2024年3月 6日 (水)

一万円出しても読みたい本

最近読んで面白かった本を2つ。

【1】清原達郎著 『わが投資術 市場は誰に微笑むか』

間違いなく今年読んだ本でいちばん面白かった本です。

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生きるか死ぬかの市場を生き抜いて、最終的には抜群のパフォーマンスを手にした著者の言葉はさすがに重さが違います。

アマゾンの書評欄に『一万円出しても読みたい本』と載っていましたが、私も全く同じ感想。

この本が世に出たことを感謝したい、そんな読後感を持ちました。

きっと1回だけでなく、何回か、読み返す本になりそうです。

【2】ビル・パーキンス著『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』

先日、日経新聞の方が来社され、この本の話が出てきたので、買って読んでみました。

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本書のエッセンスをひとことで言うと、

「多くの人はお金を残して死ぬ。

お金よりも人を幸せにするのは"経験"なので、その為にお金を使いなさい」

という内容の本。

これだけ書くと、大したことのないようです(やはり私はとても書評家にはなれない)。

しかし本書には寿命時計とか、目から鱗の話が幾つか出てきます。

(私も早速自分のスマホに寿命時計を入れてみました。すると結構、緊張するものです。「あと〇〇年」とか出てきますので)。

多くの人が老後の為とばかり、資産を増やすことに邁進している現在の日本。

そんな中で、著者の主張は新鮮です。

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2023年3月29日 (水)

「大波が来たら船の真正面からぶつかっていけ」

三國清三さんの『三流シェフ』

ヒットした本なので読まれた方も多いと思います。

日経新聞に連載されている『私の履歴書』のようだとの感想を言う人もいますが、

私は、「この本は著者の若い頃の冒険を語った小説のようだ」(もちろん実話なのですが)

との読後感を持ちました。

フランス料理の歴史だとか、フランスの有名シェフたちの話とか、普通の人があまり知らない話も多く出てきます。

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何よりも、ふだん我々が目にすることのない厨房の中。

そこで、いったいどんな世界が繰り広げられているのか、これはチョット興味津々・・。

かつて日本が世界を席巻した半導体製造では今や台湾が強くなり、液晶は韓国、台湾。

そういった現代において、日本が誇れる分野の1つが料理です。

たとえそれがフランス料理やイタリアンであっても、

日本人シェフはかなりの国際競争力を持つように思います。

日本を訪れる外国人の多くは、

日本で食べる食事が「美味しくてしかも値段が異様に安い」と舌鼓を打ちつつ驚嘆します。

* * *

北海道の増毛という漁師町から世界に飛び出した著者の若い頃は、波乱万丈、

文字通り小説のように面白い話が次から次へと展開していきます。

ただ、なぜか、私にとっていちばん印象に残ったのは、

超一流のシェフになっていく著者の「冒険」の部分ではなく、

著者の父親の一言。

漁師だった父親は冬の大荒れの海で著者にこう教えたと言います。

「大波が来たら逃げるな。船の真正面からぶつかっていけ」

「逃げようとして、波を横腹に受ければ船は沈む。大波が来たら、舳先を真っ直ぐ波に向けて思い切り漕ぐしかない」

詳しいことは忘れてしまいましたが、私が子供の頃に読んだ漫画にもこれと同じシーンが出てきました。

ジャワ島かどこかで、津波に襲われる船の話だったのですが、

舳先を真っ直ぐ波に向けることで見事、津波を乗り切った話です。

高校時代、AFSで留学した先の米国の家族(とくに父親)はヨットが好きで、荒波の中、一緒に航海したことが何度かあります。

その時も同じことを言われました。

「大波が来たら逃げるな。船の真正面からぶつかっていけ」

三國さんは、その後の人生で(恐らくは困難に際してのことでしょう)何度もこの言葉を思い出したと著書の中で述べています。

逃げたらダメです。

正面からぶつかるしかない。

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2023年2月26日 (日)

『墨子を読みなさい』

2021年1月に90歳で亡くなった作家、半藤一利さん。

妻でエッセイストの末利子さんによると、亡くなる日の明け方ごろ、半藤さんは末利子さんに話しかけ、「墨子を読みなさい。2500年前の中国の思想家だけど、あの時代に戦争をしてはいけない、と言っている」と話したといいます。

私にとって墨子は30年ほど前にビッグコミックで連載されていた漫画『墨攻』程度の知識しかなく、当然のことながら『墨攻』の主人公『革離』は墨子の教えの「忠実な実践者」ではありましたが、墨子ではありません。

漫画『墨攻』の原作は酒見賢一が書いた小説で、後にアンディ・ラウ主演で映画化もされています。

さて話を墨子に戻しましょう。

墨子を書いた本はいろいろあるのでしょうが、半藤さんの書いた本があれば、それを読もうと思って探したところ、ありました!

