COP27と欧州ガス事情
現在エジプトで開催中のCOP27。
地球環境悪化に対する対応は待ったなしの状況になっています。
今年8月、パキスタンでは洪水により国土の3分の1が水没。
3,300万人が被災しました。
今や再生エネルギーの強化は喫緊の課題です。
しかし同時に、現時点では「再生エネルギーで必要なエネルギーをすべてが賄える」という状況ではありません。
再生エネルギーが重要なのは認識しつつも、
多くの人々にとっては、これから到来する冬をどうやって過ごすかが、目の前に立ちはだかる大きな問題となっています。
【1】欧州天然ガス事情
ロシアによって、パイプラインによる天然ガスの輸入を9割カットされた欧州は今どうしているのでしょうか。
ヨーロッパと言っても、国によってロシア依存度が、ウクライナ戦争前からかなり違っていました。
英国はロシア依存度がもともと4%しかありませんでした。
そして今年の6月にはロシアからのエネルギー輸入をゼロにしました。
北海の油田・ガス田がまだあって、ノルウェーとはパイプラインで繋がっています。
フランスとイタリアは天然ガスについては3割前後をロシアに依存、ドイツは4割を超えていました。
こうした中で、今年2月、ロシアによるウクライナ侵略が始まり、ロシアは欧州への天然ガス供給を9割カットしたのです。
このため各国は天然ガスからLNGに急速にシフト。
天然ガスはマイナス162度で液化され、LNGになります。
LNGの輸出国というと、豪州、カタール、米国など。
LNGの調達は基本的には長期契約によりますが、スポット市場に流れるものもあります。
欧州各国はスポット市場でLNGをかき集め、現在欧州連合(EU)のガス貯蔵率は95%にも達しました(仏のルシアニ教授、3日付毎日新聞)。
フランスでは「今年の10月は観測史上もっとも温かい10月だった」(1日付ロイター)といった幸運も、プラスに作用しました。
【2】技術革新
以前は、LNGの輸出入には(1)天然ガスを液化させる設備、(2)マイナス162度で運ぶLNG船、(3)受け入れ国の貯蔵設備、(4)受け入れ国の気化設備などが必要とされていました。
これはもちろん今でもその通りなのですが、2005年からFSRUが使われるようになりました。
FSRU は Floating Storage and Regasification Units の略。
桟橋や港に係留して使う浮体式のLNG貯蔵・再ガス化設備で、陸上施設に比べ工期が短いなどの利点があります。
FSRU を積極的に利用することによって、欧州における天然ガスからLNGへのシフトが急速に進んだのです。
【3】米国の動向
米国は石油・天然ガス共に世界最大の生産量を誇ります(東洋経済5/28号)。
かつてトランプ大統領は米国を石油輸出国にすると公約、
シェール開発を積極的に後押ししました(5/23付け原子力産業新聞、市川眞一氏)。
しかしバイデン大統領は、就任初日、
(1)シェールガス・オイル事業者に対して、国有地の新規賃借を禁止する大統領令に署名
(2)キーストーンXLパイプライン事業を阻止する命令書にも署名
つまり「石油ガス開発」から「脱炭素」に思いっきり舵を取ったのです。
ロシアによるウクライナ侵略が無ければ、こうした「脱炭素」政策でも良かったのかもしれません。
しかしバイデンのこの政策は、天然ガスを戦略的に使って欧州諸国に影響力を行使(そしてウクライナを侵略)しようとしていたロシアを誘発してしまいます。
さらに米国内においてはガソリン価格高となって米国民を襲うようになります。
ロシアを誘発するということに関しては、
ノルドストリーム2に対する米国のスタンスの変化も見過ごせません。
(画像は東京新聞Webより。なおノルドストリーム1も2も現在は止まっています)
2019年、米国議会は、ロシアからドイツに天然ガスを送るパイプライン「ノルドストリーム2」の建設に関与している企業に制裁を課す超党派の法案を可決。
トランプ大統領(当時)は、このパイプラインは 「万が一の時にドイツをロシアの人質にしてしまう」と指摘。
米国議会が可決した制裁措置に署名しました。
しかし2021年5月、バイデン大統領はこの制裁措置を放棄。
「ノルドストリーム2」が完成に向けて動き出してしまいます。
ロシアはこれによって「ドイツという人質を得た」と勘違いするようになったのかもしれません。
2月24日、ロシアはウクライナへの侵略を開始。
さすがにバイデン大統領もこれまでの極端な「脱炭素」政策に修正を加えるようになります。
4月15日には国有地の新規賃借権の再開を発表。
米国で稼働中の石油や天然ガスのリグ数も回復してきました。
欧州へのLNG輸出も拡大してきています。
【4】投資家目線で見た最近のエネルギー事情
幾つかの要因が重なってエネルギー価格が上昇、とくに米国ではガソリン高やインフレとなりました。
FRBは金利を上げることによって、これに対応しようとしています。
米国の株式市場は今年に入って年初来▲22%も下落(S&P500ベース)。
S&P500は、たった1つの例外を除き、全業種で下落しました。
そのたった1つの例外とは、エネルギーセクターです。
エネルギーセクターに限って言えば、年初来64%も上昇しているのです。
原油価格が上昇したことも主因になっていますが、もう一つの要因も見逃せません。
それは、極端に脱炭素に振れたバイデン政権最初の1年間(2021年)のエネルギー政策。
これが見直されることを市場が探知したから、と見ることが出来るかもしれません。
「たられば」の話をしても仕方ありませんが、米国が従来のような形で石油、ガスを生産し続けていれば、原油ガス価格は今よりも落ち着き、
ロシアも天然ガスを人質にしてウクライナに侵略するという愚を犯しにくかったのかもしれません。
いずれにせよ我々は往々にしてFRBの金融政策にばかり目が行ってしまいがちですが、
なぜこれほどまでにガソリン価格は上がってしまったのか、背後の要因にも目をやる必要があります。
脱炭素は重要ですが、地政学リスク(戦争リスク)を増加させてしまうこともあるのです。
さて、そうした中でCOP27の会合がいま開かれていて、
米国時間の明日、中間選挙が行われます。
投資家としてはバイデン政権の今後の舵取りを注視していく必要があります。
【5】参考文献
以下を参考にしながら書きました(以下の日付は全て2022年のものです)。
■日経ヴェリタス 11/6号
「ガス危機 凍りつく世界」
■週刊東洋経済 5/28号
「エネルギー戦争」
■週刊エコノミスト 7/12号
「止まらないインフレ 資源ショック」
■Performance 2022:S&P 500 Sectors & Industries(11/3)
■ウォールストリート・ジャーナル日本版(10/4)
「中国に巨額利益、米国産LNGを欧州に転売」
■毎日新聞 11/3
「迫る厳冬 欧州エネルギー『脱ロシア』はどこまで進んだか」
■毎日新聞 10/22
「『脱ロシア』の答えになり得るのか 利害絡み合う天然ガスパイプライン」
■キヤノングローバル戦略研究所 2/26 杉山大志著
「2つのパイプライン―ウクライナを脱炭素の犠牲にしたバイデン」
■原子力産業新聞 5/23 市川眞一の至誠通天
「バイデン政権の強かなエネルギー政策転換」
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