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2015年11月11日 (水)

デービッド・アトキンソンの「新・観光立国論」

今年の6月。ほぼ同じような時期にまったく同じ名前の本が出版されました(おそらくは偶然でしょう)。

したがって間違えないよう注意が必要ですが、アトキンソンさんのこの本は面白い!

買う前に見たアマゾン掲載の読者書評がまず目を引きました。

「アトキンソン氏がゴールドマンの金融アナリストだった時に、私は銀行の企画部門でIRを担当していたのですが、銀行の幹部が日本の大手銀行は4つで良いと書いたアトキンソン氏の分析に激怒して、ゴールドマンの幹部に猛烈に抗議していたのを思い出しました」

本書の内容とはずれてしまいますが、実は私も似たような経験をしたことがあります。

(注) 私はゴールドマンにいたことはなく、別の投資銀行でした。また担当もFIG(金融法人)ではなくTMT(Telecommunications、Media、Technology)を中心とする事業会社だったのですが、にもかかわらず、日本の大手銀行に呼び出されて「お宅のアナリストはけしからん」と叱られました。

さて、本書が面白いのは、優秀なアナリストとしてのアトキンソンさんの分析がベースになっているからです。

アナリストの基本は、「何が大切で、逆に何が枝葉末節であるか」を見極める力。

たとえば「日立が優秀な冷蔵庫を開発したので、日立の株は買いだ」というアナリスト・レポートがあったとします。

これはアナリスト・レポートとして優秀と言えるでしょうか。

数字を見てみましょう。

日本の冷蔵庫の国内出荷台数は約450万台。

仮に日立が30%のシェアを取って、1台あたり平均10万円の営業利益を上げたとしても(どちらも、ちょっとあり得ない超甘めの想定ですが)、この分の営業利益は450億円。

日立全体の営業利益6,000億円の7.5%に過ぎません。

そもそも日立の場合、家電は産業用空調システムなどと共に「生活・エコシステム」というセグメントに属するのですが、このセグメントは会社全体の4.4%の営業利益を上げるに過ぎません。

つまり優秀な冷蔵庫を開発することは重要ですが、それが株価にどの程度のインパクトがあるのかを見極める目が重要になってくるのです。

そういったアナリストの目をもってして、アトキンソンさんは日本の常識が必ずしも世界の観光客の常識ではないことを指摘していきます。

たとえば日本人のマナーが良いのが観光資源になるとの主張について、アトキンソンさんはこう言います。

「わざわざ海外に行って、異国のマナーをチェックしようという物好きな人などほとんどいません。 

これも食事でたとえるなら、「漬け物」です。 

ひと口ふた口ならばみなおいしいと喜びます。 

たしかに主食はすすみます。 

ですが、あくまで漬け物は漬け物。 

主菜でも副菜でもないのです」

おなじような観点から「おもてなし」についてもアトキンソンさんは論考を深めていきます(本書の第4章(99~131頁)はまるまるこの点について語られています)。

この本でもうひとつ面白いのは、一泊400万~900万円の超富裕層向け高級ホテルが日本にはないが、必要であるとの主張。

たしかにジュネーブのプレジデント・ウィルソン・ホテル(PW)のロイヤル・ペントハウスのスイートは1泊65,000ドル~80,000ドル(8.0百万円~9.8百万円)。

東京リッツのザ・リッツカールトン・スイートが300㎡なの比し、PWは1,670㎡。

12の寝室と浴室を擁するスイートなので、このくらいの値段でも不思議ではありません(窓ガラスは防弾になっているとのことで、なんだかゴルゴ13に出てきそうです)。

アマンのリゾートの中には、プライベートのスイミング・プールを持つスイートもあったりして(こちらも1泊6.0百万円くらい)、世界にはこういったところに泊る超富裕層がいるのも事実です。

これら超富裕層を取りこぼしている日本の現状はもったいないと主張するアトキンソンさん。

一昨日初会合を迎えた政府の観光ビジョン構想会議(議長は安倍首相)のメンバーでもあります。

活躍を期待します。

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