キンキナトゥス(その2)
もろ刃のやいば、とでも言うのでしょうか。
インターネットは、ときにアラブの春でそうであったように、民衆が独裁者を倒すうえで力を発揮します。
と同時に、国家が国民を監視する上での有効な道具にもなり得ます。
5年前になりますが、2009年、野口悠紀雄さんは雑誌のインタビューに応じて、次のように発言していました(『こちら』)。
『私が以前、Gmailを使えなかった理由も「私のプライバシーがグーグルに知られてしまう」ことに対する恐怖心、グーグル・フォビア(恐怖心)があったからです。
それは多くの人が持っています。
今でも、IT専門家ほどGmailを使いませんね』
野口さん自身はそういった恐れは合理的でないと考え、Gmailを使うようになったと言いますが、「しかし」です。
スノーデン氏の著書『暴露:スノーデンが私に託したファイル』(原題:NO PLACE TO HIDE)を読むと、グーグルだろうとヤフーだろうと、フェイスブックだろうと、われわれがネット空間で行うメール、検索、通話などはほとんどが米NSAやCIAに筒抜けになっていることが分かります。
その手口は広範。
外国諜報活動監視裁判所による命令などを使って、グーグル、ヤフー、フェイスブック、ベライゾンなどのインターネットや通信大手各社に協力要請を行う(本書172頁ほか)にとどまりません。
シスコ製のルーターやサーバーに不正工作を仕掛け、大量のインターネット・トラフィックをNSAのデーターベースに送信させている(本書225頁)と言いますから、まさに本書の原題のとおり、NO PLACE TO HIDE。
われわれとしてはネットを使う限り、米政府の監視から隠れようがありません。
それにしてもスノーデン氏は「自分がやった」という足跡をいっさい残すことなく不法情報活動の証拠を持ち出すことも可能でした。
それだけのネット技術を彼は持っていました……
にもかかわらず、彼は何故あえて「自分がやった」という足跡を残したのでしょうか。
政府に捕まれば終身刑に処せられる、あるいはグアンタナモ収容キャンプに送られ拷問されるかもしれないというのに……
理由は本書に書いてありますので、ぜひ読んでいただきたいのですが、ここでは彼の次の言葉を記しておきます。
『私は自分の行動によって、自分が苦しみを味わわざるをえないことを理解しています。
これらの情報を公開することが、私の人生の終焉を意味していることも。
しかし、愛するこの世界を支配している国家の秘密法、不適切な看過、抗えないほど強力な行政権といったものが、たった一瞬であれ白日の下にさらされるのであれば、それで満足です』(本書132頁)。
NSAやCIAに勤務していた時、スノーデン氏は上級サイバー工作員となり、国防情報局でサイバー防諜の講師を務めるまでになりました。
彼が教えた相手の多くは彼よりも年上で、有名大学出だったといいますが、彼自身は大学はおろか高校も出ていません。
高校を中退後、スノーデン氏は「自由の為の戦い」を望んで、当時勃発していたイラク戦争への派遣を自ら志願。
訓練中に両脚を骨折し除隊。
その後19歳のときにマイクロソフト認定システムエンジニアとなり、国家安全保障局(NSA)からスカウトを受け、メリーランド大学言語研究センターの警備任務に配属されます。
そしてシステム関係で才能を発揮していったと言います。
スノーデン氏は「われわれ自身が自らの行動を通して人生に意味を与え、物語を紡いでいく」ことを教訓としていたと言います。
彼はこのことを自らが熱中していたビデオ・ゲームの世界で学んだとのこと。
彼いわく、
『ゲームの主人公というのは、えてして普通の人間ですが、大きな力を持つ巨悪に立ち向かうことになります。
恐怖に怯えて逃げるか、信念のために戦うかを選ぶことになるのです。
そして、正義のために立ち上がった一見普通の人間が、恐るべき敵にさえ勝利できる。
これは歴史を見ても明らかです』
今年1月、スノーデン氏は、ノルウェーのボード・ソールエル元環境大臣からノーベル平和賞候補に推薦されました(『こちら』)。
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