フランスへ転校したAさんの子が0点をとった理由
福原正大著『世界のエリートはなぜ哲学を学ぶのか?』からの一節。
以下は、著者、福原さんが、友人である日本人とフランス人のカップル(夫婦)から聞いた話とのこと。
この夫妻は日本からフランスに移り住むことになり、小学校6年の娘さんはフランスの小学校に転校。
転校先の小学校の歴史テストで、「第二次世界大戦とはなにか」との出題がありました。
娘さんの答えは、「日本、ドイツ、イタリアとアメリカ、ソ連、フランスなどが戦った世界規模の戦争で1945年に終戦」。
この答えが0点とされ、母親が「なぜ0点なのか」と抗議にいくと、担任の先生にこう言われたのだとか・・。
「この解答には彼女の考え方が1つも入っていない」
日本人の私にはちょっと納得できないところですが、福原さんいわく、
「生徒それぞれの意見を求めるフランスの教育の尺度からすると、彼女の解答はなにも答えていないに等しいと評価されたのです」(前掲書47頁)。
この本には「ところ変われば教育に対する考え方も変わる」として、様々な例が出てきますが、読んでいて、アメリカの高校にAFS留学していたときのことを思い出しました。
もう40年以上も前の話ですが、テストの解答が採点されて戻ってきた後、クラスメートの多くが、先生のところに交渉に行っていたのです。
「自分はこういうつもりで書いたのに0点はひどいじゃないか。少なくとも半分の点数(a half credit)はくれるべき」
この種の光景をたくさん目撃した私は、自分も権利主張しないと損すると考え、しばらくすると先生のところに交渉に行くようになりました。
その結果、意外とすんなりと半分の点数くらいはもらえたのを思い出します。
それともう一つ思い出したのは、ファーストネームで生徒に呼ばれる先生も多かったこと(一方、体育の先生は軍隊式で厳しく、生徒たちはみんなMr. で呼んでいました)。
福原さんの本の内容からそれてしまいましたが、国によっていろいろと違いがあることを思い出しました。
| 固定リンク



コメント