円安とは、日本の労働力が低く評価されること
【1】インフレ率の差
AFSで留学した米国Corona del Mar High School の50周年同窓会が今夏あります。
先日幹事から来たメールには:
「急いでください。当地のハイアットホテルの宿泊代は1晩279ドルから700ドルに値上げになっています(The Newport Hyatt went from $279 per night to now $700 per night)」
とありました。
米国のインフレ率が日本のインフレ率よりも高ければ、通貨としてのドルの価値は本来であれば日本円に比して下がっていくはずです。
しかし最近時はインフレ率の差(=円高要因)以外の要因で、為替が(ドル安ではなく逆に)円安に振れてきています。
その結果、日本から米国に行く場合、(1)米国の物価が高い、(2)円安ドル高の為、円ベースにすると更にもっと高く感じる、とダブルに厳しさを実感するようになってきています。
それでは、インフレ率の差以外の「別の要因」とは何でしょう。
【2】日米の金利差
一つには、金利差。この金利差ゆえに現在は円安になってきています。
このところ米国は金利を上げ続けてきています。
(1)22年3月16日に0.25%利上げして、利上げ後:
0.25~0.50%(Fed Funds Rate target rate)
(2)22年5月4日に0.50%利上げして、利上げ後:
0.75~1.00%(Fed Funds Rate target rate)
FRBは今後も少なくとも6月と7月に0.50%ずつ利上げすると考えられており、更に、9月、11月、12月にも利上げがあるかもしれません。
仮にこれらの月も0.5%ずつ上がるとすると、22年末のFF金利は:
3.25%~3.50%
となります(もちろん、そうなるかどうかは、今後のインフレ次第)。
一方で、日銀は金利を上げる気がなく、長期金利でさえ、指値オペで0.25%以下に抑え込んでいます。
その結果、為替は円安に振れやすくなっています。
【3】日本の経常収支の悪化
もう一つの要因は今年の2月と3月に発表になった日本の経常収支の悪化。
2/8発表 ▲ 3708億円(昨年12月分)
3/8発表 ▲1兆1887億円(今年1月分)
2ヵ月続けてマイナスとなり、しかも3月発表分はマイナス幅が大きかったことから為替が円安に振れました。
しかし経常収支はその後、プラスに転じ、
4/8発表 +1兆6483億円(今年2月分)
5/12発表 +2兆5493億円(今年3月分)
となっています。
そもそも、
「長い目で見れば、経常収支はマクロ的な貯蓄・投資バランスで決まる(貯蓄超過ならば経常黒字)。日本は、政府の投資超過を家計・企業の貯蓄超過が上回ることによる、貯蓄超過構造となっている」
(山口範大氏、週刊エコノミスト22年4月26日号、36頁)
とのことなので、
今年2月、3月のような形での経常収支赤字が恒常的に続くことは考えにくいかもしれません。
従って、3月の頃はともかくとして、6月現在の円安は、もっぱら金利差によって引き起こされていると見ることも出来そうです。
【4】円安は輸出企業にとってプラスだが・・
ところで円安は輸出企業にとってプラスに働きます。
同じクルマを1台45,000ドルで米国に輸出しても、為替が1ドル=100円ならば売上は450万円。
しかし1ドル=130円だと売上は585万円になります。
では円安になれば輸出はどんどん伸びるかと言うと、現実の世の中は、それほど単純でもありません。
第一に日本の自動車や電気機械のメーカーは海外生産の比率を高めており、従来ほど円安のメリットを受けづらくなっています。
また国内で生産している場合も、円安になったからと言って(円ベースの輸出金額は増えますが)企業は設備投資をしてまでして輸出数量を増やすことには慎重な姿勢を取ります。
さらに為替以外の要因も輸出には影響します。
例えば今年の初めには米国西海岸LAやロングビーチ港での入港待ちコンテナ船の数が100隻を超えるといった事態が生じました。
その先の米国内陸部での物流もスムーズに行かないといった状況で、米国のお客さんは日本の品物が欲しいのに、これを届けられないといったことが起きていました。
米国西海岸の港湾の状況は現在は改善しているようですが、実は今年の6月末に港湾労働者の労使交渉の期限を迎えます(これまで大凡6年に一度のペースで交渉が行われてきているようです)。
万が一、この労使交渉が上手くいかなくなると、また港が滞るといったことが懸念されます。
【5】円安を是正する政策
最後になりましたが、現在の円安は小麦やガソリンなどの価格高となって日本で生活する人の家計を直撃しています。
今後、政府・日銀は円安を是正するため利上げや為替への介入などを行うのでしょうか。
まず円安是正の為の利上げですが、
自国通貨が安くなることを防ぐために利上げをするというのは、発展途上国ではやられていますが、
先進国では為替レートを目的としての金融政策は行われていません。
金融政策の目標は、あくまでも物価の安定。
以下、日銀のホームページから。
『日本銀行の金融政策の目的は、物価の安定を図ることにあります。
物価の安定は、経済が安定的かつ持続的成長を遂げていくうえで不可欠な基盤であり、日本銀行はこれを通じて国民経済の健全な発展に貢献するという役割を担っています(日本銀行法第1条第1項、第2条)』
次に為替の介入ですが、日本が現在これを行うことは可能でしょうか。
現在米国はインフレを退治しようと躍起になっています。
そういった中で日本がドル安(円高)方向に向かわせるような介入をすることを米国が認めることは考えにくいと言えます。
すなわち現在の米国にとってはドル高が望ましく、この逆にドル安になると輸入品の価格が上昇してしまいます。その結果、米国で、より一層インフレが悪化してしまうことになってしまうのです。
【6】今後の見通し
円安を是正するための利上げや為替への介入が難しいとすると、今後どうなるのでしょう。
日本で予想以上のインフレが起きて、これを抑えるために日銀が利上げを行えば円安も止まるでしょう。
しかし仮にそうならなかったとしても、いずれは沈静化するのではないでしょうか。
為替レートは日米の金利差だけで決まる訳ではありません。
当面は金利差が注目され、円安へのエネルギーが強いのでしょうが、行き過ぎた円安はいずれは是正されていくのではないかというのが私の個人的な見解です。
円安とは一言で言うと、日本人の労働力が低く評価されること。
かつては「円安にして経済成長を図る」と(一部で)言われたこともありましたが、成長の手段としては健全とは思えません。
なお昨日出演した日経ヴェリタストークですが、『こちら』でご覧いただけます。
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