株と債券の保有割合が、(双方の値動きの結果)当初予定に比して崩れてしまった場合、これを元に戻す、あるいは再検討の上、適当と思われる比率に調整し直すことを「リバランス」と言っています。
ファンドなどが運用する資産は投資家に対して「こういった比率で運用します」と予め開示しています。
たとえばGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、
国内債券35%、
国内株式25%、
外国債券15%、
外国株式25%
の比率で運用すると決めています。
よって保有金融資産の価格変動の結果、実際の比率が、この目標比率から大幅に逸脱してしまえば、これをキープする(元の比率に戻す)為の売買(リバランス)が必要になります。
ちなみにGPIFでは、例えば国内債券の保有比率については乖離許容幅を±10%と設定しています。
ですので、国内債券の保有割合は全体の25%~45%の範囲内に収めるようにしています。
それでは個人投資家はこうしたリバランスを行う必要があるのかどうか。
2つの考え方があります。
(1)個人投資家といえども当初設定した比率(たとえば「120マイナス年齢」の割合で株式を持つ)にはそれなりの意味があったはずだ。
つまり、「リターンが下方に振れる確率(=リスク)を少しでも抑え込む」との観点に立ち、なおかつリターンの期待伸長率をさほど犠牲にしないようなポートフォリオバランス(6月16日の記事参照)を当初見出したのであれば、当然のことながら、それをキープすべきである(ゆえに、リバランスを行うべきである)。
(2)2つ目の考え方は、もう少し積極的なものです。
保有ポートフォリオにおいて、例えば株の比率が当初に比して高まったということは、株価が高くなりすぎたということに違いない。
このときに株を売って、より安全な資産の債券に乗り換えておく。
逆に株の比率が低くなりすぎたということであれば、株価が安くなりすぎたということ。
このときは債券を売って安くなった株を買っていく。
こうした観点からのリバランスを行うことは長い時間軸の中で、トータルのリターンを押し上げる。
上記(2)の考え方は平均回帰性(mean reversion)の考え方に沿うものです。
つまり株価は、上がり過ぎれば下がるし、下がり過ぎれば上がる・・。
こうして「平均的なトレンドライン」に回帰していくという考え方です。
ここでのポイントは:
①何をもって「上がり過ぎ」(あるいは下がり過ぎ)と考えるか(→つまり我々に「上がり過ぎ」、「下がり過ぎ」が把握できるのか)、
そして、
②本当に平均への回帰傾向があるのかといった点です。
この問題にアプローチし、画期的研究結果を発表(1998年)したのは、ノーベル賞学者のロバート・シラー(イェール大学教授)とジョン・キャンベル(ハーバード大学教授)です。
(『こちら』から両教授の論文全文をダウンロードできます)。
2人は単純なる「株価」ではなくて、
「配当利回り(配当金額÷株価)」
と
「PER(株価収益率)」
に着目しました。
この論文が発表された後で、とくに注目されるようになったのは、2人が(論文で)使った「price smoothed earnings ratio(滑らかなPER;滑らかな株価収益率)」の概念です。
これは、通常使われているPER、すなわち「株価を1株当たりの予想利益(EPS)で割ったPER」ではなくて、
分母に、「インフレ調整後の1株当たり利益の10年間の平均値」を使うものです。
後に、この値はCAPEレシオと名付けられるようになりました
(CAPEレシオは、Cyclically Adjusted Price-to-Earnings Ratioの略で、単純にシラーPERと呼ばれることもあります)。
すなわち
CAPEレシオ(シラーPER) = 現在の株価 ÷ 過去10年間の1株あたり純利益の平均値
で算出されます。
両教授によれば、CAPEレシオには平均回帰性があるとされ、1872年から1997年までの125年間の平均値は15.3。
ちなみに1997年の値は28で、「CAPEレシオが28に達したのは(1997年を除けば)125年間で1929年だけだ」として、2人は論文発表当時の米国株高について警鐘を鳴らしました。
