26年前の戦争
26年前の1992年。
あなたは何をしていたでしょうか。
まだ生まれていなかったという人もいるかもしれません。
私は、日本興業銀行という銀行の審査部で5年目の勤務を迎えていました。
そしてその年の6月に営業第三部というところへ異動になりました。
この年、日本経済が謳歌した「バブル」はすでに崩壊のさなかにありました。
23,030円で始まった日経平均は、年が終わる頃には16,924円になりました。
* * *
この年の8月です。
クロアチアのヴラーホ君(写真の少年です)が、戦火に巻き込まれて亡くなりました。
私が5年前にクロアチアを訪れたときに会ったドゥーロ・オブラドヴィックさん(タクシーの運転手さんです)も、次のように語っていました(『こちら』)
「当時私は26歳だった。
セルビア人は内陸にいるだけでは飽きたらず海に出たかったんだ。
それでこの町(ドゥブロヴニク)に攻めてきた。
モンテネグロもドゥブロヴニクに攻撃をしかけてきた。
我々は必死になって戦ったが、1日に3000発もの爆弾を落とされた時もある。
今でも町のあちらこちらに戦火の傷跡が残っている」
* * *
四半世紀前の、そんな記憶を持つクロアチアが今回のワールドカップ決勝を戦います。
ダリッチ監督の「決して諦めないのが我々の国民性だ」という言葉の背景には、こういった国民としての記憶があるのかもしれません。
もちろん四半世紀前の戦争についてコメントすると、例えばセルビアの立場からすると、全然違った見方になるのだと思います。
いずれにせよ時が経つことによって、クロアチア人、ボスニア人、そしてセルビア人の関係が徐々に融和に向かうのを願ってやみません。
『こちら』の記事を読みながら、そんなことを思ったので、思わずブログを書いてしまいました。
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