半藤一利著『墨子よみがえる』。 

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以下、半藤さんの本から墨子についての記述で印象になったところを少し。

「天下の大害とは、『墨子』によれば、大国が小国を攻めること、大氏族が小氏族を凌辱すること、強者が弱者を食いものにすること、富者が貧民に横暴をはたらくこと、などなどである。それらが起こるのは、まず秩序を重んじて、人びとにそれぞれ長幼・貧富・貴賤などランクづけして個別に扱う「別愛」の立場であるからこそである。それは根本的に間違っている」(本書44頁)

「墨子は、わが意見に反対の者たちよ、歴史に学べ、ということをいっている。そして(中略)政治を正しく行った過去の例をいくつも具体的にあげる。大旱魃のとき、一身を犠牲にして降雨を祈り雨を降らせた殷の湯王、万民のために公明正大な政治を行った周の文王や武王などなど」(本書45頁)

墨子は非戦の思想家として知られていますが、魯迅(1881年ー1936年)が、非戦を説く墨子を題材にして小説を書いています。

以下、半藤さんの文章で、この小説のさわりの部分を紹介してみます。

* * *

「大国である楚の王に宮仕えをしている技術者の公輸盤なる男が、雲梯という攻城の兵器をつくり、それを使って小国である宋を侵略しようとしている」

「墨子は熱をこめてこの不敵な技術者を説得しようとする。(中略)公輸盤は、しかし、もう王の命令がでているから、俺には何ともならぬと答える。墨子はねばって、それなら王に会わせろ、という」

墨子は公輸盤とともに楚王に面会。

墨子は「公輸盤のほうに向き直って、それならばその雲梯とやらを使って私のつくる城を見事に侵略してみるか、と挑戦する。つまり模擬戦争」の提案である。

「公輸盤は、機をみて攻めること九度に及んだが、墨子は九度ともこれを防いだ」

「『俺の負けだ』と公輸盤はいった。『しかし(中略)俺には最後の一手がある』」

* * *

公輸盤は、最後の一手については、これを言わずにいましたが、

墨子は、それは自分をこの場で殺してしまうことだろうと見破ってしまいます。

そして楚王に対して、

すでに秘策を授けた弟子300人を宋に派遣してあるので、自分が殺されても弟子達が必ず宋を守ると答えて、

楚王を説得。

楚王は宋を攻めることを断念したとのことです。

* * *

これは魯迅が墨子について書いた小説を半藤さんが記したもので、やや分かりにくかったかもしれません。

しかし墨子がただ単に非戦を唱えていただけでなく、(1)具体的に行動を起こして、かつ(2)出来るだけロジカルに戦争が割に合わないことを為政者たちに説得していたことが伝わるエピソードだと思います。

なお、本書は墨子について書かれた本ですが、半藤さんはしばしば脱線します。

私には、この脱線があることで、却って気軽に読め、肩ひじ張らずに、頁をスムーズに進むことが出来ました。

それに語られている雑談もどれも勉強になりました。

その一つとして出てくるのが、半藤さんが最近読んだというジャン・バコン教授著『戦争症候群』の紹介。

半藤さんによれば、この本には戦争に関する強烈なシミュレーション結果が出てくると言います。

『コンピューターを駆使しての綿密に計算・予測された数字として:

2000年~2050年にかけて起こる戦争の数:120

この間の核戦争の数:1回

この1回の核戦争による死者:36億人

上記を含むこの50年間の戦争による死者45億5000万人(世界人口の40.5%)』

バゴン教授のシミュレーションはなんとしても外れて欲しいと願うばかりですが、

現在の為政者たち(とくにかつて墨子が生きた中国の為政者たち)には墨子をもっと知ってもらいたいと思いました。

なおこの本の巻末にはアフガニスタンで長年にわたって活躍された故中村哲氏と半藤さんとの対話が収められています。

そう言えば本書第7話で半藤さんは中村さんのことを「現代日本の墨子」とたとえていましたが、「なるほどな」と思いました。

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2023年2月 1日 (水)

道をひらく言葉

編集者の方に送って頂いた『道をひらく言葉』という本。

まだ出版される前の本なのですが、面白い !

