何が起こっている? 米国市場
2010年にまで遡る。
スタンフォード大学で数学を専攻し、ルームメートだったバイジュ・バットとブラド・テネブ。
彼らはニューヨークへ行き、HFT(high-frequency trading;高速トレード)ソフトの会社、Celerisを立ち上げる。
さらに翌年には Chronos Researchを創業。
ニューヨークのヘッジファンドに彼らのソフトを販売するうちに、2人はあることに気づく。
「ウォール街の大手の会社は自分たちのトレーディングにほとんど手数料を払っていない。だけど個人投資家は株式の売買に1件、1件、手数料を払わされている!」
そこで彼らはカリフォルニアに戻り、2013年、ロビンフッドを立ち上げる。
これはネット証券の一種だが、売買手数料が無料。
しかもスマホで気軽に取引できるのが特徴。
モバイルゲームのような感覚で、株式やオプションを取引でき、単元未満での売買も可能。
ここで少々解説を加えると、たとえ手数料が無料であっても、個人投資家は株式売買の為に一定の現金を置いている。
ロビンフッドとしては、そこで金利収入を得ることが可能だし、PFOF(ペイメント・フォー・オーダーフロー)と呼ばれる取引で収益を得ることも出来る。
PFOFとは、顧客の注文データをマーケットメーカー(値付け業者)に流すときに受け取る一種のリベート。
マーケットメーカーたちは小口取引の方が注文を履行しやすいので好む傾向にあり、慣行としてリベートが支払われてきた(注:現在問題化している。『こちら』及び『こちら』)。
CNBCによると、ロビンフッドのユーザーは1300万人もいるらしい(『こちら』)。
さて、ここまでが、今回起きた米国の個人投資家の「乱」の背景と言うか、舞台装置だ。
* * *
ロビンフッドというプラットフォームを使い、スマホのゲーム感覚で株式売買を行う個人投資家たちが1300万人にも上った。
これら個人投資家たちの中には、Reddit(レディット)と称されるサイト(とくに WallStreetBets と称されるコミュニティ)で情報交換をする人たちが出てくるようになる。
そして彼らが目を付けたのがゲームストップという会社の株。
コンピュータゲームの小売店で、世界10ヵ国に販売店舗5000店を展開する会社だ。
いちおうFortune 500 という米国の売上高ランキング上位500社の一角を占める会社だが、本来はこれといった注目を集めるような会社ではなかった。
売上高65億ドル(2019年度)。
年間の損失額5億ドル。
この会社の株は今月12日までは20ドル前後だった(1年前の株価は3~4ドル)。
その会社の株価が今月13日から上がり始め28日には一時483ドルを付けた。
約10日間で20ドル→483ドルと24倍になってしまったのだ。
1月28日、このたった一日の間の値動きを見ても、安値112ドル~高値483ドルと4倍の振れ幅があった。
下図は5年間の株価の動き。
さて、株価急騰によりこの会社は現在、時価総額227億ドル(2.4兆円)をつけている。
価格形成がおかしいと考えれば、空売りして利益を上げようとするのが相場のプロであるヘッジファンドの連中だ。
当然、ゲームストップ株にはヘッジファンドが空売りを仕掛けてきた。
しかしここから先の展開が通常とはまったく異なってしまった。
なんと、このヘッジファンドの動きに個人が立ち向かったのである。
「みんなで株を買って値を上げて、ウォール街の奴らを懲らしめよう」
こういった書き込みがReddit(レディット)に載り、個人の買いが集中。
とうとう個人が空売り勢に打ち勝ってしまったのだ。
ちなみに空売りとは、よそから株を借りてきていったん売り、一定期日までに買い戻して株を返す取引。
買い戻す際に予想通り株価が下がっていれば差額が利益になるが、予想に反して株価が上がれば損失はどんどん膨らむ。
株価はマイナスにはならないので、利益の額は有限だが、損失額の方は無限に広がり得る取引だ。
今回の騒ぎで、ヘッジファンド勢は総額でなんと190億ドル(約2兆円)の損失を被ったと報じられている(『こちら』および『こちら』)。
ヘッジファンドの中には損失を穴埋めするために、あるいは、顧客から換金を迫られた結果、GAFAなどの主力株を売却したところも出てきたようだ。
こうした動きは当然のことながら相場全体にとって売り圧力となって作用する。
ダウ平均株価は先週金曜日に、1か月半ぶりに3万ドルの大台を割り込んでしまった(29,982ドル)。
ダウ採用銘柄やGAFAの株を買っていた投資家は、とんだ「とばっちりを食らう」ことになってしまった訳だ。
しかも問題はこれでは終わらないことだ。
ゲームストップ株だけでなく、映画館運営のAMCエンターテイメント、シルバー(銀)なども個人投資家の関心を集めている。
また一方で、これは一種の「あおり行為」ではないかといった意見も出ている。
かつてSECのコミッショナーを務めたLaura UngerはCNBCのインタビューに答えて、
「当然のことながらSECでは何をなすべきかが検討されているだろう。
本件のポイントは、かげでこそこそと悪事が行われたということではなく、オープンで誰もが見れる掲示板での書き込みによって株価が高騰したということだ。
SECは必要と考えれば、ゲームストップ株の取引を停止することも出来る」
とコメントしている(『こちら』)。
こうした動きを知ってか知らずか、WallStreetBets には早速次のような書き込みが出現(『こちら』)。
「市場操作の証拠を探すべく、SECはWallStreetBets をモニターしているが、彼らが見つけたのは糞みたいな書き込み(shitposts )とミームだけだった」(注:ミームについては『こちら』を参照)。
* * *
マーケットが翻弄されるのはしばらく続くかもしれない。
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