昼間の人口と夜の人口
北米カナダのトロント市では、IT企業のグーグルがスマートシティの開発を進めています。
グーグルはレベル4の自動運転車を開発済みで、たとえばアリゾナ州フェニックスの郊外では600台以上もの自律走行車がすでに街中を走っています。
こうして培われた自動運転の技術と人工知能とを駆使して、グーグルはスマートシティを作ろうしているのです。
場所は、トロント市の中でもオンタリオ湖沿いの「ウォーターフロント地区」。
(Picture from Sidewalk Labs)
このスマートシティでは、車が赤信号で待つことを極力なくし、温室効果ガスの排出を極限まで抑え込もうとしています。
具体的な数字を挙げますと、グーグルの当初計画によれば、温室効果ガスの排出は89%も削減できる、つまり従来を100とすると11で済むようにできるとのことです。
もっともグーグルのこの計画に対しては別な観点から批判が寄せられました。
「住民の顔を画像認識で把握すれば、プライバシーが損なわれる」だとか、「監視社会に繋がるのではないか」といった懸念です。
このためグーグルの計画は、現時点では当初に比べて、その規模がかなり縮小される見通しです。
こうした懸念や批判は重要で、グーグルとしては「プライバシーの遵守」に対して正面から答え、スマートシティが「監視社会」に繋がらないようにしていかなければなりません。
一方で、グーグルの計画のように(その実現の手段については今後さらに検討されるべきでしょうが)、世界のこれからの都市は、「環境負荷」に配慮し、「持続的成長」(Sustainable Growth)を目指すようなものになっていかなければなりません。
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こうした観点から日本の都市を見てみます。
例えば、日本の巨大都市「東京」。
ここは、はたして「環境負荷」に配慮し、「持続的成長」を目指すものになっているでしょうか。
公共交通機関が発達し、東京は「環境負荷」の観点から及第点を得られると主張する人もいます。
しかしそもそも東京の場合、「実際に住んでいる人口に比べて、昼間の人口があまりに多すぎる」というギャップの問題を抱えています。
この昼と夜の人口のギャップについて、具体的に数字を拾ってみます。
東京都がまとめた「東京都市白書2013-世界の諸都市と比較した東京の魅力」によりますと、千代田、中央、港の都心3区の昼間と夜の人口比率は、「夜1.0人に対して昼間6.2人」です。
一方で、この都心3区とほぼ面積が等しい(といっても1.4倍ほどになりますが)、ニューヨーク市マンハッタン区は「夜1.0人に対して昼間1.3人」です。
パリは夜、すなわち定住人口の方が多くて、「1.0人」対「0.8人」となっています。
ニューヨーク市マンハッタン区などに比べると、東京都心3区は5倍近くも昼間の人口が(定住人口との比較で)偏って多くなっていることが分かります。
都心3区の中でも、千代田区の昼間と夜間の人口比率は突出して歪になっています。
最近の国勢調査によりますと、千代田区は、「夜1.0人」に対して昼間はなんと「14.6人」です。
具体的には、千代田区に住む人、すなわち夜の人口は5万8000人。
これに対して、昼の人口は85万3000人。
毎朝、約80万人もの人が通勤電車や車などで、外部から千代田区にやってくるのです。
さて、昼と夜の人口が著しく違うと、「環境負荷」と「持続的成長」から、どうして問題となりうるのでしょうか。
温室効果ガスの排出などに関しては、具体的な数値を伴う調査結果を待たなければなりません。
しかしイメージ的にはこれが問題であることは容易に想像できると思います。
例えば東京都心部には毎朝、郊外から数多くの会社員が通勤してきます。
ターミナル駅には2分間隔で次から次へと、郊外から電車が到着し通勤客を吐き出していきます。
この電車は、今度は、次から次へと2分間隔で、ほとんどガラガラに近いような状態になって郊外へと帰っていきます。
人があまり乗っていない電車が列をなすようにして次から次へと走っていく光景は明らかに異様です。
しかしこのことは日本では意外にもあまり報じられていません。
昼間、東京のオフィス街で働く多くの人たちは、昼食時間になるとコンビニでお弁当やお握りを買い求めます。
東京都心3区だけでも、1,000店舗ものコンビニがあるのですが、昼食時にはこれらのコンビニはお弁当やお握りなどを買い求める会社員たちでごった返します。
当然のことながら、これらのお弁当は昼食時間に間に合うように、午前中には東京都心部にあるコンビニに届けられなくてはなりません。
毎朝、数多くのトラックが例えば茨木県や千葉県などの近隣県の工場でお弁当を積んで出発し、首都高を、列をなすようにして都心へと向かっていきます。
お弁当を届け終わった後のトラックは、多くの場合、帰りの積荷もあまりないままの状態で近隣県の工場へと戻っていきます。
住んでいる人に比べて、昼間の人口が突出して高いがゆえに、こうした現象が生じているのです。
さらに加えて、(環境負荷の問題とは直接リンクしませんが)昼間と夜の歪な人口構成は、ひとたび地震などで災害が起きると、東京の都心部が帰宅難民で溢れかえってしまうという問題も指摘しておかなければなりません。
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現在、ニューヨーク、ロンドン、パリ、東京など、世界の主要都市は、より魅力ある都市になるべく努力しています。
A.T.カーニー、EIUシティグループ、Monocle、森記念財団などが、世界の主要都市を調査し、「世界の都市総合力ランキング」といったレポートを発信しています。
(出所:森記念財団「世界の都市総合力ランキング」)
こうした調査機関は、都市を経済、文化交流、研究開発、居住性、環境、交通アクセスといった様々な諸点から評価しています。
このうち例えば、森記念財団が2019年11月19日に発表した「世界の都市総合力ランキング2019」によりますと、東京は「経済」、「文化交流」といった指標では世界4位となったものの、「環境」の指標では世界48都市中23位にとどまっています。
東京がこれから世界の主要都市と伍していくために、現在、各方面でいろいろな施策が講じられているとは思います。
その中の一つとして、現状あまり着目されていませんが、「昼間と夜の歪な人口構成を是正する」ための施策も検討されて然るべきであると考えます。
具体的には、都心部にも集合住宅を中心とする居住空間を今まで以上に設け、一方で、業務空間については抑制気味にするような政策的誘導を検討すべきだと思います。
ニューヨーク・マンハッタンの「アッパー・イースト・サイド」は豊かな居住空間を有することで知られています。このような街並みが東京にもあって良いと思いますし、何よりも居住空間と業務空間とが「心地よい比率」で存在していくことが、東京が都市として持続的に成長していくうえで必要であるように思います。