ところで、CAPEレシオについては、これを毎日計算してくれる便利なサイトがあります。
『こちら』です。
これによると、現在(2018年7月6日)のCAPEレシオ(シラーPER)は、32.8です。
上図は1872年から2018年までのCAPEレシオをプロットしたもの。
これを見ると現在の値(32.8)は、
1929年の大恐慌や2007年から8年のリーマンショック前を上回る値です。
これを見て、「米国株、大丈夫か?」と心配になる方も多いかもしれません。
(当然、米国株が暴落すれば、いかに日銀やGPIFが買い支えようとも、日本株も暴落します)。
このように平均回帰性(mean reversion)やCAPEレシオ(シラーPER)をどう考えるかは、アセットアロケーションやリバランスの枠を超えた大きなテーマです。
実は、ここで結論めいたことを書きたいのですが、簡単ではありません。
平均回帰性(mean reversion)やCAPEレシオ(シラーPER)については、現在の米国でも論争が続いているからです。
長くなってきたので、3点だけ関連する事項を書いておきます。
(1)当然のことながらCAPEレシオに反対する学者もたくさんいます(賛成する学者も同じようにたくさんいます)。
2017年5月、フィラデルフィアで「CFA Institute Annual Conference」が開かれ、シラー教授と(本ブログでも何回か紹介している)ジェレミー・シーゲル教授が論争を展開しました。
論点はCAPEレシオをどう判断するか(賛成か反対か)。
詳しくは『こちら』の記事に載っていますので、関心のある方はご覧になってください。
(2)平均回帰性を考えて運用するには:
米国人のAさんのお勧めは、自分の定年退職予定日(30歳の人はたとえば35年後)を設定するだけで、あとはファンドが適当なリスクポートフォリオを組み、自動的にリバランスしてくれるファンド(『こちら』や『こちら』)で運用するというもの。
ちなみにこれらのファンドの「トータルコスト」は、年当たり 0.13%~0.22%。
(3)CAPEレシオを使った投資手法
『科学で勝負の先を読む』という本の289~317頁にCAPEレシオを使った種々の投資手法が紹介されています。
ホットハンド(バスケットボールのシュートの成功率に関する考察が出発点)やモメンタム取引などが出てきますが、ここでは省略させて頂きます(関心ある方は同書をお読みください)。
1点だけ、この本で書かれている一番単純な投資法を紹介します。
1881年から2013年までの132年間のデータに基づけば、この132年間で、
「CAPEレシオが13のときに株を買い、28で売るという投資戦略」を取ったとした場合、
株を持ちきる場合に比して約2倍のリターンを上げていたことになる(下図参照)。
しかし著者のパウンドストーンが指摘しているように、「未来は過去とは違う」ので、この手法を使って、「現在のCAPEレシオが32.8だから株を全て売却してしまう」ことが成功につながるとは限りません(要は、シラーを信じるか、シーゲルに従うか、というのが、はっきりとしないという歯切れの悪い結論なのですが、それが現実)。
* * *
最後に、今回の「アセット・アロケーションとリバランス」(その1~6)で述べてきた話は、基本的にはすべて:
(1)効率的市場仮説と
(2)その限界(シラー教授の説は株価はランダムウォークであるとする効率的市場仮説に反するもの)
について、論じてきたものです。
しかし「限界」どころか、株価はそもそも(効率的市場仮説がよって立つ)「正規分布」ではなくて「ベキ分布」であるとする有力な見解もあります。
つまり、これは効率的市場仮説を「根本から否定」する考え方。
これについては、2冊の本を紹介しておきます。
最初の本は
『The [Mis]behavior of Markets』 という原書の邦訳なんですが、何で『禁断の市場』との訳にしたのか、正直、理解に苦しみます。
しかし内容は、ひじょうに読みやすく、一読の価値があります。
2番目の本は、最初の本を読んで、さらに勉強してみたいという人に向いています。
[1]禁断の市場
[2]市場は物理法則で動く