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たった20頁ちょっとの瀬戸内寂聴さんのインタビューだけでも1冊の本の価値があると思いました。

まさに一生かけて辿りついた境地かもしれません。

99歳で亡くなられた寂聴さん。

『やっぱり生きてるってことは情熱を燃え立たせてなければつまらないですね。生ぬるい生き方をしたくない』

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2023年1月10日 (火)

『新・日本構造改革論 デービッド・アトキンソン自伝』

2021年5月に書かれたアトキンソンさんの『新・日本構造改革論 デービッド・アトキンソン自伝』

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内容は95%までがアトキンソンさんの自伝です。

しかしその行間には、日本への愛情と、どうして30数年の間にこうまで日本の国際的地位が衰退してしまったのかについての考察と言うか、著者なりの問題意識がにじみ出ています。

つまり95%の部分は、表立っては日本の構造改革論は述べられてはいません。

しかし私にはこの部分こそが(間接的にであれ)本質的な病巣に迫っているような気がしました。

本質的な病巣。

それは教育の問題と、その結果生まれた、日本社会のみで通用する、エリートと目される一部日本人のアロガンス(arrogance;傲慢さ)にあるのではないか、と私は読み取りました。

アロガント(arrogant)な人は学ぼうという意識に欠けます。

さて・・。

本書の最初の5分の1はオックスフォード大学での経験の話です。

Times Higher Educationによるランキング(World University Rankings 2023)では:

1位:オックスフォード

2位:ハーバード

3位:スタンフォードとケンブリッジ(同順位)

