道場
今週月曜日に放映された日経CNBCテレビ『日経ヴェリタストーク』は、EV(電気自動車)について。
EVは環境にやさしいと言われてきましたが、実は(電池の材料となる)リチウムやコバルトなどを鉱物資源から取り出し
『製錬』する過程で、硫酸が使われることも多く、環境汚染の問題も指摘されてきています。
『現在は中国のような環境規制が緩い国で、環境負荷に目をつぶってリチウムを増産している』状況(週刊エコノミスト23年10/10・17合併号、31頁)。
もっとも上記TV番組が放映された後のことですが、米国時間の13日、米エクソンモービルが、環境負荷の低い直接リチウム抽出法(DLE)により米国でリチウムを生産することを発表(『こちら』)しており、今後が期待されています。
ところで番組ではEVとは直接関係ないのですが、Dojoについても触れました。
Dojoとは日本語の道場から来たもので、マトリックス・レザレクションズにも出てきます。
マトリックス好きで知られるイーロン・マスクは、開発中のテスラのスーパーコンピューターにこの名前を付けたのです。
スパコンに膨大なデータを与えて、徹底的に鍛え上げるーこうした趣旨での命名だったのかもしれません。
(上の画像は道場で格闘技で競うネオとモーフィアス。The Matrix Resurrections の Official Trailer より)
さて、いまなぜテスラのDojoが注目を集めるのでしょうか。
EVだろうとガソリン車だろうと自動運転機能はクルマの頭脳に当たる部分。
これを制する者が自動車を制すると言われてきました。
しかしながらレベル4と言われる完全な自動運転車はなかなか実現に至りません(米国アリゾナ州の幾つかの都市、および加州のサンフランシスコ、さらには中国の幾つかの都市ではすでに自動運転タクシーが出てきてはいますが)。
レベル2にせよ3にせよ、これまでの自動運転車では、ソフトのみならずハードが重要な役割を果たしてきました。
カメラや、ミリ波レーダー、そしてライダーです。
自動車メーカー各社は、自動運転に近づけるべく、最新鋭のミリ波レーダーやライダーを装備することに注力。
遠隔地からソフトウェアのアップデートでクルマの性能を引き上げるだけでは事足らず、より優秀なハードを求めてきたのです。
しかしイーロン・マスクは2021年に開発中のテスラ車からレーダーを取り払うことを決断します。
車に備え付けるのは8個のカメラのみとし、後はソフトウェアを進化させることで、完全自動運転に近づこうと方向変換したのです。
この辺は、ウォルター・アイザクソンの『イーロン・マスク』(下巻、130~131頁)に詳しいのですが、
直接的な契機はコロナ禍でマイクロチップが不足し、レーダーの部品が足らなくなったことでした。
これを機にマスクはそもそもレーダーなど要らないと主張し始めました。
当然ながらテスラの技術開発部隊はマスクのこの考えに大反対。
カメラや人の目で確認しづらい物体もレーダーなら検出できると主張します。
しかし、結局、マスクは開発部門の言うことを聞かず、2021年1月22日、電子メールで社内に向け最終通達を出します。
『今後、レーダーは切ること。
松葉づえなんぞはなくす。
伊達や酔狂で言っているわけじゃない。
カメラのみでちゃんと運転できるのはまちがいない』。
このメールを受け、多くの技術陣はショックを受け、何人かは退社しました。
一方でイーロン・マスクは
『人間だって目で見ているだけ、それだけで運転できる』
との持論を崩しません。
要は、ソフトが支配する世界への方向転換です。
ハードに縛られることなく、ソフトウェアをアップデートさせていくことによって完全自動運転へ近づいていく・・。
マスクはこうした方向に舵を切ったのでした。
もう一つ。
マスクの凄いところは、このソフトウェア進化の手法も、根本から変えたことにあります。
これまでは『赤信号なら止まれ』、『青信号なら進め』といった具合に、ルールを定め、それをコンピューターに学習させてきました。
しかしマスクは、そうしたルールベースではなく、実際に人間がどう運転しているのかを、ニューラルネットワークのシステムで学習させることにしたのです。
それには膨大な量のデータと、これを学習、処理する高性能コンピューターが必要になります。
そこで登場したのが、スーパーコンピューターのDojo(道場)なのです。
道場はスーパーコンピューターのランキングで一時、世界5位にランクインしたほどの優れもの。
さらに学習(鍛錬)に必要なデータ量ですが、これもグーグルのように自社開発のクルマをマウンテンビュー(Mountain View、シリコンバレーの町)で走らせてデータを集める、といった作業はもはや必要ありません。
と言うのも、テスラ車の累積生産台数はすでに4.5百万台(23年7月)を超えています。
少なく見積もっても2百万台から刻一刻のデータが集まると言われており、膨大なデータ量がDojoの下に集められてきています。
これを超高性能のスーパーコンピューターで学習させ、人間の脳に近づける(あるいは超える)作業が実際に始まっているのです。
Dojoには当初NVIDIAの高性能チップA-100が使われていましたが、マスクはこれでは十分ではないとし、自社で高性能のAIチップ『D1』を開発。これは、TSMC が製造を受託し、7ナノの技術で製品化しています。
D1チップの導入によって、DojoはそれまでNVIDIA社製で1か月かかった訓練を1日で終わらせることが出来るようになったと言います。
AIの時代は、『Winner takes all 』(勝ったものが独占できる)の時代。
モルガンスタンレーのアナリストはDojo(道場)だけで75兆円の価値があると評価。
つまりトヨタの時価総額の1.7倍の価値があると試算したのです。
いずれDojoが世界の自動車市場を制覇する時代が来るのか、それとも幻(まぼろし)に終わるのか。
あと数年するとその結末が視野に入ってくるかもしれません。