなかこの問題を取り上げませんでした。
日経新聞は新聞社の先輩の方がオリンパスの社外取締役に入っていましたし、世界経営者セミナーに当時の菊川代表取締役会長兼社長をスピーカーとして招いていた(それも「コーポレイト・ガバナンス」について話す予定だった)ので、オリンパスの問題を取り上げにくかったといった事情があったのかもしれません。
しかし朝日にしても毎日にしてもこの問題を正面から取り上げようとしなかったのは不思議でした。
唯一NHKの記者だけが私のブログを見て連絡してきました。私はNHKのニュース・ウォッチ9に出演して、「オリンパスが支払ったM&A手数料の水準はあり得ない水準である」と番組で話しました。(この辺の経緯はすべて昨年10~11月の私のブログに記してあります)。
日本の大手新聞がオリンパスの件を大々的に報じ始めたのはこれよりもずっと後、具体的には会社が損失隠しを認めた後からです。
日本のメディア報道だけをベースに株の売買を行う個人投資家は海外勢に比べて不利な状況に置かれてしまうという一例です。(10月13日には2,482円を付けていたオリンパスの株価が11月11日には5分の1以下、460円にまで下落しました)。
このように日本のメディアがなかなか問題に切り込めず、当局や会社の発表をベースに報道するという姿勢は、海外メディアの関係者にはなかなか理解できないのかもしれません。
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以下は最近読んだニューヨーク・タイムズ東京支局長、ファクラー氏の本の一節です。
「2003年、・・・みずほ銀行のこうした現状について、私は・・ウォール・ストリート・ジャーナルにかなり批判的な記事を書いた。
これに、みずほフィナンシャルグループの広報担当者は激怒した。
彼は毎日のように私に電話をかけてきて、詰問口調であれこれ質問をぶつけてきた。
さらに、『ウォール・ストリート・ジャーナルから広告を全部引き上げる』と脅された。
ウォール・ストリート・ジャーナルの上司にその話をしたところ、
『そうか。だったら広告なんてやめても構わないよ』と言って、
『ハッハッハッ!』と高笑いしてくれた」(104~105頁)
実はこのように、日本では通用するかもしれないけれど米国ではあまり通用しない話というのは、たくさんあります。
私の経験でも、外資系の投資銀行にいた時、銀行株のアナリストが書くレポートの内容が銀行にとって批判的だから、お宅には一切ビジネスを発注しないと言われたことがありました。
当時、私は金融機関を担当していなかったにもかかわらず、ある銀行の常務に呼び出されて、「そのように君たちの会社の上層部に伝えておいてくれ」と言われたのです。
しかし株価アナリストが公正なスタンスを曲げれば、株式部の顧客であるところの機関投資家に迷惑をかけてしまうことになるので、投資銀行は通常、このような圧力には屈しません。
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ところでファクラー氏のこの本を読むまで、私はニューヨーク・タイムズ東京支局による「3・11に関する調査報道」が、ピュリッツアー賞国際報道部門のファイナリストに選ばれていたことを知りませんでした。
氏はこの本で「メディアが権力を批判し・・なければ、健全な民主主義は絶対に生まれない」と記しています。
そして良いジャーナリストとは「a sense of moral outrage」を持つものだとして、日本の現状を「一番の被害者は、日本の民主主義そのものだ」と憂いています。
『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』と、タイトルはややセンセーショナルですが、いたって真面目な本だと思いました。
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東日本大震災から1年半。
はたして日本のメディアに変化があったのでしょうか。
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