39位:東大

と、オックスフォードは大学として世界第1位に評価されています。

オックスフォード1校だけでこれまで56名のノーベル賞受賞者を輩出。

そんなオックスフォードの凄さが本書を読むと伝わってきます。

1987年に大学を出たアトキンソンさんはアンダーセンに就職。

その後、投資銀行に転じ、90年~92年にソロモン、92年~2007年にゴールドマンで株式アナリストを務め、この間にトップアナリストとしての評価を確立しました。

本書の半分以上を占めるのがこのアナリスト時代の経験の話。

アトキンソンさんがアナリストとして分析し信じるところを書いたところ、それが評価される側の銀行経営者の逆鱗に触れます。

その結果、社内的にも難しい立場に追い詰められてしまいます。

同じ投資銀行でもアトキンソンさんと私とでは、勤務した会社や担当した職務も異なります。

それでも、実は私もアトキンソンさんと似たような経験をしました。

外資に移ってまもなく。

元勤務していた日本のA銀行のB常務から『来て欲しい』と連絡を受けました。

それまでB常務と私は、接点はなく、お互い顔を知っている程度。

A銀行の場合、頭取や常務への来客は役員来客用応接室へ通されます。

一方、行内の部長や課長が常務に呼ばれる時は、常務の部屋に行って、そこで打ち合わせをします。

さて私がA銀行を訪れると、秘書に案内されたのは、来客用応接室ではなく常務の部屋。

『会社を去った後でも(来客ではなく)仲間として認めてくれるのか』

そんな印象を持ったのを覚えています。

ところがそれから後が大変。

会って、開口一番、

『君のところのアナリストは何なんだ。

銀行に関するこんなレポートを書きやがって。

デリバティブだろうと何だろうと、君のところとはこれから一切取引をしないからな。

出入り禁止だ。

帰ったらそう伝えておけ』

と凄い剣幕。

当時、私はManaging Director でしたが、投資銀行部の所属で、しかも担当はTMT(Telecom, Media & Technology)。

A銀行をはじめ金融機関はFIG(Financial Group)の担当であり、そもそも銀行アナリストは投資銀行部とは全く別の独立した部署(株式調査部)が所管。

レポートの内容が気に入らないなら、書いたアナリストを呼んで、「この分析や数字は違う」と議論すれば良いのだろうに、と不思議に思ったのを覚えています。

本書を読むとアトキンソンさんはもっと大変な経験をしたことが分かります。

1985年、まだ学生だったアトキンソンさんが初めて日本を訪れた時、まだ日本人はそれほどアロガント(arrogant)ではなかったと思います。

しかし一部のエリートと称される日本人はいつの間にかアロガント(arrogant)になってしまった。

バブルによって経済が世界2位になってしまったことが影響したのでしょうか。

なお以上はすべて私の個人的な感想に過ぎず、本書にはそもそもアロガント(arrogant)といった単語さえ全く出てきません。

ただ日本のことを長く知る私の周りの米国人は『かつて日本人はpolite だったが、いつの間にか arrogant な人が増えてきた』とよく口にします。

私は、日本の衰退はこの辺に原因があるような気がしています。

なお本書は次のような人にお勧め。

1)教育に興味ある人、とくに

2)オックスフォード流の教育に興味ある人

3)コンサルタントに興味ある人(アトキンソンさんはソロモンに移る前、アンダーセンに勤務)

4)投資銀行に興味ある人(パートナーになる過程など社内ポリティックスがかなり赤裸々に描かれています)

5)株式アナリストに興味ある人

6)日本の1人当たりの生産性が世界27位、先進国中最下位であることの意味に関心ある人

7)バブル期後の日本の銀行の不良債権問題に関心ある人

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2023年1月 6日 (金)

ウサギとカメの投資術

「ウサギは自分を過信しすぎて勝負を急ぐあまり途中で没落していく。一方、カメは遅いようでもちゃんとゴールに入っている」

こう説いたのは是川銀蔵(1897年~1992年)。

「最後の相場師」との異名を持ち、1982年の高額所得番付1位となった人です。

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(是川銀蔵の銅像;公益財団法人是川奨学財団のホームページより)

是川は兵庫県赤穂の漁師の家に7人兄弟の末っ子として生まれます。

上の兄たちは全員尋常小学校までしか行かせてもらえませんでしたが、彼は高等小学校まで通わせてもらえました。

そして小学校を卒業した後、小さな貿易商、「好本商会」の丁稚となります。

好本商会はイギリスから毛織物を輸入し、日本の手芸品を輸出するという会社でしたが、1914年に倒産。

是川が16歳の時でした。

丁稚で稼いだ20円を旅費にして、16歳の是川は神戸から中国・大連に渡り、現地の洋服生地問屋の「井上商店」の世話になります。

しかし数ヶ月で大連を飛び出し、日本軍の後を追って山東半島へ。

17歳の時に青島で貿易商社「小山洋行」を設立。

しかし軍の高官に対して饗応を行った容疑で逮捕されてしまいます。

未成年の為、無罪釈放とはなりますが、店や預金、その他一切の財産を番頭に譲り、いったん帰国。

是川18歳の時でした。

半年後、再び中国に渡り、商売に励みましたが、非鉄金属相場の下落などに見舞われ、一文無しとなって19歳で帰国。

このように是川は10代のときから波乱万丈の人生を歩みます。

高等小学校しか出ていなかった是川が経済学を学ぼうと思い立ったのは、31歳の時。

妻と子ども4人を抱え、家賃や米代も払えない貧窮生活の中で、3年間、毎日のように京都・嵐山から大阪の図書館へ通い続けました。

新京阪鉄道の社長に頼み込んで雑役夫用の無料乗車券を入手。それでも往復5キロは毎日歩く羽目に。

図書館では、経済学のみならず政治の本も読み漁り、世界各国の数十年にわたる経済統計を調べ、物価、景気、株価の変動や消費動向を徹底的に分析しました。

そしてひと通り勉強した後で、株式投資の世界に身を投じようと決意したのです。是川が34歳の時です。

しかし41歳の時に株式投資の世界から身を引いてしまいます。

実は是川が投資の世界で有名になったのは80歳を過ぎてからなのです。

そんな是川が教える投資の心構えを日経新聞『投資力を磨こう』のコラムに書きました。

電子版は『こちら』です。

紙の方は、8日(日曜日)発売の日経ヴェリタス紙に掲載されます。

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2022年8月19日 (金)

ドキュメンタリー映画『ウォーレン・バフェット氏になる』

2017年1月にHBOから配信されたドキュメンタリー映画、『ウォーレン・バフェット氏になる』

アマゾン・プライムの『こちら』でご覧になれます(1時間28分)。

映画を観たからと言って、バフェットになれる訳でもなく、観た人の投資にそれほど役に立つわけでもありません(もちろん役に立つ金言は出てきますが・・)。

映画が撮影されたのは2016年。

ウォーレン・バフェットが86歳の時です(彼は今月末で92歳になります)。

毎朝、ネブラスカ州オマハ市の自宅から自分でクルマを運転してオフィスに出勤するバフェット。

彼は54年間、毎日、これをやり続けていると言います(注:新型コロナが猛威をふるっていた時は自宅で仕事をしていたそうです)。

映画が撮影された86歳の時、バフェットが保有する個人資産は673億ドル(1ドル130円換算で8兆7000億円)。

にもかかわらず彼が住む家は特段の豪邸でもなく、普通の家で、オフィスも普通(オフィスは人と人がすれ違えないほど廊下が狭い)。

運転するクルマもベンツやレクサスではなく、普通のアメ車(GM車、まぁ一応キャデラックでしたが・・)。

もちろん運転手が別にいる訳でもなく自分で運転。

オフィスに着いて、誰かが出迎えてくれる訳でもありません。

日本では年収1億円以上の報酬を得ている上場企業役員が652人いると言いますが、

恐らくは、その多くは毎朝運転手が自宅に迎えにきてくれて、

会社まで送っていってもらうという生活をしているかと思います。

さて、バフェットですが、

毎朝、自宅から会社へ向かう途中、地元のマクドナルドに寄ります。

そしてマックのドライブスルーで朝食を注文。

日によって選ぶメニューが違い、2ドル61セントだったり、2ドル95セントだったり、3ドル17セントだったりするのだとか。

これを袋に入れてもらって、オフィスに持ち込み、自分の席でマックの朝食を食べます。

現在、時価総額6,700億ドル(87兆円)、世界第7位のバークシャー・ハサウェイ社には、昔も今も25人のスタッフしかいない(オフィスで働いている人数)と言います。

広報部や人事部などなく、コミティ―(委員会)という名の組織も一切ない。

「形式的なものは肌に合わないんだ」とバッフェト。

映画は、地元の高校生のクラスに招かれ、そこでのバフェットによるスピーチを軸に進められていきますが、バフェットが住む家、働くオフィス、そして家族や会社の仲間を見ることが出来て、興味深いものでした。

13歳の時にすでに所得税の確定申告をしていたというウォーレン・バフェット。

やはり常人ではありません。

映画を観終わっての感想ですが、バフェットにとっては、投資こそが、もっともフェア(公平)な戦いの場であったのだと思います。

そして彼はその戦いを見事に勝ち抜いてきたのでした。

金額の多寡、プロアマを問わず、少しでも株式投資の世界に触れている人には一見に値する映画だと思いました。

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2022年7月10日 (日)

みずほの20年

日経の金融部長、河浪さんが書いた『みずほ、迷走の20年』を読みました。

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私自身、興銀を離れてから24年が経っており、みずほの設立(02年4月)も、3行経営統合合意の発表(99年8月)も知りません。(退職したのは、それより前の98年11月)。

そういった意味で、完全な部外者である私が、一読者として、本書を読んだだけなのですが、印象に残った箇所を一つ、二つ。

著者による80年代の記述で、

『日本経済に必要だったのは、世界をリードする次世代産業を自らつくっていく「先端国家型の経済システム」だった。それには新ビジネスの成功と失敗を効率よく切り分ける市場機能が必要になる。銀行の判断に頼る間接金融ではなく、よりビジネスの自然淘汰を可能にする直接金融が適切だ』(本書212-13頁)。

これは賛否両論ある記述だとは思いますが、たしかに市場機能をもう少し上手く利用できていれば、失われた20年とか30年は防ぎ得たような気もします。

バブル期、日本企業は大量にワラント債やCBを発行。

ほとんどゼロ金利で調達した資金を財テクでの運用に回しました。

しかし、そこには「資本コスト」や「希薄化」の視点が欠落していました。

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本来、銀行はそうした企業行動に対して助言できる立場にあった訳ですが、

企業価値を極大化するための助言がきちんと出来ていたのかどうか。

そもそも銀行自らが、「銀行自身にとっての企業価値極大化とは何か」を把握しきれていなかったのではないか。

以下、再び本書からの引用。

『85年のプラザ合意以降、・・銀行は間接金融のシステムを温存したまま、これまでの産業金融から不動産金融へと突き進む』(213頁)。

* * * *

ところで書棚を整理していたら興銀を辞めた時の辞令が出てきました。

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発令日が11月29日となっているのは、(はっきりとは覚えていませんが、たしか)

「健康保険か厚生年金か雇用保険か、何らかの理由で、月末日を異動先の企業の入社日とした方が良い」。

そんな説明を当時の興銀人事部から受けた気がします。

辞めていく人に対して、そんな気配りをしてくれる組織でした。

今から24年前。

当時、私は45歳でした。

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2022年5月27日 (金)

些細なエピソードが面白い

ソニーの平井さん(前CEO)が書いた『ソニー再生』

1年ほど前の本なのですが、些細なエピソードが面白く読めます。

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彼が社長になった後で、海外に出張した時の話なのですが、以下、本書173~4頁より。

ホテルの部屋に入るとソニーのテレビが置いてあった。

でも何かがおかしい。

テレビの裏側を見るとホコリがまったくない。

室内の他のものと比べて配線が明らかに新しいことも気になった。

「もしかして・・・」

ホテルを手配してくれた現地のスタッフに聞くと案の定だった。

東京から本社の役員が来るときは部屋のテレビをソニー製に取り換えているのだという。

「なんでそんなことをするかなぁ・・・」

とため息をつきながらテレビを眺めたのを覚えている。

これはなにも現地のスタッフが悪いわけではない。

今まではそれが当然だったのだろう。

だから、いちいちこちらの意図を説明して改善してもらった。』

ソニーの株価は2000年3月には16,950円をつけました(分割調整後)。

それが2012年11月には772円にまで下落。

▲95%もの下落です。

その後、右肩上がりになって、今年の1月には15,725円にまで回復。

約10年で20倍になりました。

現在11,425円ですが、この水準でも当時の15倍になります。

平井さんは如何にしてソニーを再生させたのか・・。

その秘密が本書に書かれています。

成功した経営者の本は往々にして日経新聞「私の履歴書」のように自画自賛ものが多いのですが、

不思議とそういったものを感じさせない本でした。

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2022年4月10日 (日)

永野裕之著『教養としての「数学 I・A」』(読後感想文)

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「なんだ、数学 I・A か。高校時代には数IIIまでやったし・・」と、なめてかかると痛い目に遭います。

本書は、公園のベンチで春の日差しを浴びながら楽しむたぐいの本ではありません。

もちろん個人差はあるのでしょうが、少なくとも私の場合はそうでした。

きちんと机に向かって、ボールペンと紙を横に置きながら、

一つひとつ数式や図形を書いて確認しながら読み進む・・。

そんな感じの本です。

たとえば、冒頭(に近い方で)いきなり出てくるのが、

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これ自体は大したことのない数式なのですが、さて、この証明ってどうやるのだったでしょうか。

単純に式を解きほぐすと左側から右へと結果が得られます。

それだけでは、how to に基づいて右側を算出しているだけ・・。

図刑を使って証明してみると、ちょっと難しい・・(本書に説明が出てきます)。

続いて出てくるのが因数分解、三角比などなど・・・。

本書の最後の方では、正多面体がこの世には5種類しか存在しないことの証明や、オイラーの多面体定理の話も出てきます。

私は標準偏差や正規分布の本は別途読んでいるので、

このあたりの説明(第5章)はスーッと頭に入ってきました。

著者の説明の仕方が上手いこともあって、「公園のベンチの読書」でも平気でした。

しかし社会人として日ごろ慣れ親しんでいない分野(つまり私の場合、本書全体の80%くらい)になると、話が違ってきます。

定理や公式の導き方や証明をまさに食らいつくように、一つひとつ征服していき、1頁、1頁を進んでいく・・。

やや大袈裟ですが、私にとっては知的格闘技といった感じでした。

余談ですが、iPhone の電卓アプリを呼び出して、本体を横にすると、sin、cos、tan などの計算がすぐに出来ます。

10年以上 iPhone を使っていて(iPhone 4S から)このことに気づかず、本書で初めて知りました。

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